迷子の少年を学園寮室に連れて行く事になったオンボロ寮一行は、コロシアムを後にした。それからメインストリートまで出て、校舎にある学園長室へと向かう。
        「今日はどこから来たんですか?」
        「さんごのうみ!」
        「あなたは人魚なんですね」
        「カクレクマノミのにんぎょだよ、パパもおなじなんだ」
         同年代で話しやすいのか、少年はに心を許しているようだ。もそれを察してか、話を合わせて会話を交わす。
        「では今日はパパと来たんですか?」
        「うん! つぎはおはかにいくっていってたんだよ」
        「なるほど」
         更にはただ会話をするだけでなく、情報も集めているようだ。少年の名前や出身から始まり、誰と来たのか、本来ならどこに行くつもりだったのか。見た目は少年とさほど変わりないのに、やっている事は大人顔負けである。の手腕に、は内心拍手を送った。
        「さん、グリムさん、わたしはこのままこの子を学園長室に送ります。なのでさんは植物園まで行って、ほご者のそうさくをおねがいします」
         少年の話が本当なら、父親が少年を探してハーツラビュルのスタンプラリー会場まで行っている可能性もある。そう考えると、二手に別れて行動した方が良いだろう。
        「でも一人で大丈夫?」
        「はい。それに、もしそちらで父親が見つかっても動けないじょうきょうの場合、それを伝えにくる人もひつようですし」
        「なるほどわかったよ。じゃあその子はお願いね。行こうグリム」
        「終わったらウメーもん沢山食べなきゃ、わりに合わないんだゾ……」
        「用事が済んだら、はいふ用のおかしがあまっていないか学園長に聞いてみます」
        「早く行くんだゾ!」
         グリムの変わり身の早さに苦笑しながら、とグリムは植物園へと向かった。
         残ったは少年を無事送り届けるべく、学園長室へと歩みを進める。程なくして、学園長室の前に到着した。
        「ここが学園長室です。学園長はヘンな人ですけど、悪い人ではないと思うので……ちゃんとお話聞いてあげてください」
        「うん!」
         少年に心の準備をするよう促してから、は扉をノックする。
        「しつれいします。まいごをつれてきました」
        「え~またですかぁ!?」
        「………」
         今の発言は聞かなかったことにして、は扉を開けた。そこに居たのは学園長と、数人の子供。どうやら迷子は他にも居たらしい。確かにこれだけ大規模な催し物ともなれば、そういったトラブルが頻発するのも仕方のないことだろう。
        「………」
         ただ何も知らない少年から見れば、全身真っ黒な仮面の男性が自分と同じような子供が集めている光景は明らかに異常だ。絶句したまま固まる少年に、は優しく語りかけた。
        「さきほども言いましたが、あれが学園長です。まいごを食べるために集めてるわけじゃないからだいじょうぶですよ」
        「くん、その言い方酷くないですか!?」
        「じっさいこんわくしているのでやむをえないと思います」
        「納得いきません!」
         さめざめと泣き出す学園長の前を素通りし、は少年を他の子供のところへ連れて行く。少年だけでなく、集められた子供はみな不安そうな表情を浮かべていた。
        「みなさんもまいごですよね? 今運営委員の人たちが、ほご者の方々をさがしています。だからそれまでは、ここで待っててください」
        「でもママたちぜんぜんきてくれないんだよ!」
        「ずっとまってるの……」
        「あのかめんヘン!」
         ただ待つばかりで不安なのだろう。が話しかけた途端に、子供達の口からは不満が噴出する。さりげなく学園長への中傷があったのはスルーしつつ、は更にこう続けた。
        「この学園には、とってもすごいゴーストさんたちがいるんですよ」
        「ゴースト?」
        「はい。スケルトンは王様にとってもちゅうじつなので、ごうれいがあれば草の根をかき分けてでもさがします。海賊のゴーストはたからさがしが大とくい。狙ったえものはのがしません。マミーの実験室で作ったとくべつなミイラを使えば、人さがしはあっという間ですし、人狼のゴーストは鼻がきくので、どこにいても見つけてくれるでしょう。もし悪いゴーストにつかまってたとしても、吸血鬼がいれば安心。その美しさでみりょうして、その間にパンプキン・ホロウがてきをたおしちゃいます。それに龍のゴーストはとっても長生きなので、どんなじたいにおちいってもぜったいに負けません」
         はそこで一旦話を区切ると、こどもたちに顔を寄せる。
        「ここだけの話ですが、わたしもゴーストなんですよ」
        「!」
        「わたしの住むおやしきにねむる大魔法士は、ありとあらゆるまほうをあやつる天才なんです。彼はねむりから目ざめ、ほご者の方々をさがすきょうりょくをしてくれてます。だから、今は少しだけ待っててくださいね」
         は子供たちが安心出来るよう、各寮の仮装に合わせて話を広げる。それが功を奏したのか、子供たちはあっという間にに心を開いた。
        「きゅうけつき凄かったよ! さっきまでいた子のお兄ちゃんをすぐ呼んでくれたの!」
        「わたしはマミーとあったよ! 怖かったけど、優しかった!」
         はそれぞれの話を聞きながら、先ほどと同様に同行者の情報を聞き出していく。そしてそれを学園長に伝え、適宜放送を入れてもらった。それから迷子の話し相手をしつつ待機していると、トレイがやってきた。
        「失礼します。さっきの迷子放送で息子らしい子が居たそうなので、連れてきました」
        「うちの子、右手の指がちょっと小さいんですけどそんな子居ますか……?」
        「パパ!」
         トレイの後ろについてきた男性を見るなり、人魚の少年は彼に駆け寄る。どうやらあの人が父親らしい。
        「どこに行ってたんだ! 心配したんだぞ!?」
        「ボクね、ゴーストさんに助けてもらったんだよ!」
         少年がを指差す。父親がそちらに視線を向けると、は軽く会釈した。
        「サバナクロー寮のスタンプラリー会場にいたので、いっしょにきてもらいました。ぶじに会えてよかったです」
        「ありがとうございます……!」
         父親は学園長とトレイにも礼を述べると、少年と共に学園長室を後にした。
        「ところで、さんとグリムさんはどうしたんですか?」
        「あー……ハーツラビュル寮のスタンプラリー会場でちょっとトラブルあがってな。だから代わりに俺が連れてきたんだ」
        「そうだったんですね」
         トレイの返事はどうも歯切れが悪い。揉め事製造機であるグリムと、超絶巻き込まれ体質な。なにがあったか聞かずとも、なにかしらのハプニングが起こったであろうことは想像に容易い。は理由を問わず、返事をするに留めた。
         それからも放送を聞きつけた迷子の保護者が代わる代わる来訪するのでその応対に追おわれ、は止む無く学園長の手伝いをすることとなった。と言っても先ほど同様、子供の話を聞くだけではあるが……学園長よりも話がしやすいのか、学園長が一人で対応していた時よりも随分とスムーズに進行したらしい。なので全員を無事保護者と再開させた後、は学園長に大層褒められた。
        「いや~助かりました! 一人ではさすがに対処出来なくて困ってたんですよ」
         他の先生に頼もうにも、それぞれ持ち場があると言われ逃げ……ではなく丁重に断られてしまったらしく、やむなく一人で迷子係を担当していたらしい。
        「まいごって、こんなに多いものなんですか?」
        「例年だとここまでは多くないんですけどね~」
         どうやら今年は来場者数自体が多いらしいので、それに伴い迷子の件数も増えたのだろう。だが今日はまだ初日で、通年通りなら最終日はこれ以上の来場者が見込まれる。どう考えても学園長一人では回せないだろう。学園長もそう考えているらしく、先ほどからに熱視線を向けている。このままではのように、無理難題を押し付けられるに違いない。そう結論付けたはその場を退散すべく、足早に扉へと向かった。
        「今日のくんの手腕は本当に見事でした! さすが年齢が近いだけあって、子供の扱いが上手いですね~。これを見込んで、明日もお手伝いをして欲しいんですけど……」
        「………」
         扉に手を掛けるよりも早く、学園長は早口でに協力を打診してくる。逃げるタイミングを失ったは内心頭を抱えた。ここで協力を断れば、あれこれ正当に見える理由をつけてオンボロ寮の存続にかかわる脅しをかけてくるに違いない。
        「オンボロ寮のおてつだいがあるので……」
         一応それっぽい理由を述べて拒否を試みるが、当然その程度で学園長は折れてはくれない。
        「もちろんずっとこの場に居る必要はありません! 時間がある時でいいんです」
        「ぐたいてきに何時から、と言うのはありますか?」
        「朝十時から夜の十時の間で、お手伝いできる時はいつでも来てくださって構いませんよ!」
         ほぼすべての時間じゃないか! という言葉が喉まで出かかったが、はなんとかそれを飲み込む。
        「……ぜんしょします」
        「ではくんも、ハロウィーン運営委員の仲間入りってことで! 明日からよろしくお願いしますよね!」
        「!」
         ハロウィーン運営委員。迷子扱いでこの学園に迷い込み、学園関係者の身内として過ごしているは、どう頑張ってもナイトレイブンカレッジの部外者だ。だが役職をもらったことで、この学園に正式に関わる事が出来た。そしてなにより、大事な人たちと同じ役職に就けたことが嬉しくて。は思わず顔を綻ばせかけたが、悟られないよう慌てて平静を取り戻して頷いた。
        「はい、わかりました」
         そして学園長室を出た後、脳内で先ほどの言葉を反芻する。結局面倒な仕事を押し付けられてしまったが、そのような肩書も込みなら悪くはない。自然と軽くなる足取りのまま、はとグリムの元へと戻った。