──『ハロウィーンウィーク』一日目。
「よしよし、部屋のハロウィーンの飾り、うまくできたんだゾ!」
「余り物の布とか、廃材がメインだけど……思ったよりいい出来になったね」
「はい。オンボロ寮のけいかんを活かしたかざりつけが出来たと思います」
オンボロ寮の談話室に施された装飾を見て、グリム、、は各々満足そうに頷く。あくまでスタンプラリー会場はオンボロ寮の外観だけで、寮内まで参加者が入って来ることはない。だがせっかくならとことん凝ろうという話になり、寮内を飾り付けたのだ。
「今日からいよいよ『ハロウィーンウィーク』だねぇ~」
「おう! オレ様は今から子分とと一緒に、学園の様子を見てくるんだゾ」
は実行委員としてディアソムニア寮の生徒と行動を共にしているので、この場にはいない。なので残った三人で、今日はスタンプラリー会場を見て回ることになっている。
「早速しゅっぱーつ……」
「ちょっと待ちなぁ!」
「ふなっ!?」
意気揚々と出掛けようとしたところを止められて、グリムはなんとも気の抜けた声をあげた。
「ヒーッヒッヒ……ヒーッヒッヒッヒッヒ!!!」
「な、なんなんだゾ? オマエらみんなでニヤニヤしがやって」
グリムの問いかけには答えず、ゴーストたちはしばらくしたり顔でニヤついている。そしてひとしきり笑った後、彼ら目の前に居る三人に魔法をかけた。
「実はねえ……お前さんたちにプレゼントがあるんだよぉ。ほれっ!」
「ふなーーーっ!!」
「ま、まぶしい……!」
「っ!」
魔法の煌めきが全身を包み、思わず目をつむる三人。瞼越しに映る光の残滓が落ち着いたあと、ゆっくりと瞼を開くと──先ほどまで制服だった衣装が、ハロウィーン用のものに変わっていた。
「お……おお………………おおおーー! にゃっはー! オレ様専用の、ハロウィーンの仮装なんだゾーー! どうだ子分、かっけーだろ!?」
「かっこいいよ。も良く似合ってるね」
「ありがとうございます。さんも、よくおにあいです」
「ヒッヒッヒッ。オンボロ寮の設定は『偉大な魔法士の魂が眠る幽霊屋敷』。だからグリムは〝偉大な魔法士〟の仮装だよぉ~」
「そしてとは〝魔法士の眠る屋敷に住むゴースト〟さ!」
グリムはと同じデザインの山高帽、とはゴーストと似たシルクハットに白い羽織りにマント。はグリムと、はと同じデザインのリボンを胸元につけている。それぞれが少しずつデザインを変えつつ、共通点のある衣装になっていた。
「は実行委員だから衣装を用意できたけど、お前さんたちは何もないだろう? それをお前さんたちの友達が気にしてたんだよ」
「友だちって……?」
そんな気遣いが出来る友人と呼べる相手など思い当たらない、といった表情で首を傾げるグリムに、ゴースト達は苦笑する。
「ええっと、ほら。ハーツラビュルの、顔にハートが書いてあるのと、スペードが書いてある……」
「エースとデュース!?」
「そうそう、その2人だ」
当然グリムだって、彼らを友達とカウントしていないわけではない。でも、だからと言ってあの二人がそんな気をつかえるような相手だとも思っていないのだ。やも少なからず同じ感想を抱いていたらしく、三人は豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「それに、からも相談を受けてたしねぇ。カーテンの切れ端を使って、俺たちで衣装を作ったんだよぉ」
「からも?」
「詳しいことは言っては駄目だと言われてるから、秘密じゃがな!」
意味深に笑うゴーストたちは、これ以上話してくれる気配はない。ここはとりあえず素直に受け取っておくべきだと思ったは、素直に礼を述べた。
「ありがとう。凄く気に入ったよ」
「ヒッヒッヒッ……さあさあ、支度は済んだ。三人ともハロウィーンを楽しんでおいで!」
「俺たちも、ゆっくり学園を見て回ることにするよ~!」
笑い声と共に、ゴーストたちは透明になって消えてしまう。
「よし、、今度こそ出発だ! オレ様について来い!」
鼻歌を歌いつつ先頭を歩くグリムを微笑ましく見守りながら、オンボロ寮一行はハロウィーンウィークに湧く学園へと繰り出した。
***
三人が最初に向かったのは、ハーツラビュルのスタンプラリー会場である植物園だ。
「ひゃ~! 思ってた以上にすげー飾り付けなんだゾ……!」
さすがエースとデュースが胸を張って自慢していただけあり、会場は圧巻の一言だった。オンボロ寮の装飾も凄かったが、こちらも負けていない。そこかしこに並ぶ墓石は本物のような重厚感だし、中央に鎮座している棺からは今にも何かが飛び出してきそうな趣きがある。
「たしかこの墓石、発泡スチロールで作ってるって言ってたよね」
「植物もいつものはなやかなものとはちがうので、べつの場所みたいです」
真新しさを感じる装飾にワクワクしつつ足を進めると、丁度デュースとケイトが来場者の相手をしているところに遭遇した。
「ハッピーハロウィーン。お父さんと一緒に遊びにきてくれたのかな?」
「うん!」
ケイトの問いかけに、父に連れられてきた少女は元気よく返事する。
「娘は毎年ナイトレイブンカレッジのハロウィーンを楽しみにしているんです。あ、一緒に写真を撮ってもらってもいいですか?」
「は、はい! もちろん大丈夫です」
デュースはまだぎこちなさが抜けていないが、それでも何とか対応出来ているようだ。
「さあさあ並んで~……うん、ばっちりだ! それじゃあいきますよ……せーの!」
「ハッピーハロウィーン!」
父親の掛け声で、ケイトとデュース、少女は両手を顔の横に構えてゴーストのポーズをとる。
「ありがとうございます。いい思い出ができました」
「せっかくですし、お父さんも一緒に映ったらどうですか? 自分が写真を撮りますよ」
娘とのスリーショットも勿論いいが、父親との写真もいい思い出になるだろう。そう考えたは、横から撮影係を申し出る。
「えっ、いいんですか?」
「もちろんです」
「ちゃん、普段から写真撮ってるもんね~! 映える写真をお願いね♪」
普段からゴーストカメラを使って写真撮影をしているだけあり、の撮影スキルは確かなものだ。ケイトはさりげなく回り込むと、父親と少女がフレームの中心になるように誘導する。
「ではいきますよ~……Boo!」
の掛け声に合わせて、今度は四人でゴーストポーズをきめる。怪しくも可愛らしい写真が撮れ、父親と少女は笑顔で会場を後にした。
「ありがとうちゃん、お陰で参加者の人に喜んでもらえたよ。ところでその服、よく似合ってるね!」
来場者を捌き終えた後、ケイトはに声を掛ける。
「いえいえ。お役に立ててよかったです」
「この服はデュースさんたちが、ゴーストさんに頼んでくれたんです」
「オレ様たちを心配してたんだよな~?」
ニヤニヤとした視線を送るグリムに、デュースは居心地の悪そうな顔をする。
「べっ、別に心配してたわけじゃないぞ!」
「デュースちゃんも隅に置けないね~?」
「ケイト先輩までからかわないでください……!」
さすがに先輩相手に口答えは出来ないらしく、デュースは顔を赤くしながら必死に弁明する。しかし何を言っても逆効果で、どんどん墓穴を掘るばかりだ。
「まあまあ。嬉しかったんだから、素直に聞いてよ。ありがとう、デュース」
「おかげ様で、ハロウィーンウィークをとても楽しめてます」
「これからもオレ様たちの世話をするんだゾ!」
グリムの発言には苦言を呈しつつも、デュースはこそばゆそうにお礼の言葉を受け取った。
「ちゃんたちは、この後どうするの?」
「各寮の会場を見て回る予定です」
一応ディアソムニア寮とは合同で参加という形になっているので、各々スタンプ係をする時間は割り振られている。しかし今日は予定がないので、このまま全部の寮の見学へ行くことになっていた。
「次はサバナクロー寮の会場に行くんだゾ!」
グリムに催促され、とは会場を後にした。
***
サバナクロー寮のスタンプラリー会場はコロシアムだ。体力自慢の寮生達が一から作ったという難破船は、見上げる程に大きい。中にはレプリカではるが金銀財宝が置いてあり、本物のような輝きを放っていた。
「にグリム、それにじゃねえか」
来場者の対応をひと段落させたあと、ジャックは見学に来ていた三人に声を掛ける。
「お疲れ様。大盛況みたいだね」
「ふなー! でっけーんだゾ!」
「サバナクローの寮生みんなで作ったからな。七つあるスタンプラリー会場の中でも、一番大きな展示だ」
目を丸くして船を眺めるグリムに、ジャックは得意げに答える。ディアソムニア寮の赤龍も大きかったが、これは実際に人が乗れるサイズ。しかもこの規模のものとなると、製作はよほど大変だったに違いない。
「?」
とグリムが展示の船に圧倒されている中、は船から少し離れた場所に視線を向けていた。その先に居るのは、不安そうな表情を浮かべた少年だ。年頃はよりも少し下くらいだろうか。
「どうかしましたか?」
が少年に近寄り声を掛けると、少年はびくりと肩を振るわせた。
「えっと……パパがいなくて……」
「もしかして、はぐれてしまったんですか?」
の言葉に少年は無言でうなずく。どうやら迷子らしい。二人のやりとりに気づき、もこちらに駆け寄る。
「どうかした?」
「まいごみたいです」
「迷子かあ……ねえジャック、迷子ってどこに報告すればいい?」
「確か学園長室に連れて行くって話になってたな」
実行委員であるジャックは、こういった時の対処も事前に教えられていたようだ。そこで保護者の特徴を聞いた後、放送をいれて待機させるらしい。
「でも俺は今受付担当だから、連れて行けねえし……」
「じゃあ自分たちが連れて行くよ」
「いいのか?」
「と一緒の方が、この子も安心だろうし。とグリムもそれでいい?」
「もちろんです」
「仕方ねーんだゾ」
最初に声を掛けたのはだし、グリムは背丈も近い。逆にジャックは子供に慣れているとは言え体格の良い獣人。それなら、少しでも安心できる相手が対応してあげた方がいいだろう。
の言葉に快く頷くと、は少年に向き合う。
「学園長室……えらい人のところに行きましょう。そこにお父さんをつれてきてくれるよう、おねがいしますので」
「ほんとに?」
「はい」
「学園長、どうせめんどくさがってオレ様達に父親捜しまで押し付けそうなんだゾ」
「こらグリム、そういうこと言わないの」
ただ、いくらなんでもそんなことはさせない……と言いきれないのが学園長の悪いところだ。しかしここで断るわけにもいかないし、少年に不安感を与えるような発言は控えるべきだろう。は心の中で賛同しつつ、グリムを窘めた。