一年の最後を締めくくる日のホリデーギフト担当はセベク。学園長お手製の厳正なくじ引きによる結果なので文句は言えないが、 だからと言って大人しく聞き入れられるわけでもないようで、素直になれないセベクは素っ気ない態度でギフトをに手渡した。
「貴重な品だからわざわざ出向いてやったんだ。感謝しろよ、人間!」
 そう言って押し付けられたのは、とても珍しい香水だ。香水と言っても香りを楽しむものではなく、特別な魔力を施されたれっきとした魔道具であり、はこれを重宝していた。
「ありがとう、大事にするよ」
「食いモンの方が嬉しかったんだゾ!」
 しかしグリムにとってはあまり有用な物とは思えないようで、前足をぶんぶんと振り回して不満をあらわにした。
「ギフトを選んだのは僕ではない。諦めろ」
 今年は昨年とは違い個人でギフトを贈る形になってはいたのだが、最終日に任命された者がこれを贈るのは例年通りらしい。
「でも学園長も、わざわざこのために闇の鏡を使わせてくれるなんて凄いわね」
 ギフトの贈与を横で眺めていたが口を挟む。ただでさえ忙しいホリデー期間中に、 郵送で済ましても問題なさそうなものを手渡しできるよう手配するなんて。貴重なのは分かるが、随分と至れり尽くせりな対応だ。
「おおかた失くした時のリスクが大きいからだろう」
「学園長、保身の為なら労力いとわないところあるからなぁ…」
 本人が居ないのをいいことに、セベクとは言いたい放題に所見を述べる。 もし学園長がこれを聞いていたら、こんな評価あんまりだと大騒ぎしたに違いない。
「でもそのおかげでセベクに会えましたから。学園長にかんしゃですね」
 調理場の方から談話室に来たは、そう言ってセベクにマグカップを渡す。温かい紅茶が淹れられたそれは、真っ白な湯気を立てている。
「ここに来るまで寒かったでしょう? これで温まってください」
 茨の谷から賢者の島まで大幅なショートカットが可能とは言え、本校舎からオンボロ寮までは直通ではないので一旦外へ出る必要がある。 寒がりなセべクにとって、雪の中の移動はきつかったに違いない。そんな労いの気持ちを込めて紅茶を差し出すから、セベクは素直にカップを受け取った。
「有難く頂こう」
 セベクは談話室のソファーに腰掛けると、ちょこんと隣にが座る。 それを眺めていたは、はっと何かに気づいた顔をした。
「そうだ!この前リリア先輩から貰ったワッフルお茶請けに出してあげるから、ちょっと待ってて!」
 そしてわざとらしく目配せをすると、の意図を理解したは同じように席を立つ。
「マレウスと用意したお菓子も、まだ残ってたんじゃないかしら? 私探してくるわね。持ちきれないだろうから、グリムも一緒に来てくれない?」
「え~めんどくさいんだゾ」
「だったら持ってきたお菓子食べちゃ駄目!」
「それは嫌なんだゾ!!」
 に引きずられるように、グリムも談話室を後にする。こうして部屋にはセベクとのみが残された。
「なんなんだ一体……」
 嵐のように出て行ってしまった三人の背中を眺めながら呟くセベク。一方は、が気遣ってくれたことを察した。
「セベク。ホリデー中、何していましたか?」
 せっかく作って貰った二人きりの時間を有意義に過ごすべく、はセベクへ質問を投げかける。セベクは一瞬きょとんとした顔をしたが、素直に話題に乗ってきた。
「お祖父様にオススメして頂いた本を本を読んでいる」
「課題は終わりましたか?」
「当然だ」
さんたちはまだみたいです。グリムがいっしょだから、どうしても進まないんです」
 嫌がるグリムを宥めつつ課題に取り組む姿は、普段から良く見られる光景だ。セベクはそれを思い出して納得した。
「それより、お前はホリデーの間何をしているんだ?」
「わたしですか?わたしも本を読んでます。セベクと同じですね」
 残留している生徒の為に、ホリデー期間中も図書館は利用可能になっている。 なのでそれを活用して、もまた読書に勤しんでいた。
「だが、この学園の図書館の蔵書では、お前にとって難しいものばかりではないのか?」
「そうでもないですよ。色んな本がありますから。まぁ絵本のようなものは少ないですが、それは学園という場所ですから、仕方ないです」
「………」
 自身はそういうものとして割り切っているので特に気にしていないが、セベクは思うところがったらしい。 少し思案した表情を見せた後、セベクは一つの提案をした。
「それなら、ホリデー明けに僕が本を持ってきてやろう。先日お祖父様のところで、小さいころに読んでいた本を見つけたんだ」
「!」
 セベクが読書好きになったのは、祖父のバウルが彼に沢山の本を買い与えたてくれたことに由来する。 それなら同じく読書好きのにも、きっと気に入るものがあるはず。セベクはそう考えたのだろう。
「主に僕が読んでいたものだが、姉が気に入っていたものもある。お前にはそちらの方が合うかもしれないな」
「ありがとうございます…!」
 はその提案に目を丸くした後、瞳をキラキラとさせてお礼を述べる。 普段はなかなか見せないの年相応の笑顔に、セベクの頬も若干緩んだ。 そのまま嬉しそうにしている表情を眺めているとーーその空気をぶち壊すように、調理場からグリムが突撃してきた。
「もう待てないだゾ! お菓子食べさせろ!!」
「グリム駄目でしょ! もうちょっと二人きりにさせてあげないと!」
 の制止も聞かず、グリムは容赦なく二人きりの談話室に侵入する。
「!!」
 一気に慌ただしくなり、穏やかだったセベクの表情が苦々しいものに切り替わった。
「おまっ…! お前たち見てたのか!!」
「全部じゃないよ!」
 慌てては取り繕うが、羞恥が隠せないセベクはわなわなと震えている。 せっかく先ほどまでいい雰囲気だったのにそれを邪魔してしまい、は内心項垂れた。 そんな気持ちを表情から汲み取ったは、に苦笑を向ける。
「だいじょうぶですよ。もうやくそくしましたから。ね、セベク?」
「っ! ……あ、ああ。それはちゃんと持ってくる」
 セベクはそっぽを向いたまま、肯定の言葉を述べる。二人きりの時間はあっと言う間に終わってしまったが、約束は取り付けられたのだ。 ならば今回は十分だろう。
「来年が楽しみになりました。ありがとうセベク、あとさんたちも」
 こんな風に未来の事を笑顔で話せるだけで、今は十分。小さな幸せを噛みしめながら、は心からの笑顔を浮かべた。