ナイトレイブンカレッジにて、ハロウィーンの夜も更けた頃。マレウスはオンボロ寮の前に佇み、静かにその景観を眺めていた。
「この装飾も、今日で見納めか……」
 遠くから聞こえてくるのは、別れを惜しみながら帰路につくゲストと、それに受け答えする実行委員会の声。閉門の時間が近いのだろう。
「マレウスまだここに居たの?もうすぐハロウィーンが終わっちゃうわよ?」
「……か」
 マレウスを探しにきたは、マレウスの隣に並んで同じようにオンボロ寮を眺める。
「……本当に、楽しかったわね」
「ああ」
 煌々とランタンに照らされた、龍の装飾のオンボロ寮。昼間の賑やかさとは打って変わり、静けさに包まれた姿は、初めて一緒に眺めた景色よりも幻想的で美しい。それを目に焼き付けるように、しばらく無言で見つめていると……突然、悲痛な声が耳に飛び込んできた。
「うわ~~~ん!間に合わなかった~~!!」
「ん?声が聞こえるな」
「ゲストはもう外に出る時間なのに……いったい誰かしら?」
 声のする方に二人が向かうと、オンボロ寮の陰でゴーストが泣いているのが目に入った。
「見慣れない格好だな。このあたりのゴーストではないな?」
「もしかして迷子?」
「……こんばんは、ナイトレイブンカレッジの生徒さん。わたしたちははるか遠くの地より参りました」
「遠路はるばるやってきた目的は……ただ一つ!!」
「ナイトレイブンカレッジの、ハロウィーン!!」
 声をそろえて目的を答えるゴースト。だがマレウスは、容赦なく事実を告げた。
「それなら先ほど終わったぞ。一歩遅かったな」
「せっかく来てくれたのにごめんなさい。もう閉園だから、ゲストは外に出る時間なの」
 この様子だと、とてもハロウィーンを楽しみにしていたのだろう。は申し訳なさそうに謝罪を述べた。
「このように楽しいハロウィーンは、僕も初めて経験した。人間の世界の移り変わりは早い。今年のように盛り上がるハロウィーンはしばらく行われないだろう」
だがマレウスはそれどころか、ゴーストに正論で追い打ちをかける。その言葉に、ゴーストはついに泣き出してしまった。
「ううっ、あと少し早く、『まじかめ』とやらの評判を知っていれば……!」
 ゴーストの話によると、通りすがりの人間がやたら話題にしていたハロウィーンの内容が気になりスマートフォンを覗き見し、そこからマジカメを通してゴーストと人間が一緒に盛り上がる楽しそうな姿を目の当たりにしたらしい。それを羨ましく思った彼らは、わざわざ遠くからこの場に足を運んだそうだ。しかし気づくのが遅かったせいもありハロウィーンに間に合わず、ここで途方に暮れていたのだという。
「確かに今年のハロウィーンで、ゴーストたちは大変にもてはやされていた。だがそもそもゴーストはハロウィーンの主役だ。故郷でも十分楽しく過ごせるだろう?」
「この学園じゃなくたって、楽しい思い出は沢山作れると思うわ。だからそんなに泣かないで」
 はさめざめと泣き腫らすゴーストにハンカチを手渡す。ゴーストはそれを素直に受け取ったが、その顔はまたすぐに涙で濡れてしまう。
「それが……わたくしたちは忘れ去られたゴーストなのです……」
「帰る故郷も無く、気づいてくれる人も無く、ただただ漂うのみ。ハロウィーンパーティーなど、呼ばれたこともない」
「故郷がなくて、気づいてもらえないゴースト……?」
「パーティーに……呼ばれたことがない、だと……?」
 ゴーストの言葉に、目を見開くとマレウス。互いに思うところがあったのか、その言葉は二人の胸に深く突き刺さった。
「楽しそうなナイトレイブンカレッジのゴーストが羨ましい……」
「わたくしたちも、生きた人たちと一緒にパーティーを楽しみたかったでする~~~~!!!」
「……ふむ」
 ゴーストの心の叫びを聞き、マレウスはしばし思案する。そして、こう切り出した。
「僕は今年のハロウィーンで気づいたことがある。パーティーに招待されないのなら……自分たちで、パーティーを主催すればいい」
「えっ?」
 マレウスの発言に、ゴースト共に驚いたのはだ。確かに理論は分かるが、いったいどうしようと言うのか。
「ナイトレイブンカレッジの者たちは皆、ハロウィーンが大好きだ。今からでもハロウィーンパーティーに招待すれば、きっと大喜びするだろう」
「それってとっても素敵なアイデア!……でもマレウス、今から急いで用意したとしても、日付が変わっちゃうわよ?」
「そうよ、今日中に間に合いっこないわ」
 あと二時間もすれば、日付が変わって完全にハロウィーンは終わる。それでは意味がないのではないだろうか。だがマレウスは二人の問いかけに首を振ると、自信満々な表情でこう言った。
「ならば、ハロウィーンを終わらせなければいいだけのこと。元から存在するこの学園の強靭な結界と、たくさんのゴーストの力を集めれば不可能ではない。それでも足りぬ分は僕が力を貸してやろう。皆でハロウィーンパーティーを楽しむためなら惜しくはない」
 マレウスの提案に、先ほどまで意気消沈していたゴーストたちは顔を輝かせる。もしそれが本当に可能なのだとしたら、夢のような話である。
「それなら、一旦リリア先輩たちに相談しましょ。さすがに私たちだけで進めていい話じゃないもの」
 なんたって学園全体を巻き込む計画を立てているのだ。二人で実行していい規模のものではない。
「学園長にも許可をもらう必要があるだろうし……いやでも、絶対怒られるわよね……そしたらいっそ、黙ってた方が良いのかしら……?」
「そこはおいおい決めればいいだろう。まずは時間をどうにかしなければ」
 マレウスとは、ゴーストたちと計画を組み立てていく。こうして、学園全体を巻き込んだハロウィーンが始まったのであった。