ジャックに協力してもらった余興が成功を収めた後、は今度こそ休憩しようと皿を手に取った。先ほど食べ損ねてしまった分、何かしっかりとお腹にたまるものを食べよう。そう思いながら料理を眺めていると、そこにまたシルバーがやってきた。両手には、なにかドリンクの入ったコップを持っている。
「シルバー?また何か、お見せするものでも?」
「いや違う。先ほどは休憩中に邪魔して悪かったな」
シルバーはの隣に並ぶと、ドリンクの片方をに差し出す。
「給仕のゴーストから貰ってきた。飲んでくれ」
「ありがとうございます」
はシルバーからドリンクを受け取ると、早速それで喉を潤す。エルダーフラワーを使ったスパークリングドリンクは、一口含めば疲れた体に炭酸が染み渡った。
「美味しいですね」
「口に合って良かった」
それから二人で相談しながら料理を選び、邪魔にならない場所へ移動してから食事をつまむ。
「……やっぱりお前は強いな。あの時から変わらない」
少しして、ぽつりと呟くシルバー。
「さっきの戦いでも、全く手も足も出なかったし……やはり俺には、まだまだ鍛錬が足りないらしい」
本人は全盛期に劣ると言っていたし、そうでなくとも色々と制限を受けている身体だ。実際授業ではなかなか調子が出ない様子を、シルバーは間近で見ている。でも今日の戦いや先ほどの余興は、そんなことを一瞬で払拭してしまえるほどに見事だった。
「そんなことないですよ。余興はあくまで余興ですし……その前の戦いだって、叔父様と一緒だから上手くいった戦法です」
なんたって、リリアは戦争時に前線を任されていた茨の谷屈指の近衛兵なのだ。そんな人が一緒に戦うのだから、どんな素人だって一流の戦士に見えるだろう。だがシルバーはそう受け取らなかったようで、視線をドリンクに向けたまま言葉を続ける。
「俺がもし親父殿と共闘したところで、あそこまで見事な連携は取れなかっただろう。あれは、お前の実力があってのものだ」
「シルバー……」
「………」
しばしの静寂。先ほどまでかかっていた軽快な演奏は、いつのまにか穏やかなワルツ調に変わっていた。ゆったりとした時間の中で、この二人の間には重い空気が流れる。
「……シルバー、覚えていますか?貴方が話していた、骨董品店での話の続きを」
「続き……?」
の言葉に、今度はシルバーが首を傾げる。
「あの時、私は客に対して追撃しようとしました。でもそれを、貴方が止めたんです」
呪いで暴走した客の攻撃を受け止めた後。は客から更なる攻撃を受けないよう、茨の魔法で拘束しようとした。だがそれを、シルバーが止めたのだ。もうこの客の呪いは解けている、だからそんなことをする必要は無いと。
「私は貴方を護ろうとするばかり、相手の状態を見誤りました。貴方がいなければ、相手に怪我をさせていたかもしれない。戦いの中でも冷静に状況を判断する。それもまた、強さの一つとは言えませんか?」
そしてそれは、今回の戦いの中でも十分に発揮されていた。鏡を探していたゴーストたちの話では、シルバーたちは必要以上の戦闘を避けていたのだと言う。先ほどの戦いでも混戦の中フロイドを救ったり、リリア達の違和感に真っ先に気づくなど冷静な面を見せていた。どんな状況下でも正しい判断が出来ることは、戦う者にとってとても重要な事だろう。
「貴方は貴方が思っている以上に、成長していますよ。それは叔父様だって十分理解してくださっていると思います。だから気を落とさないでください。それに……」
は立ち上がると、シルバーの手を取る。
「これはマレウス様達が用意したハロウィーンパーティーですよ?楽しまなければ損です」
「……」
「実はさっき、マレウス様と叔父様の三人で踊っているところを見まして。一緒に踊りたかったんです」
「それならそう言ってくれれば良かったのに」
「だから今言いました。次は私に貴方を独占させてください」
「ああ、もちろんだ」
シルバーはの誘いを受けると、立ち上がって隣に並んだ。そのまま二人はホールの中央に向かうと、音楽に合わせてステップを踏む。
「俺も、お前と一緒に過ごしたいと思っていた」
「ふふ、そう言って頂けると嬉しいです」
先ほどまで重々しく聞こえてきたはずのワルツが、今度は優しく響く。その音色に合わせるように、シルバーはに語り掛けた。
「さっきケイト先輩に、今を大切にすべきだと教わったんだ」
リリアたちと対峙した時に感じた不安を吐露した際、ケイトに教えられた言葉。いつか来るかもしれない未来に不安を抱いてふさぎ込むよりも、今を大切にすべきだという教えは、シルバーの身に良い変化をもたらしたようだ。
そしてその教えを早速実践すべく、シルバーはマレウス、リリアと踊っていたらしい。言われてみれば、シルバーたちは普段よりも楽しそうに見えた。それはそんな考えがあったからなのだろう。
「それは良い教えですね。私も今、この瞬間がとても大事です」
は慈しむような眼差しを向けると、シルバーの頬に手を添える。
「いつか来る別れを悲しむことは、その時にすればいい……だから私は、貴方と過ごせる今を選んだのですから」
「……?」
の声が小さすぎて、それはシルバーの耳に届く前にワルツの音にかき消されてしまう。だがシルバーがそれを聞き返す前に、は明るく微笑んだ。
「さあ、この夜を楽しみましょう。ね?」
「……ああ、そうだな」
心配事なと全て忘れて、心の底から楽しんで。大切な相手と過ごす今を胸に刻むように、二人はワルツに身を委ねた。