──『ハロウィーンウィーク』二日目。
ハロウィーン運営委員の生徒は、朝早くから講堂に集められていた。ちなみに昨日学園長から直々にハロウィーン運営委員に任命されたので、も同席している。マレウスとの間に座るはどこか誇らし気だ。
委員長であるヴィルは全員の出席を確認した後、昨日まで出来事を報告する。
「昨日の来場者数は、例年よりも明らかに多かったわ。そのせいか対応に手間取ったり、小さなトラブルの発生が何件か報告されている。どれも大事ではないし、初日だからまだ慣れていない部分があるのは否めないけど……だからといって手を抜くわけにはいかない。今日からは更に気を引き締めて取り組んでちょうだい」
「はい」
「それと、来場者数が多かった理由についてはケイト、アンタから説明して」
「オッケー♪」
ケイトは自身のマジカメをプロジェクターに繋ぐと、スクリーンにとある投稿を映し出した。オンボロ寮のゴーストが、グリムと一緒に映っている写真だ。
「ナイトレイブンカレッジにいると忘れがちだけど、ゴーストって珍しいじゃん? それがこんなに鮮明に映っててしかも自撮りで猫付きの写真なもんだから、今この投稿はマジカメで大バズり中なんだよね~。実際、昨日の来場者の多くはゴースト目当てだったみたい。オンボロ寮に人だかりが出来てたよ」
と、デュースの三名は、昨日オンボロ寮の前であった出来事を思い出す。確かにあの賑わいは少しばかり異常だった。
「この様子だとまだ収束はしないだろうし、今朝確認したらトレンドにもあがってるみたい。多分今日は、昨日より来る人多いんじゃないかな~」
「オンボロ寮目当てで来場者の増加が見込まれるなら、スタンプラリー会場の人員配置を改めねばならないな」
「経験のある二年、三年が一年生をフォローできるようにせんとのう」
「お客さんってグリムも目当てなんですよね? だとしたら、グリムが居る時間は人数を増やした方が良いと思います」
ケイトの報告を受け、マレウス、リリア、はディアソムニア寮の生徒の配置を見直すようだ。来場者の目的がゴーストやグリムなのはにわかに信じられないが、昨日の賑わいを見れば納得せざるを得ない。彼らに会える目算の高いオンボロ寮、もといディアソムニア寮のスタンプラリー会場も当然混雑が予想されるので、それに合わせてスケジュールの調整をする必要があるだろう。
「わたしも、学園長のおてつだいの時間以外はきょうりょくします」
「さすがじゃな。心強いのう」
やる気を見せるに、優しい笑顔を向けるリリア。
「はい。だって学校行事にさんかできるきかいなんて、なかなかありませんので……」
「シルバー!!! 貴様、また寝る気か!!!!」
「っ!!」
突然教室に大声が響き渡り、その場に居た全員が固まった。次いで、ディアソムニアの運営委員……マレウスとリリアが座る席へと視線を向ける。二人も当然犯人が誰かは分かっているようで、渋い顔を浮かべる。
シルバーへの怒声とこの勢い。わざわざ扉を開けて確認しなくても犯人は分かる。
「セベクか……」
「十中八九、シルバーも居るようじゃのう……は何やっとるんじゃ」
どうやら誰かと話をしているらしく、外からは時折話し声のようなものが聞こえてくる。ヒートアップしているのか「あのおふたりをスマホで呼びつけるだと!? そんな不敬なことができるか!!!」「大げさなものか!!! お前は知らないからそんなことが言えるんだ!!!!」など、話している会話の内容まで聞き取れる始末だ。このままでは会議に支障が出るだろう。
「えー……では今日の運営委員会議はここまでとします! みなさん頑張ってくださいね!」
事態を察した学園長は、手早く会議を終わらせて解散宣言をした。
***
教室の前には、案の定セベクとシルバーの姿があった。その隣にはエースも待機しており、二人と話し合っていたようだ。
「セベク、シルバー、待たせたのう。中まで声が聞こえとったぞ」
「待つのはかまわないが、会議中はもう少し静かにしろ」
「もっ……申し訳ございません……」
会議が終わり中から出てきたマレウスとリリアは、早速セベクに苦言を呈する。怒られたセベクは見るからに委縮して謝罪を述べた。普段からこのくらいの声量で話していれば怒られることもないのに、との感想をは抱いたが、言及するとまたひと悶着ありそうなので大人しく口を噤む。
「ところで、どうして待っていたんだ?」
「飾りつけで確認して頂きたいところがあって、会議が終わるのを待っていたんですよ」
マレウスの疑問に答えたのは、魔法でこの場に降り立っただ。ディアソムニア寮の生徒は全く驚いていないようがだが、それに慣れていないエースと、は目を丸くする。
「? どうしてお前までここに?」
シルバーの疑問に答えるの表情は若干渋い。
「貴方たち二人が遅いから、心配してきたんです」
「それならスマホに連絡をしてくれればいいのに」
先ほどエースがセベクに対して言ったことと全く同じ内容に、シルバーはなんとも言えない顔で答える。今回は呼びつけられるのは自分たちなので、不敬には当たらないはずだ。しかしはその返事に不満があったのか、更に渋い顔をした。
「そのスマホを、二人とも置いていったんじゃないですか」
「……あっ」
言われてみれば、元々ここまで呼びに来ると話していた際にもスマホの話が出て、呼びつけるのは良くないとの結論に至りその流れで置いて行ってしまった気がする。セベクもそれを思い出したのか、眉間の皺を更に深くした。
「もしまだ会議中だった場合、マレウス様たちに迷惑も掛かりますし……止む無くこの場に来た次第です」
「すまなかった……」
「申し訳ありませんでした……」
今度はセベクに加え、シルバーも頭を下げた。
「あれ? エースちゃんもいたんだ。どったの?」
マレウスとリリアの後からきたケイトは、完全に蚊帳の外扱いになっているエースに声を掛ける。
「書類を出してこいってリドル寮長に言われて持ってきました。はい、コレ」
エースは当初の目的である書類をケイトに手渡した。次いで、待機中騒ぎに発展してしまった会話を掻い摘んで説明する。どうやら各国のハロウィーン事情を話していたらしい。
「最初は茨の谷のハロウィーンについて聞いてたんすよ。そしたらセベクが「あんなに恐ろしいものはない!」ってヒートアップしはじめちゃって」
「へー、茨の谷のハロウィーンってそんなに怖いんだ。茨の谷は魔法中心の生活をしてるって話だけど……飾りつけとかも魔法でするカンジ?」
「ああ、飾り付けは魔法を用いたものが多いな」
ケイトの問いに対して、答えたのはマレウスだ。魔法の使える者の多い茨の谷では、機械を用いたものより魔法の方が都合の良いことが多い。ハロウィーンもその例に漏れず、魔法を活かした行事となっているようだ。
「ただ、恐ろしさに関しては感じ方にもよるだろう」
「ほらぁ、やっぱセベクたちがビビりなんじゃない?」
「いや、そんなことは……」
言い淀むセベクに対して、茶化すように笑うエース。そんなセベクに、リリアが助け船を出す。
「くふふ。セベクがビビりかどうかはともかく……茨の谷のハロウィーンがこの学園はかなり雰囲気が異なるのは確かじゃ」
「えー、なにそれ。けーくん怖い話とか結構好き! 聞かせてリリアちゃん♪」
「うむ。では茨の谷のハロウィーン大使ことこのわしが、とくと教えてやろう。まず、どこから話してやったら良いかのう」
「さっきセベクたちが教室の外で話していた時、ランタンの話題が出ていましたよね?」
話題の取っ掛かりを探すリリアに、は先ほど教室にまで聞こえてきた話題を挙げる。確か各国のランタンの違いについて話していたはずだ。
「おお、それはいいな。さっきマレウスが、茨の谷は魔法頼りの生活をしてると言っておったろう? ゆえに、ハロウィーンの飾りのランタンに灯す明かりもLEDなどではなく火の魔法じゃ」
ハロウィーンは全国各地で行われているが、大まかな内容は一致している。しかし違う部分も当然あり、ランタンはその代表例だ。一般的なものはナイトレイブンカレッジでもお馴染みのカボチャを使ったランタンだが、茨の谷では木彫りのランタンが主流で、炎は魔法によって灯すのだという。逆に珊瑚の海は海中なので炎を灯すことが出来ないので、代わりに瓶を夜光虫に詰めて明かりにする。飾り付け一つにとっても、土地によって特色が色濃く表れていた。
「ランタンはカボチャではなく、全て木彫り。ドラゴンや不死鳥、コウモリなどの夜の眷属の祖先をかたどったものが多いのが特徴と言えるな」
「ハロウィーン当日、領主である若様が国中のランタン全てに魔法で火を灯す点灯式が執り行われる。若様が灯す黄緑色の高貴な炎が灯る様は、絶景としか表現しようがない……!」
セベクはリリアの言葉を引き継ぐセベク。きっと脳裏には、その光景が鮮明に映し出されているのだろう。
「国中のランタンに魔法で火!?」
「マレウスくんの魔力マジはんぱないね!?」
しかし茨の谷の住人には当たり前のその行事は、外部の人間からしたらとんでもないものだ。たった一人で全ての世帯の点灯をいっぺんに行うなど、普通の人間には到底叶わぬ芸当だ。
「茨の谷は薔薇の王国などに比べて領地も狭く、人口も少ない小国だ。大したことじゃない」
だがマレウスにとっては造作もないことらしく、謙遜を交えて答えた。しかしエースとケイトにとってはそれでも大きな衝撃だったようで、驚きの表情を浮かべたままだ。
「大したことないとは、言うようになったのぅ。おぬしが初めてランタンに火を灯す役目を女王に仰せつかった日のことを忘れたのか?」
「! リリア! その話は……!」
マレウスがリリアを止めるより早く、リリアは当時の思い出をしみじみと語り出す。
「張り切ったマレウスは力加減を間違え、国中のランタンすべて燃やして大変なことになった。家や畑は燃え、国民総出で朝まで消火活動したわい」
「………」
「その事件は『火のハロウィーン』と呼ばれ、茨の谷の歴史に刻まれたんじゃ」
「なんと……! 若様のお力を国民に知らしめた素晴らしい出来事ですね!」
「素晴らしいわけないじゃいですか。最低の出来事ですよ」
マレウスの話題に関しては何でも良い方向に捉えるセベクとは対照的に、は冷静に訂正を入れる。声色には明らかに恨みがこもっており、セベクの発言への苦言というよりは私怨のようにも聞こえた。
その理由が手に取る様にわかったリリアは苦笑する。
「おぬしはあの時大変だったからのう」
「……そうですよ。私は、逃げられませんでしたから」
マレウスの魔法が暴発したあの日。まだ幼子だったは今より自由が利かず、一人炎の中に取り残された。最終的にはリリアが助けて事なきを得たのだが……お陰では火に対して苦手意識を持つようになったのだという。
「おぬしの炎嫌いは、それだけが原因ではないと思うが……まあ、わざわざ思い出させることでもあるまい」
ぽそりと呟かれたリリアの言葉は、幸い誰の耳にも届かなかった。