次の日のホームルーム。クルーウェルは生徒が揃っているのを確認するとこう切り出した。
「お前たち、わかっているとは思うが……ハロウィーンまで、あと一か月だ」
 クラスメイトは待ってましたと言わんばかりに騒ぎ出す。中にはハロウィーンをナイトレイブンカレッジで過ごすのが夢だったという者まで居るあたり、よほどこの学園のハロウィーンは盛大なものなのだろう。
 グリムもその熱量にあてられ、ソワソワとした気持ちが隠しきれないようだ。
「昨日リリアやゴーストが言ってた通り、「ハロウィーンは特別」なんだな」
「みたいだね」
「なあなあ。今朝ちらっと見たんだけど、オンボロ寮大変なことになってねえ?」
 エースは後ろの席からの肩をつつく。
「ドラコニア先輩とヴァンルージュ先輩、随分張り切ってるみたいだな」
 どうやらエースとデュースにも、オンボロ寮の変わりようは認知されているようだ。なんせ教室のあるこの城からでも、オンボロ寮を望める場所からならあの装飾が見えるのだ。たちも初見で度肝を抜かれたわけだし、二人が驚くのも無理はない。
「うん、大変なことになってるよ……」
 あの後記念撮影をしたいというゴーストたちを手伝ったのだが……入口の赤龍だけでなく、ハリボテの雲や巨大な門、至る所を照らすランタンなどいわゆる〝映えスポット〟が非常に多く、撮影は日が暮れるまで続いた。
 だが問題はそれだけではない。他の生徒から廃墟と称されているオンボロ寮だが、主にの尽力によって随分と環境が改善された。しかしそれはあくまで寮の住人としての主観。他寮から見ればまだまだ荒地にしか見えなかったらしく、整備していた庭の一部が踏み荒らされてしまったのだ。それに大層立腹したは、全体統括者であるマレウスにわざわざ直談判にまで行った。最終的には和解しディアソムニア寮生全員で庭の整備し直しとカボチャを植える手伝いをすることで手打ちになったが、一時はどうなることかとは肝を冷やした。
「でもこれが「ハロウィーン」なんだろ? オレ様ワクワクするんだゾ!」
「最初は驚いたし、色々問題もあったけど……あの龍、よく見ると愛着のある顔してるし。夜はランタンの灯りがお庭を淡く照らすから凄く綺麗なの。だから私も楽しみだわ」
 グリムとの言葉に賛同し頷く。確かに大変ではあったのだが、それ以上にワクワクするのだ。ハロウィーン自体は知っているが、ツイステッドワンダーランドで迎えるハロウィーンは当然初めて。ここに集う生徒と同じように、もまたハロウィーンを楽しみにしていた。
「楽しんでるならよかったわ。やっぱハロウィーンは派手にやんなきゃだよなー」
 どうやらエースなりに、あの変貌ぶりを心配してくれていたらしい。それが言葉の端から伝わってきて、はほっこりとした気持ちになった。
「カッケェ飾りつけにしてもらえそうでよかったな!派手と言えば……たちは、部屋に飾り付ける用のカボチャはもう買ったか?」
「もちろんよ!」
 デュースの問いに、は待ってましたとばかりに答える。
「今年はね、種から育ててカボチャを作ることにしてるの。魔法の種だから、今から植えてもちゃんと育つってサムさんも言ってたわ」
「そりゃいいな。もうミステリーショップに行列ができてたから、早めに行かないとと思ってたんだ」
「まだ買ってないなら分けてあげるわ。種はたくさんあるし。その代わり、中身をくり抜くのを手伝ってね」
「いいのか! もちろん手伝うさ」
「やっぱ『ジャック・オ・ランタン』が出来上がるとハロウィーン感が一気に増すよな~」
「エースもデュースも、やっぱハロウィーンだからウキウキしてんのか?」
 そういうグリムも、先ほどから浮足立った様子だ。やはり楽しみで仕方ないのだろう。
「そりゃそうでしょ。ハロウィーンにテンションあがらないヤツとかいる?」
 そう言ってエースが視線を向けた先には、イグニハイド寮に所属しているクラスメイト。普段は消極的でインドアと称される彼らもまた、ハロウィーンは楽しみなようだ。
「真面目なデュースくんも、そーだよねー?」
「ちょ、ちょっとくらいハメ外しても許される日だよな。かっこいい仮装もできるし……大人も子どもも、ツイステッドワンダーランドでハロウィーンが嫌いな奴はいないと思うぞ」
 普段なら言い返すであろうエースの軽口にも、デュースは反論せず素直に賛同の意を示す。ハロウィーンには人を魅了する魔力があるのかもしれない。
 そんな中、クルーウェルは各々ハロウィーンに期待を寄せる姿を一通り眺め、やれやれとため息をついた。
「はあ……この時期はどいつもこいつも浮かれてかなわない」
 そしてその空気を一層するように、バシンと鞭を鳴らした。先ほどまで夢見心地だった生徒は、一斉に現実に引き戻される。
「ステイ! ビークワイエット! 入学して初めてのハロウィーンだからといってはしゃぐな。俺の躾を疑われるだろう?」
 クルーウェルは一気に引き締まった生徒の顔を眺めながら話を続ける。
「いいか。ナイトレイブンカレッジにおいてもハロウィーンはとても重要なイベントだ」
 ハロウィーンの前の一週間は『ハロウィーンウィーク』と呼ばれ、毎年ナイトレイブンカレッジでは生徒が主体となって学外者向けのスタンプラリーを開催している。各寮は学内施設を一か所スタンプラリーの会場として選び、ハロウィーンの飾りつけをするのが通例だ。その流れでオンボロ寮は、ディアソムニア寮の『スタンプラリー会場』に選ばれたというのが今回の経緯らしい。このイベントで最も注意すべき点は、学外者は“誰でも自由に”参加できるということ。つまり『ハロウィーンウィーク』の間は、ナイトレイブンカレッジは外部からの訪問客に開放されるのだ。
「なぜこのように手間のかかる催しを、わざわざ開いているかわかるか?」
「はいはい! わかったんだゾ! 入場料をとってがっぽりもうけるためだ!」
 クルーウェルの問いかけに、グリムは元気よく手を挙げて答える。だがその内容はいかにもいうか、どちらかというとアズールが好むようなものでは頭を抱えた。さすがにそれはないだろう……いや、あの学園長ならやりかねないかもしれない。
 しかし当然答えは違うらしく、クルーウェルは眉間に皺を寄せて否定した。
「違う! 参加者からお金をとるなど言語道断! 学園内の見学は無料だ」
「ならどうして呼ぶんだ? めんどくせーだけじゃねーのか?」
 なおも理解を示さないグリムに、クルーウェルは先ほどよりも大きなため息をついた。
「いいかお前たち。ナイトレイブンカレッジが今まで長い歴史を紡いでこれたのも……この「賢者の島」に住む地域の皆様のご理解ご協力、そしてお前たちを育む温かな目があってこそだ」
 ここナイトレイブンカレッジは、良く言えば秘境、直球で称するなら辺鄙な賢者の島にある。いくら魔法がある世界とは言え、物理的に外界から閉ざされている場所に立つ学園と言う性質上、島の住人の受け入れ態勢が整っていなければ健全な教育の場は成り立たない。そう考えると、日頃の感謝を形にするこのような機会を設けるのは学園内外どちらにとっても利益になるのだ。
「『ハロウィーンウィーク』は、地域の皆様にお前たちの躾の成果をお見せする大切な機会。だらけた姿をさらさないように、気を引き締めろ!」
「はい!」
 クルーウェルの鋭い視線を受け、生徒達は背筋を伸ばした。しかしグリムはすぐに脱力し、机に頬杖をつく。
「しかし、スタンプラリーねえ。それでリリアはオンボロ寮を飾り付けてたのか」
 学園内だけで昇華するイベントにしては大規模だと思っていたが、部外者が見学に来るというなら納得だ。だってこの学園の生徒は必要以上に目立ちたがる。
「お祭りって感じがして、すげーんだゾ!」
「なーに今更驚いてんだか。〝ハロウィーン運営委員〟から事前に話聞いてんだろ」
「へ? 運営委員?」
 エースの言葉に、グリムは目を丸くする。
「ハロウィーンをスムーズに進めるために、各寮で係の生徒を出すことになっている。学園長から話があっただろう?」
 話が聞こえたのか、クルーウェルはこちらに歩いて来るとそう補足を入れる。だがたちは、ハロウィーンのイベント自体昨日初めて知ったのだ。当然初耳である。
「私たち、昨日リリア先輩からハロウィーンの飾りつけについて教えてもらったばかりなんです」
 の回答を聞き、クルーウェルはしばし無言になった。
「……なるほど。もしや学園長、オンボロ寮に声を掛けるのを忘れたな」
「あの人どんだけうっかりしてんだよ!」
 エースのツッコミは最もである。普段から寮としてカウントされることが少ない例に漏れず、学園長は今回もオンボロ寮の存在を忘れたらしい。でもそれなら、ディアソムニア寮がオンボロ寮の飾りつけの申請を出した時点で気づくべきではないのか。
「あっ、でも心配しなくていいぞ! もグリムもも『ハロウィーンウィーク』のことでわからないことがあったら僕に聞くといい。だって……僕は、今年のハロウィーンウィーク運営委員なんだ!」
 デュースは胸を張ってそう答えるが、当然そんな委員があることも初耳である。
「それなら、私たちの寮からも運営委員を選出したほうがいいんじゃない?」
 さすがにここまで蚊帳の外扱いなのもいい気分ではない。それならせっかくだし、自分たちも出来ることは協力すべきだろう。
「なら寮に戻ったあと、にも相談しよう」
「そうね。それから学園長にも言って、オンボロ寮も正式にハロウィーンに参加出来るようお願いしなきゃ!」
 オンボロ寮もスタンプラリー会場としては扱われている、それはあくまでディアソムニア寮の管轄として、建物だけの参加だ。あとできちんと参加表明はしておくべきだろう。
「運営委員であろうとなかろうと学業は疎かにするな。ハロウィーンだからといって浮かれすぎたバッドボーイは、三十一日のパーティーに参加させてやらないからな。わかったか、仔犬ども」
「なにっ! 今パーティーって聞こえたんゾ!?」
 パーティーという単語を耳聡く拾ったグリムは、身体を前のめりにしてクルーウェルの話に集中した。
「ああ、お前たちも参加可能なパーティーだ」
 ハロウィーン当日の夜は、ナイトレイブンカレッジ内でパーティーが開かれる。主賓はあくまで学外の人間だが、生徒やゴーストも参加可能。その規模は学園行事の中でも一二を争う華やかなもので、食堂のゴーストも楽しめるよう有名シェフのケータリング料理も振舞われるらしい。
「昔兄貴に見せてもらったハロウィーンパーティーの写真、料理が超うまそうだったんだよなあ。なんでも、ウチの学園じゃプロム並みに盛り上がる豪華なイベントらしいぜ」
 エースがそう補足すると、グリムはひと際目を輝かせる。
「ふなあ……豪華なパーティー! ハロウィーンが待ちきれないんだゾ~!」
 きっと脳内には、食べきれないほどのハロウィーンの料理が浮かんでいるのだろう。そんなグリムの様子を一瞥し、クルーウェルは鞭を手に打ちつけ緩んだ空気を元に戻す。
「お前たち。これから約一か月間。仮装や飾りつけの準備で大変だとは思うが……全員で、最高のハロウィーンにするように!」
「はいっ!」
 身の引き締まる思いで生徒が返事をすると、クルーウェルは満足そうに頷いた。