授業終了のチャイムが鳴り響くと同時に、教室は騒めきに包まれる。賑やかな教室を出た、グリム、、そして途中で合流したの四人は並んでオンボロ寮へと向かっていた。
「はあー。やっと今日もかったるい授業が終わった」
 まるで猫がするように、身体を大きく伸ばすグリム。
「今日はさっさと寮に帰って、オレ様と昨日のゲームの続きをするんだゾ!」
「その前に宿題だよ」
「そんなもんオレ様にかかれば瞬殺なんだゾ!」
「なら瞬殺で先に終わらせてください」
「ぐぬぬ…」
 グリムの我儘を綺麗に受け流す。入学してからしばらく経つが、最近はとしての仕事も板についてきたようだ。
「しかし、いっつも思うけどオンボロ寮と学校に距離がありすぎるんだゾ……」
 本来は帰寮の手段に鏡舎の鏡を使うのだが、生憎オンボロ寮に繋がっている鏡はない。その為毎日長距離の徒歩移動を余儀なくされた一行は、こうして粛々と帰路についているのであった。しかしその分世間話に花も咲き、話題はが購買で購入したものに移り変わる。
「今日サムさんのとこで何か買ってたよね?」
「ああ、これのこと?」
 話題を振られたは、鞄から小さな紙袋を取り出す。中から出てきたのは、薄く平べったい物体だ。
「なんだコレ。食いモンにしちゃ不味そうなんだぞ」
 美味しいものが出てくると期待していたグリムは、あからさまに不満そうな顔をする。
「これは……植物のタネ、ですか?」
「そう! 昼休みにサムさんのところで見つけたんだけどね、魔力を込めるとすぐに収穫できるカボチャの種らしいの。食費軽減にピッタリじゃない?」
 オンボロ寮の生活費は主に学園長の出資で賄っているが、あくまでそれは学園長の善意によるもの。そんな中で少しでも経費を減らすために、たちは日頃から頭を悩ませていた。その救世主として見つけたのが、この種らしい。
「魔力を込めた分だけ大きく育つ品種なの。だからグリムとと私で目一杯魔力を込めれば、その分たくさんカボチャが食べられるってわけ」
「ならオレ様、いーっぱい魔力を込めて世界一大きなカボチャを育ててやるんだぞ!」
「わたしもやります!」
「記録では、人が中に入れるくらいのカボチャが育ったこともあるらしいわ。だからみんながお腹いっぱいになるくらい大きいカボチャも夢じゃないわね」
 は両手を広げて大きな円を描く。その話が本当なら、当面の食事は安泰だろう。幸いカボチャは長期保存も利くし、アレンジも沢山ある。
「成る程。その種はオンボロ寮の救世主だね。自分は魔法が使えないから育てるのは難しいけれど……それ以外の環境整備とかは手伝うよ」
「もちろん! それに、には調理も手伝ってもらうつもりよ。みんなで美味しいカボチャが出来るよう頑張りましょ!」
「そうだね」
 四人はカボチャ料理のメニューを出し合いながら、寮へと続く長い階段を上る。
「でも、なんでカボチャの種なんて購買で売ってたんだろう?」
「多分ハロウィーン用じゃないかしら?」
「う、うわーーーっ! バケモノだァーーーーーッ!!!」
「!!」
 グリムの叫び声に遮られ、びくりとする三人。とうのグリムはオンボロ寮を凝視したまま固まってしまい、それ以上は一言も話さない。不思議に思って皆が視線をオンボロ寮に向けると──目の前に広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
「えっ!?」
「!?」
「なに、これ……」
 〝それ〟が視界に入った瞬間、もあっけに取られて目を見開く。そこには、巨大な真紅の龍の姿があった。
「なにぼーっと突っ立ってんだおまえら!さっさと逃げるんだゾッ!」
 いち早く冷静さを取り戻したグリムは、大慌てでみなの服を引っ張る。すると
「おお、帰ったか」
「おあーーっ!! 後ろにもバケモンがァーーー!!!」
 今度は背後から聞こえて来た声に飛び上がる。そこには逆さになって浮遊するリリアの姿があった。
「くふふ、いいリアクションじゃのう~!」
 リリアは器用に体制を整えると、事態が飲み込めずにいる四人に向き直る。
「思ったより早い帰宅じゃったのう」
「今日は部活がなくて……それより、なんでリリア先輩がオンボロ寮に居るんですか?」
「おい! 呑気に話してる場合じゃねぇんだゾ! あのでっけぇバケモンからとっとと逃げねぇと!」
 グリムが指さす方向には、今にも動きだしそうな龍の顔がある。大きな口を開けて牙を向け、まるでこちらを飲み込もうとしているようだ。だがリリアそれを一瞥すると、まるでいたずらが上手くいったかのような表情でこう答えた。
「落ち着け、あれは偽物。ただのハリボテじゃ」
「……へ? 偽物?」
 リリアの話によると、どうやらこれはディアソムニア寮生が作ったハリボテの龍らしい。よくよく見て見ると、庭には他にもディアソムニア寮生たちが集まって作業をしている。東洋風の真っ赤な門を設置したり、ランタンを魔法で浮かべて光らせたりと、各々一生懸命に何かの準備する様子を満足そうにし眺めるリリア。
「オイ! 勝手にオレ様の寮をいじくり回すな~!」
 だがグリムは露骨に嫌そうな顔をすると、不満げにこう主張した。なんせここはグリム達が日々を過ごしている大事な寮なのだ。そこに住まう者たちの許可なくこんな勝手なことをするのは、グリムでなくとも文句の一つを言いたくなる。
「勝手? 学園長は二つ返事で「いいですよ!」と言ってくれたぞ?」
「にゃんだとぉ!? 学園長のヤツ~~~~~!」
「学園長、また勝手に……」
 当然ながら、学園長からはそう言った話の打診は受けていない。に視線を向けるが、二人とも首を横に振った。やはり何も伝達されていないのだろう。
「でも、なぜみなさんはオンボロ寮をかざり付けているんですか?」
 模様替えの許可を得たことまではわかったが、だとすると何故わざわざディアソムニア寮がオンボロ寮を飾り付けているのだろうか。がそう問いかけると、リリアはなにを今更、といった顔で答えた。
「決まっておろう。もうすぐハロウィーンだからじゃよ!」
 そしての方を向き、意味深にウインクをする。
「マレウスが「ハロウィーンを過ごすならオンボロ寮がいい」と言って譲らんかったのじゃ。嬉しかろう?」
「あっ! なるほど」
はツノ太郎から、このこと聞いてたの?」
 にそう問うと、は先ほどと同様首を横に振った。
「ううん、何も聞いてないわ。でもやろうとしてることはわかるかも」
「やろうとしてること……?」
「ひっひっひっ。随分と派手にやってるねぇ~!」
 がその理由を聞こうとするより早く、オンボロ寮からお馴染みのゴースト三人が飛び出してくる。
「中に住んでいるみんなにちぃとも遠慮しない大胆な飾り付け!」
「ディアソムニアはタガの外れ方のレベルが違うな! 今年はすごいハロウィーンになりそうだ!」
「くふふ、あまりそのように褒めるでないわ!」
 ゴーストたちの口ぶりから察するに、このような飾り付けをすること自体は初めてではないらしい。ならばこれは毎年恒例のものなのだろう。
「ゴーストさんたちは、なぜハロウィーンにこんなことをしているのか知ってるんですか?」
 の問いかけに、やせ型のゴーストは当然と言った顔で頷く。
「もちろん!ハロウィーンを迎えるための準備に決まっとる」
「……なぁ。さっきから気になってたんだけど……何度も出てくる「はろうぃーん」ってなんなんだゾ?この騒ぎに関係あんのか?」
「えっ」
 ぽつりと呟かれたグリムの疑問に、リリアとゴーストの動きが止まる。
「グ、グリ坊……もしかしてハロウィーンを知らない、なんて言わないよな?」
「知らねーんだゾ」
「なにィッ!?」
 ゴーストとリリアのあまりの驚き様に、庭で作業をしていたディアソムニア寮生の視線が一斉にこちらを向く。リリアは彼らを作業に戻るよう伝えてこちらに向き直るが、その表情からは未だに驚きが抜け切れていない。
「まさかハロウィーンを知らない者がこの世界におったとは!」
「そんな有名なのか?そのハロウィーンってヤツは」
「もちろん! ハロウィーンはツイステッドワンダーランドで重要な行事の一つ。簡単に言うと……俺達のお祭りさ!!」
 ハロウィーンを知らないグリムに、ゴーストとリリアはざっくりとした概要を教える。その隣に居るも、なるほどといった顔で聞いていた。
「さっき話してたカボチャも、本来はハロウィーンに使うものなのよ。中をくりぬいてランタンにするの。もちろん食用にも使えるから、私はそれを主目的として買ったんだけどね」
 普通なら大きなカボチャの種なんて、学園の購買で気軽に買えない代物だ(どんなものでもIn Stock Now!なサムの事だから、希望すれば出してくれるだろうが)。それがあったということは、多くの生徒がランタンを自作する為に求めるものなのだろう。その時点で、この世界でのハロウィーンへの期待度の高さが伺える。
 しかしはそれ以外のことが気になるのか、俯いて何か考え込んでいた。
「もしかして、もハロウィーンを知らなかった?」
 の問いかけに、は顔をあげて否定する。
「ううん、地元でもかなり有名なイベントだったよ」
 が驚いたのはその内容だ。これまでいくつかの行事を体験してきたが、類似するものはあれどここまで綺麗に合致している行事はなかった。これは今までにないパターンだ。もしかしたら、異世界との繋がりに関わる手がかりを得られるかもしれない。そんな疑問を口にすると、リリアは意味深な表情を浮かべた。
「内容に差はあれど、人間も妖精もゴーストも……全ての種族にハロウィンの伝承は存在する。がいた異世界にハロウィーンが伝わっていても不思議ではないかもしれんのう」
「つまり、ハロウィーンはこちらの世界が起源で、自分の世界に伝わった可能性があると……?」
「可能性としてはゼロではないかもしれんが、今はそれ以上のことはわからんの」
「そうですか……」
 元の世界に戻る方法の手掛かりは、今のところ見つかっていない。色々調べてくれているという学園長は正直期待できない分、自分でどうにかせねばと思っていたぶん、この共通点は非常に有益な情報だ。しかしそれ以上のことはわからず、は眉間に皺を寄せる。
「だいじょうぶですよ。学園長が使えない分、わたしがさがします。今度ハロウィーンのしょせきを調べてみますね」
「ありがとう、
 たちが学業に専念している間、は暇な時間を図書館で過ごしていることが多い。その分代わりに調べてくれるという申し出に、は笑顔でお礼を返した。
「つまり、ハロウィーンってのは特別な日なんだろ? そんなすげー日ってんなら、なんだかオレ様もワクワクしてきたんだゾ!」
 まだ見ぬハロウィーンへの期待がそうさせるのか、グリムは飛び跳ねてワクワクした気持ちを表現する。
「そうじゃろう? そのうえナイトレイブンカレッジには〝特別な催し〟があるしのう」
「特別?」
「おや、知らなんだか? ……まあハロウィーンまであと一か月。明日にでも先生から説明があるじゃろ!」
 リリアはあっけらかんと笑うと、そう話を締めくくった。


「……ところで私たち、どこで寝ればいいのかしら?」
「寮の中って使えるのかな……」