『十二月二十四日~二十五日にかけての深夜の間に、送り先に気づかれないように届けて欲しい』
 そう依頼された荷物の差出人の名前は“サンディ・クローズ”。中身はツナ缶の詰め合わせに、旬の野菜と肉のセット、最新式の圧力鍋にワッフルメーカー。貴重品など特殊なものを運ぶ機会も多い職業柄、中身の詳細について伝えられることは今までもそれなりにあったが……さすがに今回は謎が多いというか、時期的にクリスマスプレゼントであることはわかるのに、どうも現実的過ぎるセレクトというか。つまり、いつも以上に謎の品だった。だがこれも仕事。きっと送り先にとっては何よりのプレゼントで、相手方はそれを最大限尊重して選んだものなのだろうと自分を納得させ、――配達員の姿に変わったは、一呼吸おいて意識を切り替えた。今から自分はプロの配達員になる、だから中身は二の次だ。
 配達先は、ナイトレイブンカレッジの敷地内にあるオンボロ寮。ホリデー期間中、基本的に生徒は故郷へと帰省するが一部例外もある。実際ロイヤルソードアカデミーの生徒も、珊瑚の海等凍ってしまい物理的に帰省の叶わない生徒は寮への残留が認められている。きっとこのオンボロ寮の生徒もその類なのだろう。
「まぁ、そうでなくとも深夜だから、人気なんてなくて当たり前だけどな」
 本来なら深夜の配達は管轄外ではあるのだが、依頼主がどうしてもと頼み込んだらしい。その分特別手当も出るし、幸か不幸か今年のクリスマスは本業の仕事が無かった。それなら一緒にクリスマスを過ごそうと、ネージュやドワーフ、たちは声を掛けてくれていたが、家族水入らずのホリデーを邪魔するのも忍びない。それに普段は仕事のこともあり、こんな時間まで起きている事例など皆無なのだ。なのである意味特別な機会であると割り切ってこの仕事を受けることにした。だがそんな安請け合いをしたことを、はすぐ後悔することになる。
「……?」
 ナイトレイブンカレッジのメインストリートへと足を踏み入れた瞬間、空気が変わった気がした。注意深く通路を見てみると、暗がりに紛れて何本ものロープが張ってある。それは丁寧に漆黒の塗料が塗られており、一瞬見ただけでは気づくのも困難。明らかに意図された罠だ。
 不審に思いつつも、は手際よくそれを避けて先へと進む。まさかスタント業務で培った経験がここで発揮されるとは。
「本業での演技の幅を広げるために配達員やってるのに、これじゃ本末転倒だ…っと!」
 メインストリートを途中から逸れ、鏡舎へと続く道を進む。本来なら学園内を通ってショートカットするところだが、室内は閉鎖的な分もっと多くの罠が張られている可能性もある。今回運んでいる荷物は大きいものが多いし、それならまだ外から回った方が安全だろう。罠の謎は深まるばかりだが、とりあえず依頼を優先させるべくは先を急いだ。
「うわあ!!!」
 すると突然、メインストリートの方から悲鳴が聞こえてきた。そしてそれを聞きつけたであろう者が、ばたばたと走って来る音も。は咄嗟に身を隠して息を潜める。
「やっと引っかかったぁ。そろそろ飽きてきたんだよね~」
「? あれって……」
 罠にかかった生徒の名前は分からないが、それを仕掛けたであろう生徒の顔はでもわかる。ロイヤルソードアカデミーでも悪名高いトラブルメーカー、フロイド・リーチだ。
「あ゛?サンディ・クローズじゃねーじゃん。お前なんでこんなとこ居んの」
「こっ、購買の自動販売機に飲み物を買いに……」
「夜中に出歩くんじゃねーよ。紛らわしい」
「すみません!!」
 あからさまに理不尽な怒りを見せるフロイド。だがそれよりもの心を乱したのは、彼が挙げた名前だった。『サンディ・クローズ』、プレゼントの依頼主だ。
「……この配達、もしかして訳あり?」
 深夜の依頼、という時点で怪しかったのだ。てっきりクリスマスのギフトとして秘密の贈り物をするものだとばかり思っていたが、それ以上の厄介事を抱え込んでしまったらしい。
「嘘だろ…あれに捕まったら絶対めんどくせぇ……」
 万が一捕まった場合、いくら『サンディ・クローズ』が依頼主だから無関係だと言っても聞いてくれないだろう。それどころか、荷物を強奪される可能性すらある。配達員としてさすがにそれだけは避けなければ。
 は気を引き締めると、更に注意深く足を進めた。暗がりで歩きづらくはあるが、幸い月明かりだってある。これでもかと張り巡らされた罠を一つ一つ避けながら、はなんとかオンボロ寮への配達を終えた。
「ふう、これで依頼は終了だな」
 張りつめていた緊張が解け、はゆっくりと深呼吸する。そろそろ日付が変わってしまう頃だし、早く帰ろう。そう思った瞬間。
「っ!」
 気が抜けていたせいで、ついうっかり罠の一つに触れてしまった。魔法の掛かった罠はの足に絡みつき、あっという間に身体が宙を舞う。だがここで声をあげればフロイドに気づかれるだけでなく、オンボロ寮の面々も起こしかねない。それでは依頼失敗だ。はひとまず受け身を取り、衝撃に備えた。
「………?」
 だが地面に打ち付けられるよりも早く、何者かが身体に触れる。それはを横抱きにすると、あっという間に脇道へと姿を隠した。
「あれ?罠動いてんのになんも捕まってないじゃん」
 それと入れ違いになるように、フロイドがやって来る。だが獲物が掛かっていない事に気づくと、悪態をつきながら学園の方へと戻っていった。
 間一髪の危機が去ったことにほっとしたいところだが、は落下する以上の衝撃を受けていた。だって自分を助けてくれたのは、全く予想していなかった人物だったからだ。
「ルッ、ルーク!!? なんでここに!!」
「君の助けを求める声を聞こえて、馳せ参じたんだよ」
「声なんてあげてねーだろ! もちろん助けてもらえたのは有難かったが…今はホリデー期間だろ?なんで居んだよ」
 あくまで今はと名乗る配達員。事態は飲み込めないままだが、はきちんと演技を継続した上でルークに問いかける。
「二十四日のホリデーギフトをトリックスターにプレゼントする役目を仰せつかっていてね。風の噂でサンディ・クローズが深夜に来訪すると聞いたから、せっかくだから待っていたんだよ」
 オンボロ寮に滞在している生徒に向け、ささやかなギフトが学園から贈られているのはも知っている。だがそれは当日手渡しする必要もない。実際に数件、日付指定でギフト搬送の依頼があったと上司から聞いた。そうでなくともルークはがここに来るのは知らないはずだし、知って居るのはあくまでサンディ・クローズの来訪で……そこまで考えて、ふと違和感に気づく。さっきのフロイドといい、何故ルークはサンディ・クローズが来ると知っているのだろう。
「おいルーク、サンディ・クローズの話はどこで話聞いた?」
「この学園の生徒ならほとんどの者が知っていると思うよ。なんたってグリムくんが、サンディ・クローズからプレゼントが届くとあちこちに自慢して回っていたからね」
 曰く、ツノ太郎という者から『クリスマス当日、オンボロ寮へサンディ・クローズからプレゼントが届くだろう』と教えられたらしい。それを喜んだグリムが言いふらした結果、それに興味を持ったフロイド(とルーク)が出歩く事態になったのだ。
「っ! ……はぁ」
 よりによってプレゼントを贈る、しかも口の軽い相手にそれを伝えているとは。そのツノ太郎…つまり今回の本当の依頼者は、よほど軽率らしい。は大きなため息をついた。
「そのせいでオレは今こんな目に遭ってるんだ。追加料金を徴収したいところだな……」
「だがお陰で、私はサンディ・クローズである君に逢う事が出来た。心から感謝しているよ」
「!」
「ツノ太郎くんがホリデー中学園に来ることは難しい。それならきっと、誰か別の者に配達を頼むはずだ。そしてこの学園には、そう言ったものに精通する配達員が居る。だから私は待ってたんだよ」
「………オレ……ううん、あたしが来るって分かってたわけね」
「ウィ!」
 ルークの情報収集能力をもってすれば、その結論に至るのは想像に難くない。つまり、ルークはわざわざを待っていたのだ。こんな時間まで。
「……待っててくれて、ありがと。会えると思ってなかったから凄く嬉しい。でも本当に想定外だったから、プレゼントは用意してないんだけど……」
「ノンノン、君が来てくれたことが何よりのプレゼントさ。それに、今日は私から君に贈らせて欲しいんだ」
「あたしに?」
 ルークはどこからともなく小瓶を取り出す。それは月の光に照らされて、暖かな光を放つ陽の欠片だった。
「こんなに寒い中仕事をしている君にプレゼントだよ。これを食べれば少しは温かくなるはずさ」
「………それなら」
 はルークから小瓶を受け取ると、蓋を開けて欠片を一つつまむ。そしてそれを口に放り入れ
「っ!」
 ルークに唇を重ねた。さすがにこれは想定していなかったのか、ルークは珍しく驚いた顔をしている。そのまま欠片を口移しで押し付けると、ルークは素直にそれを受け取った。
「貰ったものだけど、あたしからのプレゼントはこれってことで。だってルークも寒い中、待っててくれたんでしょ?」
 本心をさらけ出して伝えるとさすがに羞恥が勝るので、ほんのり演技も混ぜながら。大人びた笑顔を向けて、はそう微笑んだ。
「………」
 虚を突かれて言葉が発せないのか、はたまた口の中に物を入れたまま喋るのはマナー違反であると思っているのか。ルークは無言でを見つめたまま動かない。
「………」
 だがさすがにも落ち着いてきて、後から照れの気持ちが追って来る。このままこの場に留まっていると色々爆発しそうなので、そそくさと逃げの体制に入った。
「えっと、じゃああたしまだ仕事あるし戻るから!」
 しかしそれより早く、陽の欠片を飲み込んだルークがの腕を掴む。
「ふふ、逃がさないよ。さっきは驚いてしまったけど……君からのプレゼント、実にボーテ! 飲み込んでしまうのが勿体なくて、すぐに返事が出来なくてすまなかったね」
「いや、別に忘れてくれてもいいくらだし……」
 正直やらかした自覚は大いにあるので、ワンテンポ遅れて反応されるのは羞恥プレイでしかない。だが当然ルークにそんな言葉と感情が通じるわけもなく。
「忘れるなんてまさか! 今日のこの日の出来事は、一生覚えておくつもりさ!」
 なんだったら詩にして今から歌いかねない勢いに呑まれそうになるが、今ここでそんな騒ぎを起こせば今度こそフロイドに捕まってしまう。それだけはさすがに避けたい。
「ねぇルーク、ちょっと静かにした方が良いんじゃない? ほら、深夜だし」
「オーララ! 確かに近所迷惑だね。プレゼントを待ちわびて眠るトリックスターたちを起こしてしまうのは忍びない」
「ね。じゃあ帰ろ。すぐ」
 は今度こそ帰ろうとするが、ルークは腕を掴んだまま放してくれない。嫌な予感がしてそちらに視線を向けると、にっこりと微笑むルークと目が合った。その表情の意味を、は良く知っている。
「想定外のプレゼントのお礼をしないとね」
 狩人の目。獲物を射程圏内に捉え、その命を狩り取る瞬間を待ちわびている時の顔だ。
「っ!」
 お礼のお礼なんて要らない、とが口にするよりも早く、の手から陽の欠片を奪ったルークはそれを先ほどと同じく口に含み、今度はへと重ねる。
 唇を介して与えられる陽の欠片は、自分で口に含んだ時の何倍も熱く甘い。そして離れた後もの中に言いようのない熱を与え続ける。
「………」
 清々しい顔で離れていったルークとは対照的に、は顔を真っ赤にして俯く。早く食べきってしまおうと口をもごもごと動かすが、そうする事で先ほど触れた感触を思い出してしまい余計に熱くなる。自分も同じことをしたはずなのに、その何倍もの方法で仕返しされた気がしては泣きたくなった。調子にのってあんなことするんじゃなかった。
「さぁ、これ以上夜風に当たっていたら本当に風邪をひいてしまうからね。途中まで送るよ」
「い、要らな…」
「私が送りたいんだ。ほら、早くしないとムシュー愉快犯が見回りに来てしまう」
 ようやく出来た返事もあっさりと却下して、ルークはの手を引いて正門へと続く道を軽やかに進む。
「~~~!」
 羞恥で血の上った顔や繋いだ手、唇だけでなく全身をめぐる熱はどう考えても陽の欠片以外の理由だろう。それどころか、今後は陽の欠片を見るたびに今日の事を思い出して熱くなるに違いない。とんでもないプレゼントを与えられたことに頭を抱えながら、はルークにエスコートされて帰路についた。