とジャックが余興を披露しているのと同時刻。
「、お前はちゃんと食べているのか?」
「セベク?」
料理の片づけを手伝っていたに、セベクが声を掛ける。運んでいた食器を給仕のゴーストに任せると、はセベクに向き合った。
「わたしは平気です。みなさんがくるまえに食べたので。それよりセベクこそ、ちゃんと食べてますか?育ちざかりなんですから、きちんとやさいも食べないとダメですよ」
「言われなくとも、僕は十分食べた。マレウス様の従者たるもの、己の身体の管理くらい当然だ」
「リリアさんに言われた、みょうな食事ばかりではなく?それに、すききらいなく食べないと……」
「うっ……まるで様みたいな事を言うなお前は……当然その点に関しても抜かりない」
セベクは少々思い当たる節があるのか、言葉を詰まらせた。だがこのままではいつまでも本題に入れないと思ったのか、ぶんぶんと頭を振る。
「そうじゃなくて!僕はお前に礼を言いに来たんだ」
「お礼、ですか?」
「デュースにお菓子を持たせてくれたのはお前だろう?」
「はい、そうです。気づいてくれたんですね」
「ああ」
ゴーストにデュースが取り憑かれていたのを助けた後、同行していたメンバーと共に食べたお菓子。のメモと思しきものが一緒に入っていたそれは、捜索の際大いに役に立ってくれた。だからセベクは感謝の気持ちを伝える為に、わざわざを探していたのだ。
「あれのお陰で、空腹を紛らわす事が出来た。助かった」
「どういたしまして。お役に立ったならよかったです」
セベクの役に立てたことが嬉しいのか、はこそばゆそうに微笑む。先ほどの発言といいやたら大人びた姿が目に付くだが、素直に笑う様子は年相応の少女に見えた。
「それで、礼をさせて欲しいと思ったんだが……何か僕に出来ることはあるか?」
普段のだったら、気にしないで下さいとその礼を丁重に断っていただろう。だが今回は珍しく考え込み……ぽつりと、一つの願いを口にした。
「……それなら、おどってほしい人がいます」
「お前ではなく?」
「はい。よんでくるので待っててください」
「わかった」
セベクは疑問符を浮かべたが、願いを叶えると言った手前拒否も出来ないので素直に頷く。しかし自分が躍りたいならわかるが、それを他の誰かに譲るなんて。今日のはいつもと違う。そんなことを考えていると、セベクの前にいつの間にか一人の女性が立っていた。
「お前は誰だ……?」
怪訝そうに問いかけるセベク。だが女性は口元に人差し指をあてると、小首を傾げてこう答えた。
「内緒、です」
全身黒い服に身を包んだ女性は、頭から口元まで黒のレースのヴェールで覆われており、口以外の表情が見えない。頭部の装飾品と思しきものや、それを彩る花やリボンも全て黒。ドレスの裾はゆったりとしたドレープ状で、それはまるで漆黒のインクが滴り落ちているようにも見える。どこまでも豪華だが、不思議な質感を纏っている衣装だ。
「名前は?」
「言えません」
セベクはその後もいくつか問いかけるが、女性は首を振るばかりで、具体的な答えは一切返ってこない。そんな様子にやきもきしたのか、セベクは声を荒げる。
「名はおろか、顔も見せないとは無礼だぞ!!」
「非礼をお許しくださいな。でももし顔を見せたりしたら、貴方はきっと逃げてしまうから」
「逃げる?ハッ、どんな相手だろうと僕は真っ向から対峙するぞ!」
「あら頼もしい。でも、殿方に見せるにはどうしても……恥ずかしくて。だから、どうかこのままで」
女性はセベクの手を両手で握ると、祈るような仕草をする。その姿に折れたのか、はたまた恥ずかしい理由は顔に傷があるからとでも解釈したのか。それ以上セベクは追及しなかった。
「……わかった、このままで構わん」
「ありがとうございます。では一曲、お相手して頂いても?」
「の頼みだ、お前の望みを叶えよう」
セベクは両足を揃えると、軽く会釈をして手を差し伸べる。
「ではご婦人、僕と踊って頂けますか?」
「はい、喜んで」
女性はセベクの手を取ると、優雅にお辞儀を返した。別所に人だかりが出来ているお陰で、ホールは人が少なく閑散としている。これなら心置きなく踊る事が出来るだろう。
「さすがマレウス様の従者、ですね。お上手ですよ」
「当然だ」
いつもは他者に対する尊大な態度が目に付きがちなセベクだが、王族の従者だと公言しているだけあり基礎的な知識は持っているようだ。最初は女性の方がリードする形で踊っていたが、セベクはあっという間にコツを掴む。
「ふふ、貴方と踊れるなんて夢のよう。生きていると良い事もあるのね」
「……生きていると?」
確かこの場に居る生者は、ナイトレイブンカレッジの生徒のみ。ゴーストは皆死人だし、学園関係者は特定の者を除いて男性しかいない。女性の言葉に引っ掛かりを覚えたセベクはその言葉の意味を聞き返そうとすると──その前に、女性は手を放してしまった。
「それ以上はいけない。駄目よ。だからもう、この夢のような時間はお終いね。ありがとう優しい貴方。もし次があったとしたら……今度は、ありのままの姿で踊るから。約束よ」
「お、おい待て!それはどういう……!」
そうしてあっという間に距離を取ると、女性はゴーストの中に紛れてしまう。セベクは慌てて追いかけようとするが、一瞬で見失ってしまった。突然現れたと思ったら、消えるのも唐突。なんとも不思議な女性だ。
「一体何だったんだ……?」
それこそ夢を見ているかのような出来事に、セベクは頭を悩ませる。すると、今度はが戻ってきた。
「どうでしたか?」
「ああ、お前か。さっきの者がお前の踊って欲しいと言っていた相手か?」
「はい。いとしい相手に先立たれた亡霊だそうですよ。かわいそうなので代わってあげました」
「亡霊…?確か、先ほど生きていると言っていたはずだが……」
「聞きまちがいじゃないですか?」
「うーん……」
正直腑に落ちない点が多いが、これ以上を問い詰めたところで真相はわからないに違いない。セベクはそれ以上の追及を諦めた。
「それよりも、お前の願いは本当にあれでよかったのか?」
「何がですか?」
きょとんとするに、セベクはため息をつく。どうやら本当に分かっていないらしい。
「踊ると言うのはあくまであの女の願いで、お前の願いではないだろう」
「でも、おねがいは一つでしょう?これでお終いでいいです」
にしては珍しく素直に願いを言ったと思ったが、蓋を開けてみればその願いは自らのものではなのだ。ある意味らしいとは言えるが……だがそれでは、の願いを叶えたとは言えないだろう。
「それでは僕の気が済まないんだ。だから、お前とも踊ってやる」
「っ!」
の返事を聞かずに、セベクはもう一度ホールの中央に繰り出す。そして両手を取ると、先ほどと同じようにステップを踏み始めた。だが今回は身長差が大きい分、を気遣って動作が控えめになっている。
「踊り辛くはないか?」
「はい、平気です。おどりが上手くなりましたね」
いつの間にか余興は終わったようで、少し離れたところにはシルバーとの姿も見える。それに気づいたセベクは、自信満々に胸を張った。
「フッ、従者としてではなく、ダンスもシルバーより上だという事を、この場に居る者に知らしめてやろう!」
「セベクはあいかわらずですね……でも、今はわたしのためにおどってくれるんでしょう?それなら、わたしだけ見てください」
「も、もちろんそれは分かっている」
の言葉にうろたえるセベク。こうやって聞いているだけなら、どちらが年上なのかわからない。
「……おねがい二つも聞いてくれて、ありがとうござます」
「っ!……ああ」
感謝を伝えるの表情が、一瞬だけ泣きそうな顔に見えた。それが何故だか先ほどの女性の姿に重なって、セベクはなんとも言えない気持ちになる。だがそれを今伝えたら、次はまでこの場から去って行ってしまう気がして。今度は気持ちを胸に秘めたまま、セベクは黙ってワルツの音色に身を任せた。