ひとしきり踊った後、はホールの隅に移動して休憩を取る。今日はあまりに多くの事が起こりすぎて、本当に忙しかった。
「ふう……」
丁度小腹も空いたところだし、ゴーストが用意してくれた宮廷料理でもなにかつまもう。そう考えてテーブルの上に並んだ料理を眺めていると、ジャミルとシルバーの姿が視界に入った。
「おや、珍しい組み合わせですね」
普段はカリムを介してそこそこ接点のある二人だが……もしかして、今日の脱出ゲームを通して仲良くなったのだろうか。確かゴーストの世界に入り込んだ際、最初に組んだのがあの二人だったはずだ。するとの視線に気づいたのか、シルバーとジャミルはこちらに向かって歩いてきた。
「、丁度いいところに」
先に声を掛けてきたのはジャミルの方だ。
「実は一緒に行動している時、シルバーに昔話を聞いたんだ。それが本当か確かめたくてな」
「昔話、ですか?」
「ああ。君は以前、大剣を扇子で防いだことがあるのだとシルバーが」
「……?」
未だに話が読めず不思議そうな顔をに、シルバーが補足する。
「昔俺と一緒に街へ買い物にでた時、骨董品店で客が襲ってきたことがあったろう?その時お前が助けてくれた話をしたんだ」
「……ああ、あの時の!確かそんな事もありましたね」
その昔、シルバーとが一緒に茨の谷の街中へと赴いた時のこと。骨董品店の前を通った際、商品の剣にかかっていた呪いの影響を受けてしまった不運な客がおり、その客が切りかかってきたのだという。その際はシルバーを守る為、咄嗟に店先に置いてあった扇子でそれを受け止め応戦した。その時のことをジャミルはシルバーから聞いたのだ。
「今日の戦いで、君の秘めた身体能力に関しては理解出来た。しかし、さすがに大剣を防ぐのは盛りすぎだと思ってな。いや、別にシルバーを疑ってるわけではないんだが……」
シルバーの居眠り癖を考えると、寝ぼけていた可能性も大いにある。まあそれが作り話にしろ実話にしろ、結局はどちらでもいいのだが……普段あまり身の上話をしないこの二人の話題なせいか、ジャミルはつい追及してみたくなってしまったのだった。
そんなジャミルに、はしばし思案する表情を見せた後──予想外の提案をしてきた。
「それなら、実際に見てみますか?」
「……は?」
「普段なら聞き流すところですが、今日はマレウス様たちが非常にご迷惑をおかけしましたし……余興ついでにお見せしますよ。まあ今は当時ほど力がないので、本当に防ぐくらいしかできませんが。それでいいなら」
「あ、ああ。それで充分だが……」
「なら少々お待ちを。ホールの一角を使わせてもらえるよう、話をつけてきます。相手は……ハウルさん、少しお時間頂けますか?」
「ん?先輩?」
隣のテーブルでカボチャの馬車シチューを食べていたジャックは、スプーンを動かす手を止めてこちらに振り向く。
「少し余興に付き合って頂きたいんです。確か貴方の仮装は海賊のゴースト。付属品に大きなサーベルをお持ちでしたよね?」
「はい。レプリカですけど、多少振り回しても大丈夫なくらいの強度はあります」
が手短に余興の内容を伝えると、戦う要素に興味を持ったのかジャックは快く引き受けてくれた。それからあっという間にホールの一部を貸し切ると、邪魔にならないよう魔法で料理や机を動かして広めのスペースを作る。こうしてとジャックが並び立つ頃には、何が始まるのだろうと他の者たちも集まり、ちょっとした騒ぎになっていた。
「俺はここまでしてもらうつもりはなかったんだが……」
話が大きくなってしまったことに罪悪感を感じたのか、ジャミルは複雑そうな顔を浮かべている。だがとジャックは気にしていないようで、事前に決めていた場所に立ち戦闘準備を整えた。
「ではハウルさん、どこからでもどうぞ。先ほどの戦闘同様、本気で来てくださっても構いませんよ?」
は魔法で扇子を召喚すると、開いて口元を隠す動作をする。着用している衣服が龍のゴーストの東洋風なデザインなことも相まって、その姿はよく似合っていた。
対するジャックはサーベルを構えると、に狙いを定める。こちらも海賊の衣装が様になっており、それだけで十分絵になる構図だ。
「ウッス!先輩と戦える機会なんて滅多にないんで、本気で行きます!」
ジャックは身を低くしてタイミングを計ると、一気にに突撃する。狼の獣人としての脚力に加え、普段から陸上部で鍛えている事もありその瞬発力はなかなかのものだ。一瞬で距離を詰めると、サーベルでに切りかかった。
「オラァ!!」
咄嗟の事で動けないのか、はその場に立ったままだ。この場にいる者の大半が、サーベルに弾き飛ばされるの姿を想像したが──事態は、全く別の展開を見せた。
「ハッ!」
はわざとサーベルを根元まで扇面に突き立てさせると、扇子を閉じてサーベルを巻き込む。そのままジャックの勢いをいなすと、流れるようにサーベルを地面に突き立てた。
「っ?!」
何が起こったのかわからず、ジャックは膝をついたまま固まる。それは周囲の者も同様で、今目の前で起こった事が信じられないようだった。
「いかがでしょうか?」
が振り返ると、ジャミルにお辞儀をしてみせる。そこでようやく、皆は決着がついたのだと理解した。
「……あ、ああ。さすがだな。まさかここまで見事なものだとは。想像以上だったよ」
呆気にとられるジャミル。シルバーの話は彼の夢ではなく、本当に事実だったようだ。次いで、周囲からは拍手と歓声が湧き起こる。
「まさか先輩がこんなに強かっただなんて、ビックリしました。ありがとうございます」
ジャックはゆっくりと立ち上がると、に手を伸ばした。はその意図を理解すると、同じように手を重ねて握手を交わす。
「こちらこそ、協力して下さり感謝します。ハウルさん」
互いに健闘を称えあう二人に、周囲は更なる拍手を送る。
「どうやら余興は上手くいったようですね」
一仕事終えたは、ほっと一息をついた。