「それより他にも聞かせてよ。今度はもっと明るい話!」
なんとも言えない空気になったことを察したケイトは、新たな話題を振る。
「茨の谷って仮装したりはしないの? マレウスくんが「トリック・オア・トリート」ってご近所さんをめぐって、お菓子もらってる姿はあんまり想像つかないけど」
「確かにやったことはない。そもそも茨の谷にはハロウィーンにお菓子を配る風習がないからな」
「うむ。わしも他国を旅したとき初めて菓子を配る風習を知った」
「薔薇の王国や、それがハロウィーンのメインイベントってカンジっすけどね」
薔薇の国出身のエースにとってお菓子をもらいに子供が街を練り歩く行為は、ハロウィーンでも一番の楽しみだった。しかし土地が変われば文化も変わる。ハロウィーンと一口で言っても、内容は多種多様なようだ。
「ランタンと同じように、土地によって行事の方法も変わるのね。茨の谷は人口も少ないって話だったし……そのぶん子供が少ないから、イベントとして定着しなかったのかしら?」
いくらお菓子を要したとしても、もらう側の子供がいなければ話にならない。そう解釈したの問いに、リリアはこう補足する。
「菓子を配るのは、悪霊にイタズラをされないようにするためのものらしいからの。茨の谷では、真夜中に仮装をして中央広場で踊る風習がある。悪霊を追い払うための踊りじゃ。きっとこれが類似するものなんじゃろう」
曰く、菓子を配る風習は死者や悪霊に対して菓子を供えることで、土地を荒らされないよう対策したことが起源なのだという。つまり茨の谷ではお菓子で丁重に帰省を願うのではなく、直接脅して悪霊を追い払うのだ。強靭な妖精らしい対処法である。
「なるほど……」
「しかし、お菓子を配るのはいい文化じゃ。お菓子をもらって喜ぶ無邪気な子供がかわいい。だからシルバーにもやらせてやりたかったんじゃが、わしの家は人里と離れていてのう。ご近所の家々を巡れない代わりに、シルバーの相手は全部わしがやったんじゃ」
「お菓子を入れるバケツが満タンになるまで延々とドアをノックしましたね」
「ある年からは、も手伝ってくれるようになってのう。もらえる相手が増えたのが嬉しいのか、満面の笑みでお菓子を受け取るシルバーはなんとも愛らしかった!」
「はい。繰り返し来訪しては、「トリック・オア・トリート」と元気よく声を掛けてくれました」
「へー、シルバー先輩とあの二人ってご近所さんなんですね。先輩は途中で引っ越したカンジ?」
「ご近所さんというかなんというか……まあ、そうだな。に関しては、その時だけ家に来てくれたんだ」
さすがに親子として一緒に住んでいましたと言うわけにもいかないし、の事情に関しては公に出来ないことが多い。エースに話を振られたシルバーは、少々歯切れの悪い返答をしてなんとか流した。
「ここ数年、ハロウィーンの日には絶対出掛けるとは思っていたが……お前たちそんなことをしていたのか」
自分があずかり知らぬところでそんな行事が行われていたことを知らないマレウスは、少々不満そうな声を漏らす。それを聞いた二人は顔を合わせ、次いでにやりと微笑んだ。
「ええ、羨ましいでしょう。お…リリア先輩とシルバーとの、大事な思い出です」
「マレウスもやりたいなら今年やってやっても良いぞ?」
「僕をいくつだと思っている」
今度は明確に不満を露わにしたマレウスに、セベクは慌てて助太刀を入れる。
「もし若様がお望みとあらば、私が何度でもお菓子をお渡しします!」
「やらないと言っているだろう。僕はもう子供じゃない」
「もっ……申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
しかし当然ながらマレウスはその気遣いも不服らしく、セベクはしょんぼりと肩を落とした。それを見たは少々考えたのち、マレウスにこう提案する。
「マレウスさん。わたしもくばるほうやりたいです。だからもらう係になってください」
「お前こそ菓子を欲しがる側ではないのか?」
まさかそんなお願いをされるとは思っていなかったようで、マレウスはきょとんとした顔をする。
「それはさいごの日にやれます。でも配るのは他のハロウィーン運営委員の人の役目なので、わたしはできません。なので代わりにもらってください」
運営委員として協力をすることになったとはいえ、はまだ子供である。更には正式な生徒ではなく、本来このようなことを頼まれる立場でない。なので学園長はへの協力報酬として、スタンプラリーの参加を許可していた。まああくまで最終日までお菓子が余っていたらという制限付きなのであまり期待できるものではないのだが……とりあえず、もらう側の立場は現時点では保証されている。しかしお菓子の配布はの言う通り、他の生徒の役目。だから別の形で配布係も体験したいのだという。
「じゃあ私もやりたい!」
の意図を察したも、それに賛同の意を示す。
「今度と一緒にお菓子を作るから、マレウスもらいに来てくれる?」
「……お前たちの誘いなら、仕方ない。もらいにいくとしよう」
二人に乞われ、マレウスは渋々了承した。しかし口元は若干緩んでおり、嬉しさが隠せていない。
「もし菓子を手作りするのなら、わしも手伝って……」
「お断(ことわ)りします!」
とに間髪入れず拒否され、リリアは豆鉄砲を食らったような顔をした。しかし周囲の者はリリアの料理がいかに危険であるかをよく理解していたので、賛同こそすれリリアの肩を持つ者は誰一人としていなかった。
「ところでさぁ、茨の谷のハロウィーンは恐ろしいって話だったのに、全然怖い話でてこないじゃん」
エースの話は最もだ。先ほどまでの話を聞く限り、内容に差異はあれど行事としての楽しさしか伝わってこない。それどころか、シルバーの可愛い子供時代のエピソードまで出る始末。どう考えても怖くない。
「恐ろしいのは、城下の中央広場に置かれたカカシの周囲で起こることだ……」
シルバーはその時のことを思い出しているのか、口調は普段より重々しい。
「茨の谷ではハロウィーン当日の真夜中に、城下町の中央広場でカカシを燃やす風習がある。そして燃えるカカシを囲み、ゴーストに仮装したものが朝まで踊り明かすんだ……」
マレウスも同様に、真剣な表情で説明を引き継ぐ。
お菓子を配る風習の対比として挙げられていた、悪霊を追い払うための踊り。払うと言うだけあり、決して和気あいあいとしたものではないのだろう。先ほどまでの明るい話題とは打って変わり、緊迫した様子が伝わってくる。しかしいまいち想像がつかないのか、エースは疑問符を浮かべたままだ。
「でもそれだけじゃ怖くなくない?」
「踊りだけならな。真に恐ろしいのは……カカシを燃やす炎に照らされながら、踊りに興じるリリア様の姿だ!!」
セベクの言葉に、シルバーとマレウスは深く頷く。
「特に十年前のハロウィーンは一番恐ろしかった……普段の
リリア先輩からは想像もつかない禍々しさで……」
「ああ……あの日を思い出すと僕ですら肌に霜の降りる心地がする」
「リリア先輩の踊りって……見た目からして全然怖くなさそうな気がするけど」
「だからですよ。普段とのギャップがあるから怖いんです。現役時代の恐ろしさの片鱗を見ましたね……」
未だにその怖さが理解できていないエースに、恐怖を力説する。しかしやはり今のリリアとの接点が見つけられないせいか、納得がいっていないようだ。そんなエースに対してマレウス、セベク、シルバー、は順番にリリアがいかに恐ろしかったかを語る。
「くねる身体は毒蛇のようで、笑い声はしゃがれ聞いただけで呪われそうだった」
「子どもも大人もその姿に恐れおののき、一目散に家に戻って震えながら朝が来るのを待ったほど」
「広場の石畳に伸びる影はさながら子どもをさらう巨大な鬼……その夜リリア先輩の踊りをみた子どものなかには、夜尿をぶりかえす者もいたとか」
「あれはまさに悪夢。脳裏にへばりついたあの光景は、忘れたくても忘れられません。今でも伝説として、茨の谷で語り継がれています」
みなの表情は真に迫っており、嘘をついているようには見えない。それにリリアならともかく、この四人は結託して嘘をつくような面子でもないのだ。しかしここまで懇切丁寧に説明しても信じてもらえないらしく、ケイトは未だにそれが手の込んだ冗談だと思っているようだ。
「あはは、マレウスくんたちもリリアちゃんの冗談に乗っかったりして、案外ノリいい~☆ 確かにリリアちゃんが軽音部でたまに見せるダミ声シャウトは、ちょっと怖いと思うこともあるけど……いくらなんでもそこまで怖がることないでしょ~」
「本気のリリア(様・先輩)はあんなもんじゃない(ありません)!!!」
「えぇっ?」
四人の剣幕に一歩身を引くケイト。
「くふふ。わしは今でこそディアソムニアのキュートなマスコットとして愛らしさを振りまく立場じゃが……茨の谷では『おどかし将軍』と恐れられておったんじゃ。なんなら今ここで怖い顔をしてみせてやってもいいが……それはハロウィーン当日のお楽しみとしておっておくがよかろう」
だがいくら四人に脅されても、ニコニコと微笑むリリアからはあれほどの酷評を連想することができない。『おどかし将軍』
との異名だって、先ほど茨の谷のハロウィーン大使だと主張してたことを考えると適当な自称にしか聞こえないのだ。
「いいんですかそんなこと言って? ハードルあがっちゃいますよ」
「当日楽しみにしてるね、リリアちゃん♪」
リリアの発言を軽く捉えたままのエースとケイトは、やはり侮った様子でリリアを茶化す。
「くふふ……ではお望み通り、存分におどかしてやろうぞ。ハロウィーン当日が、楽しみじゃなぁ」
ほくそ笑むリリアを横目に、ディアソムニア寮の四人は当日は絶対その現場に近づかないようにしようと固く心に誓った。
***
二日目の業務終了後、オンボロ寮の談話室。
「さん、それどうしたんですか?」
帰寮してすぐ部屋にこもっていたが手に持っているのは、小さい木彫りのランタンだ。ドラゴンを模しているようで、翼や尾、四肢がデフォルメ化されながらも丁寧に作り込まれている。
「今朝の会議の後、リリア先輩たちが茨の谷のハロウィーンについて教えてくれたでしょ? その時思い出したの。そういえば、家にもそんなものがあったなって」
思い出せない記憶の中に埋もれていた、小さな木彫りのランタン。確か森が華やかに色づく季節になると、毎年ランタンを作っていた気がする。記憶の中の自分は幼くて、作ったランタンは今手のひらの上にあるものとは比べ物にならないくらい稚拙だったけど……それでも上手だと褒めてもらえた、あの時の温かい感情まで思い出せたような気がして、は胸がぎゅっと苦しくなった。
「………」
そんな気持ちを察したのか、はにそっと寄り添う。
「……さん。よければ、わたしにも木ぼりのやり方教えてください」
「もランタン作りたいの?」
「さんほどじょうずには作れないと思いますが、作ってみたいんです」
ダメですか?と見上げる。はそんな彼女の頭を撫で、優しい笑顔を向ける。
「もちろん喜んで。まだ木材は余ってるから、一緒に作りましょ」
「はい!」
こうしてできた二つのドラゴンランタンは、オンボロ寮の談話室に仲良く並んでハロウィーンに彩りを添えた。