放課後の学園内には、様々な理由を抱えた生徒がせわしなく行き交っている。 補習に呼ばれる者、部活へと急ぐ者、寮へ戻る為に鏡舎へ向かう者……そんな生徒とすれ違いながら、は校外研修の定期報告をすべく学園長室へと向かっていた。すると、反対側からが向かってくるのに気づいた。 久しぶりだし、声を掛けておこう。そう考えては口を開き――それより早く、急接近してくるに思わず目を見張った。
先輩ー!!」
「?!」
 ぶつかるんじゃないかという勢いで突撃してきたは、ぎりぎりのところで足を止める。
「助けてください…!!」
「……とりあえず、話を聞こうか」
 意図も内容も全く読めないので、ひとまず空き教室へと場所を移動する。 並んで椅子に座ると、ようやく落ち着きを取り戻したが重々しい雰囲気でこう切り出した。
先輩は、ホリデーギフトって知ってますか?」
「毎年やってるやつかい?」
「はい」
 ホリデー期間中、帰る場所もなく学園に留まるに向けて贈られる、ささやかなホリデーのギフト。 確か三年前からやっている行事だ。昨年までは寮ごとにギフトを用意していたが、今年は個人で選ぶことになったと聞いた。 もちろんにも割り振られているので、何を渡すべきかと考えていたところだ。だとするとの相談は、もしかしてギフトの希望申請だろうか。
「それで、二十六日がリリア先輩担当の日なんですが」
「うん」
 それはでも知っている。最初に割り振られたときに、全メンバーの日程も表にまとまっていたのだ。 リリアだけでなく、他のディアソムニア寮生の順番や、他寮の生徒の誰が参加するかも把握している。
「さっき会った時に、ワッフルをくれると言われまして」
「うん?」
 リリアからのギフトまでなら特に何の問題もないが、食べ物となると少々勝手が変わってくる。は嫌な予感がした。
「それが、手作りだって話なんです」
「………」
 嫌な予感は的中し、は天を仰いだ。どうしてリリアはこうも凝りもせず、毎回果敢に料理に挑むのだろう。
「だから、その…先輩なら止められるかもしれないと思って……」
 尻窄みになっていくの声。どうにかこの危機的状況を回避できないかと、藁にもすがる思いで相談にきたのだろう。 だって当然リリアの手料理の被害には遭った事があるので、その凶悪さはよく理解している。だからこそ、これは気軽に対処できる案件ではない。
「うーん……ちょっと難しいかな……リリアってそういうの聞くタイプじゃないし」
「ですよねー……」
 とて簡単にどうにかなる問題ではないとわかってはいるのだろう。苦笑する顔は思ったより明るい。 だがしかし、がっくりと肩を落とす姿は可哀想でいっそ痛々しい。ならば先輩として、リリアに他の生徒よりはある程度口出しの出来る者として。 ここは少しでも最悪の事態を回避できるよう、自分が何とかするべきだろう。クリスマス明けのオンボロ寮を殺人現場にするわけにはいかない。
「気を落とさないで。もしかしたら、連名でギフトを贈るってことにすれば多少は軌道修正出来るかもしれないし」
「先輩っ…!!」
「ただ、あまり期待はしないで欲しいかな」
「大丈夫です! 一応食あたりの薬とか解毒剤とか、色々サムさんのお店で買っておくので!」
「ふふ、頼もしいな」
 安請け合いは良くないが、可愛い後輩の為に一肌脱ぐのも悪くはない。それに、身内以外にリリアの料理の被害者を増やすわけにもいくまい。は早速案を巡らせた。


*****


 当初の用事を手早く済ませ、はディアソムニア寮へと向かった。事前に確認を取ったところ、リリアは調理室に居るらしい。
「おお、か! 良いところに来たの」
「何を作っているんだい?」
に渡すホリデーギフトじゃよ!」
 案の定というか、残念なことにの危惧は当たっていた。リリアの目の前にあるのは、小麦粉に牛乳、卵に大量の砂糖…まではまだいい。 その他キムチやピクルス、梅干しなど、どう考えてもワッフルにそぐわないものが並んでいるのだ。一体どう使うつもりなのか。
「ギフトってワッフルだよね? さすがにキムチとかは使わないと思うけど……あと砂糖も多くないかい?」
「ホリデー期間中に駄目にならないよう、砂糖は保存料としてたーっぷり使うつもりなんじゃよ。だがそれだけでは不安でのう。長期保存の代名詞、発酵食品を一緒に居れてみようと思ったんじゃ! 味変にもなるし一石二鳥!」
「………」
 一つ一つの言い分を聞くだけなら、なんとなく理に適っているように聞こえる。だがしかし、どう考えても魔改造の香りしかしない。
「勝手なアレンジは失敗を招くよ。元のレシピ通りに作らないと、それだけでお腹を壊しかねない」
「そうならないよう味見はするつもりじゃぞ?」
「妖精と人間じゃ体のつくりが違うから、被験者がリリアじゃ精度に難ありだと思うけどね」
「ならおぬしも味見してくれ」
 まさかの角度からの飛び火に、は内心顔を引きつらせた。さすがにその事態は避けたい。
「残念ながら、お腹は空いていないんだ」
「ならシルバーたちに頼むとするか」
「忙しそうだったし、断られると思うよ」
 さすがに彼らを巻き込むわけにもいかないので、やんわりと止める。しかしリリアは納得がいかないのか、ムッとした表情を浮かべている。 さて、ここからどう軌道修正したものか。
「うーん……実はね、僕もにギフトでワッフルを渡すつもりだったんだよね」
「なら一緒に作るか?」
「僕が料理出来ないのは知っているだろう?最初から既製品を買うつもりだよ」
 はスマホを取り出すと、事前にピックアップしていた数件のスイーツショップを羅列する。
「これなら賞味期限の心配をしなくていいし、衛生面だって大丈夫だ。リリアが言う味変は、自由にトッピングしてもらう用として別に渡せばいいんじゃないかな?  ほら、そういう癖のある食べ物って好みもあるし……万が一苦手だった場合、せっかくの手作りが無駄になる可能性だってある」
「しかし……」
 少し気持ちが傾いてきているのか、リリアは眉間に皺を寄せる。だがまだ決定打には至らない。ならもう一押し。
「……僕は、この後もまたすぐに研修先に行かなきゃいけない。だから君たちと過ごす時間は貴重でね。 今回は他の人たちに渡すギフトも用意したいし、買い物がしたいんだ。そうなると、リリアに付き合ってもらうのが最適解なんだ」
 だから我儘を聞き入れると思って、今回は一緒に選んでくれないかな。そう締めくくったに、リリアはきょとんとした顔を浮かべたのち、にっこりと笑顔で返した。
「そこまで言うなら仕方ないのう。甘えん坊のおぬしの為に、今回は協力してやるとするか」
 リリアは先ほど共有したスイーツ店の情報を眺めながら、早速買うものを選んでいるようだ。どうやら上手く行ったらしい。
「ついでにおぬしへのプレゼントも買ってやろう」
「別にそこまではしなくていいよ?」
「若者は遠慮するものではないぞ?」
「じゃあ僕もリリアへのプレゼントを買おうかな」
「ならどっちが良いものを選べるか競争じゃな!」
 こうして何とか危機を回避出来たは、リリアと共にイルミネーションが輝きだした街へとくり出したのだった。