放課後のナイトレイブンカレッジは活気に満ちている。何かしかの部活動に所属する事を義務づけているこの学校では、多種多様な部活に溢れているからだ。その中でもひときわ賑わいを見せる映画研究会の元へと、は配達で訪れていた。
「お待たせしました。撮影用のライトを持ってきました」
が声を掛けると、部員…ではなく何故かそこに居たルークが振り向き、満面の笑みと共に迎え入れる。
「ありがとう、丁度使うところだったんだ!」
「ルークが何でここに? お前確かサイエンス部だったろ?」
ルークはがの変装中の姿であることを知る数少ない人物だ。だが今はあくまで配達人・として業務中。知り合いではあるので砕けた口調で会話はするが、あくまで別人として振舞う。当然ルークもそれを承知しているので、慣れた様子で問いかけに答えた。
「映画研究会で使うスモークの制作を頼まれてね。ただ量の調節が難しいから、私も撮影を手伝っていたのさ」
「成程。じゃあ今はお前も関係者って事だな。ならここにサインを頼めるか?」
「勿論だよムシュー・配達員」
ルークは手早く受領のサインを記載する。
「よし。これで今日の業務は終了だ」
「なら、少し撮影を見て行くかい?」
「いいのか?!」
まさかの提案に、の表情が一気に明るくなる。なんたって映像研究会には憧れの俳優ヴィル・シェーンハイトが所属しているのだ。普段なら関係者以外には見られない、貴重な撮影風景。ファンとしては勿論、同じ業界に携わる者としても是非お願いしたい。
「きっとヴィルも了承してくれるはずさ。今確認してくるから、そこで待っていておくれ」
「ああ」
一人残されたは、一先ず撮影の邪魔にならないようカメラの死角へと移動する。一応自分も業界人の端くれ。撮影時に外野がどう動けばいいかは十分理解している。
(あそこの学生は経験者かしら。動きが自然。あっちはまだ新入生ね)
裏方として動く人たちを観察してしまうのはもはや職業病だ。そのまま彼らの作業を眺めていると、一人の生徒が視界に入ってきた。視野を遮るほどの大道具を抱えよたよたと歩く姿は、どうに危なっかしい。
(あのままじゃ周囲のセットにぶつかりそうだし、ちょっと声を掛けて……はっ!)
注意を促そうと声を掛けるより早く、生徒は案の定機材から伸びたコードに足を取られてバランスを崩した。運んでいた荷物は落ちかけ、コードの先にある機材が重力に従い地面に倒れ掛かる。
「危ない!」
は急いで駆け寄ると、生徒が落としかけた荷物に手を添え固定する。それと同時に、倒れてきた機材を支えて衝突を回避した。
「…ふぅ、最悪の事態は免れたか……お前、怪我はないか?」
「え…? あっ……ありがとうございます!!」
一瞬の出来事に理解が追い付かないのか、生徒は呆けた顔をしている。だが時間の経過とともに理解が追い付き、慌ててお礼を述べた。
「なら良かった。今度は気を付けて運ぶんだぞ」
「はい!」
まさか観察癖とスタントで鍛えたスキルがここで役に立つとは。もしこれで何かあれば一大事だし、ヴィルの撮影だって見れなくなる。だが最悪の事態が回避出来て良かったとホッと息をついたのも束の間、はヴィルに声を掛けられた。
「ありがとう、助けてくれて。私からもお礼を言うわ」
「ヴィ、ヴィルさん?! いえいえ、そんなお礼を言われるような事はなにも…!」
ヴィルに見られていたとは思わず、の声が裏返る。
「アンタ、いい瞬発力してるじゃない。それに動作にも無駄がなかった。その動きは、一朝一夕で獲得できるものではないわ」
「仕事上トラブルはつきものなので、それで慣れたというか…あと鍛えるのが趣味で」
さすがに普段は俳優を嗜んでおります、なんて口が裂けても言えない。しかも今は変装中。身バレは一番避けたい事態だ。
「ルークから話は聞いたわ。本来部外者の見学は認めていないのだけれど、交換条件を呑んでくれたら許可してあげる」
「交換条件とは…?」
「今日撮影で戦闘シーンがあって、モブ要員として運動部に協力を仰いだんだけどみんな演技がジャガイモ過ぎて困ってたのよ。アンタならなんとかなりそうだし、そこに出て欲しいの」
「ヴィルさんの撮影に参加ぁ?!!」
想定外過ぎる依頼に、は思わず素を出しかけた。だがしかしここでバレれば見学どころか、いままで積み上げてきたもの全て、それこそ・の肩書きにまで傷がつきかねない。
「あくまでモブとしてガヤをやるだけだから、素人でもできるわ。アンタに頼みたいのは、ジャック…あそこに居る大柄な獣人と戦って倒されるモブの役」
どうやらヴィルは総監督として撮影の統括をしているだけで、今回の映画には出ないらしい。それなら「いつか”・”としてヴィル・シェーンハイトと共演がしたい」自分の夢にも抵触しない…事にしておこう。つまり問題はない。そう自分に言い聞かせる。
「まぁそれくらいなら、協力してもいいです」
演技力向上の為だと思えば、いい鍛錬にもなる。どうやら今の会話でヴィルにバレた様子は無いし、危険は伴うがれ以上の価値だってある。何より、超有名俳優が監督を務めるシナリオを間近で体感できるのだ。ここで受けなければ、一生後悔するに違いない。
「なら話は決まりね。ちょっと、台本の余りはある? 衣装は使いまわしだから足りるはずよね?」
てきぱきと指示を出すヴィルの背中を眺めながら、はこっそりルークに耳打ちする。
「モブとして参加させるよう進言したの、ルークでしょ」
「ウィ! ただ見学するより、よっぽどいい経験になるだろう? それに」
ルークは一旦言葉を区切ると、に向かってウインクをする。
「君とヴィルの共演を、一足早く見てみたくてね。もちろん正規の手順でが一番なのは承知している。だけど、学生としてこういった催しに出れるのは、今この瞬間だけだろう?」
「……そうね」
ルークも当然の目標は理解してくれていて、その中でどうにか逃げ道を確保した上で貴重な機会を作ってくれたのだ。それなら、その気持ちに報いるべきだろう。
はとしての顔に戻ると、ルークに向かって高らかに宣言する。
「よし! 有能配達員の実力、みせてやるよ!」
「その心意気、ボーテ! そんな素晴らしい瞬間に立ち会えるなんて、私はなんて幸せなんだろう!」
こうして撮影された短編映画は、映画研究会の作品の中でも近年稀にみる良作としてそこそこ話題になった。
これが世界トップレベルの俳優ヴィル・シェーンハイトが製作し、大女優・がモブとして参加した非常に貴重なフィルムである事が世間に知れ渡るのは、もう少し未来の話。