ちゃん、グリムちゃん、ちょっといいかな?」
「ケイト先輩、どうしたんですか?」
 放課後、オンボロ寮へと戻る途中のとグリムは、空き教室から顔をだしたケイトに呼び止められた。
「実はこの後ここでライブするんだけど、設営が終わってなくて。予定時間までに開始できないから、もし暇だったら手伝ってくれないかな?」
「嫌なんだゾ!」
 お願い!と両手を合わせて頼むケイトにが返事をするより早く、グリムが断固拒否の姿勢を見せる。
「オレ様たち、そうやっていつも学園長に面倒事押し付けられてばっかりなんだゾ!」
「まあまあ。確かにそうだけど、ケイト先輩たちには普段からお世話になってるし」
 はなんとかグリムを説得しようとするが、グリムはそっぽを向いて聞き入れようとしない。そんな様子に苦笑しながら、ケイトは更なる提案をする。
「勿論タダでとは言わないよ? ライブのあと軽音部のみんなでお菓子パーティーするから、それに参加するまでセットならどう?」
「ならやるんだゾ!」
 先ほどまでの否定的な態度はどこへやら。一瞬で機嫌を良くしたグリムは、そそくさと教室へ入っていく。
「子分! 早く来るんだゾ!」
「なんて変わり身の早い…」
「あはは、グリムちゃんらしいね。ちゃんはこのあとの予定大丈夫?」
「はい。ただ、に帰るのが遅くなるって連絡しても大丈夫ですか?」
「勿論だよ。じゃあ俺は先に中で待ってるね」
 はスマホを取り出すと、帰寮が遅くなる旨をに連絡する。これで遅くなっても心配されることはないだろう。それから中に入ると、ケイトの話通り舞台はまだ未完成の状態だった。
「オレくんたちが飾り付けはしてるから、ちゃんは舞台の設営をお願い。セッティングの詳しい位置はカリムくんに聞いてね」
とグリムも手伝ってくれるのか! ありがとな」
「ライブが成功するようお手伝い頑張ります」
「終わったらちゃんとお菓子寄越すんだゾ!」
「ああ、すっごく美味いの用意してあるから、楽しみにしててくれ!」
 カリムはとグリムを迎え入れると、三人がかりで設営を進めていく。ドラムはカリム、ギターはケイト。みなの立ち位置を確認しながら、楽器を決まった位置に置いていく。
「あれ? マイクが一つ多くないですか?」
 そうが指摘するのは、ベース…リリアの演奏楽器が置いてある区画だ。確か軽音部はメインボーカルがリリアだったが、マイクを2つ使うという話は聞いたことがない。もしかして、今回は何か特別なパフォーマンスでもするのだろうか。
「それか? そのマイクは」
「可愛いわしが戻ったぞ~!」
 カリムがの問いに答えようとした矢先、元気な掛け声と共にリリアが入って来る。そしてその後ろには
「遅くなってごめんね。本来なら手伝いまで協力する予定だったのに」
 の姿があった。どうやらリリアはを迎えに行っていたから不在だったらしい。
「お? とグリムではないか。もしかして、おぬしら軽音部に入る気になったのか?」
「お菓子食べに来たんだゾ!」
「ケイト先輩に頼まれて、設営のお手伝いをしていたんです。グリムはその後のお菓子パーティーに釣られました」
 の説明に、は成程、と頷く。
「手伝いさせちゃってごめんね。本来なら僕がもっと早く到着する予定だったんだけど、ちょっと手間取っちゃって。お礼に研修先で見つけた面白いお菓子をあげるよ。多めに持ってきておいてよかった」
 は持ってきた鞄から、色鮮やかなお菓子を取り出す。それを見たグリムは、目をキラキラと輝かせた。そのまま手に取ろうとしたので、は慌ててそれを止める。
「駄目だよグリム。全部終わってからって約束でしょ」
「ぐぬぬ…」
「それより、どうして先輩がここに?」
 確かは軽音部ではなく、ボードゲーム部所属だったはずだ。転部した様子もないし、なにより4年生は校外活動が主で部活をしている暇もない。なのにわざわざ出向いて来るなんて、よっぽどライブが見たかったのだろうか。
「この前リリアとの賭けに負けてね。ライブに出演するよう言われちゃったんだ。いくらなんでも酷いよね」
「何でも言う事を聞くって約束じゃったろ。ならだいぶ良心的なお願いだと思うがの」
「素人相手に、しかもぶっつけ本番みたいな状態で歌わせるなんてどうかしてるよ」
「ぶっつけ本番なわけないじゃろ。おぬしが研修先で練習してたのは知っておる」
「え゛、どうして知って」
「秘密じゃ」
 お互いに文句を言いつつも、その表情はどこか楽しそうに見える。そんな様子を眺めながら、はケイトにぽそりと感想を述べた。
「あの二人、仲いいですよね」
 同じ寮とは言え、学年は一つ違い。去年や一昨年の姿を見たことがないからなんとも言えないが、NRC生にしては随分真っ当というか……“普通に”仲が良いのだ。
「もしかして、先輩も茨の谷出身とか?」
「知り合ったのはリリアちゃんが入学してからっぽいよ。その辺はあんまりオレも詳しくないんだけど」
 ケイトはに近づくと、リリアたちには聞こえない声量でこう続ける。
「ここだけの話、今回のライブも先輩の為っぽいんだよね。いつも大変そうだから息抜きさせたいって、リリアちゃんが発案したんだ」
 本人にはナイショだよ?とウインク付きで言われ、は無言で頷いた。どうやらが把握していた以上に、二人は仲が良いらしい。でも詳細は一切不明。謎は深まるばかりだ。しかしここで突き回るのも野暮だろう。はひとまず疑問を飲み込んだ。
「でもま、オレとしては珍しい光景が見れてラッキーっていうか、楽しいし! ね、カリムくん」
「ああ! みんなで演奏できるなんて、なかなか無いもんな。そうだ! せっかくだしとグリムも一緒にライブに出ないか?」
「え?! 急には無理ですよ!」
 まさか自分にまで振られるとは思わず、は必死に首を横に振る。なんたって歌やダンスの拙さはヴィルのお墨付きなのだ。
 しかし相手はあのカリム。当然ながらそんな言い訳は通じない。
「歌は無理でも、音が鳴る楽器とかでいいからさ!」
「オレ様達もライブに出れるのか?!」
 ライブ参加の話が聞こえたのか、グリムが飛んでくる。この様子だと参加希望らしい。余計拒否できなくなってしまった。
「グリムちゃんはやる気満々みたいだね」
「うう…素人以下でいいなら、謹んでお受けします……」
 最終的ににはカスタネット、グリムがマラカスというなんとも軽音部らしくない楽器が割り振られた。だがリリアたちには当たり前のように受け入れられた。
「無国籍といった感じで、実に軽音部らしいのう」
 無国籍というより無法地帯では。とのツッコミが喉まで出かかったが、これ以上開始時間を引き伸ばすわけには行かないので黙っておく。そんな気持ちをの表情から読み取り、は苦笑した。
「まず素人がボーカルやる時点でおかしいんだから今更だよ。が参加してくれて嬉しいよ。素人同士頑張ろうね」
「頑張ります…!」
 その後なんとか開始時間に間に合った軽音部のライブは、案の定ちぐはぐな出来だった。だが不思議と調和のとれている演奏は、実にNRCらしくもあって。
 こうして突貫ユニットの演奏会は、無事幕を下ろしたのだった。