重々しい扉が開くと、ホールと思しき場所へ出た。部屋の広さはナイトレイブンカレッジの体育館程だろうか。飾られている調度品はどれも上品なものばかりで、この場所がもっと明るければきっと荘厳な様子であった事が察せられる。
だが先に入ったであろうと、そして連れ去られてしまった生徒の姿は見当たらない。もっと先の場所に閉じ込められているのだろうか。
「ぬわーーーっはっは!遅かったな!こわっぱども!」
「!?だれだっ!」
ホールに反響する高らかな笑い声に、一同は周囲を警戒する。声の主は暗がりに紛れながらあちこちを飛び回ったあと、皆の前へと降り立った。窓から差し込む月明かりが、そのシルエットを浮かび上がらせると……そこには、リリアが立っていた。
「かように矮小な存在でありながら、我が主様をお待たせするとは……片腹痛いわッ!喝!!」
「リ、リリア様!」
「ああ……ああ!よくぞご無事で……!」
シルバーは張りつめていた警戒を解くと、リリアに駆けより手を伸ばす。だがその手はリリアに触れる前に、リリア本人の手によって叩き落とされてしまった。
「!?なっ……おっ、リリア先輩!なぜ俺を拒むのですか!?」
思いもしなかった拒絶の対応に、シルバーは愕然とした顔でリリアを見つめる。だがリリアはそれを全く意に介さず、仰々しい物言いで話し続ける。
「ええい、ええい、控えおろーーーーーーーう!主様の御前であるぞ!図が高い!」
「主様?……まさか」
リリアの言葉に、シルバーを含めた全員の頭の中に最悪の想像が過った。
「ふふふ……生きた人間たちよ……」
聞き覚えのある声と共に、パイプオルガンの音色が響く。一同がホールの中央の舞台に視線を向けると──演奏をしていたのは、最悪の想像通りの相手だった。
「あまりにお前たちが待たせるものだから……もう前奏曲は終わってしまったぞ?」
「マレウス!!」
「若様~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
皆は驚愕の表情を向けると、マレウスはそれを実に楽しそうにそれを眺めた。
「しかし……ゴーストに捕らわれずここへたどり着いたことは称賛に値するな。褒美をとらす。しばし僕の演奏を楽しむがいい」
言い終わるや否や、マレウスはまたパイプオルガンに向き合い演奏を始めてしまう。その音色は見事だが、それ以上の衝撃で一同は呆気にとられたままだ。
「そんな厨二心をくすぐる登場のしかた、凡人には許されませんぞ!」
「さすがマレウス・ドラコニアさん……恰好の付け方の風格が違う……!」
しかしイデアとオルトの感想は違ったようで、別の解釈からやたら感動の意を示した。
そうこうしているうちに演奏は終わり、マレウスはまた一同に向き合う。
「みな、よくぞ僕の招待に応じてくれた。歓迎しよう」
「僕の招待?ということは、ゴーストたちの言っていた“あのお方”とはもしや……」
「無論、僕のことである」
シルバーの問いに、悠然とした態度で頷くマレウス。
「ではキミが、終わらないハロウィーンの黒幕……ということか」
一番考えたくない事が起こってしまった事実に、ルークは眉間に皺を寄せる。当然この事態を想定していなかったわけではないが……これはその中でも、最悪のパターンだ。
「いったいなぜこんなことを!?」
説明を求めるリドル。その言葉に、マレウスは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
「……お前たちは信じられまい。この闇に支配された場所は、かつて『輝きの間』と呼ばれていた。だが今や栄光の面影はなく、ただこのまま忘れ去られるのみ……」
その昔、このホールはそれは多くのゴーストが集まる社交場のようなところだったと言う。しかし、ある事件をきっかけに、ゴーストは散り散りになりかつての栄華は消え失せた。
「そんなことは断じて許せぬ!今こそ力を取り戻し……至極のハロウィーンパーティーを迎えるのだ!!」
高らか宣言と共に雷鳴が轟く。威厳のある姿はマレウスそのものだが、言葉の内容は独り善がりで身勝手でしかない。やはりマレウスもリリアも、ゴーストに取り憑かれてしまっているのだろう。
「ゴーストよ、聞いてくれ!その二人を開放してほしい。俺にとっては、二人とも命よりも大切な人なんだ」
「そうだ!!聞けぬというならば、代わりにこの僕の体を差し出してもいい!!!」
敬愛する二人を何とか救出できないかと、シルバーとセベクはマレウス達に憑依しているゴーストに取引を持ち掛ける。だがそれは、リリアの高笑いによって一蹴されてしまう。
「ククク……ぬはははは!片腹痛いわ!何故せっかく手に入れた強い体を手放さなければならぬ。それにお主らの数では、人数がいささか足りないのではないのか?」
「!?」
リリアが言い終わると同時にパイプオルガンの後ろから姿を現したのは、先ほど消えてしまったと──そして、未だに行方知れずのだった。
「あなたたち二人じゃ、助ける人数には足りないものねぇ?それとも、敬愛する“若様”だけを助けるつもりかしら?さっきは「様!」だなんて叫んでくれたのに、とっても冷たいのね」
「万が一主の肉体を奪われたところで、オレの仕事は変わらねーよ。『輝きの間』の光を取り戻す、それだけだ。まぁ、お前らみたいな雑魚に負けるわけないけどな」
「そうだニャ!僕たち四天王は負けないんだニャ!」
「はぁああああああ!????」
高飛車なに、荒っぽい、そして何故か猫のような仕草のの登場に、一同は混乱の渦に包まれる。達の言動から察するに、この三人もまたゴーストに乗っ取られているのは明らかだが……これは一体何の悪夢なのだろうか。
「ししししし、四天王!?????」
だがまたもやイデアにとっては別の部分が刺さったようで、こんな状況にも関わらず興奮した様子で語り始めた。
「達人然とした腹心にセクシー枠、クール系オレ様に猫語の僕っ子が四天王!?そしてマレウス氏を乗っ取ってても違和感ない悪の支配者……うわっ、完璧じゃん敵ながらあっぱれな人選ですな~こんな場所じゃなければ拙者じっくり語り合いたいところですぞ!そもそも四天王っていう表現がまた厨二心に刺さると言うか」
「おいカイワレ大根、いい加減その口閉じろ」
「ヒッ!!」
レオナが睨みを利かせると、イデアは慌ててオルトの後ろに隠れた。さすがにこのまま喋らせていると、いつまで経っても話が進まない。
「でもさあ、四天王っつっても、俺らの方が人数多いし?勝ち目なくね?」
明らかなフロイドの煽りにも、彼らは動じる事なく受けこたえる。
「ぬふふ、お主ら忘れておらぬか?乗っ取られた生徒たちは、我々だけではないのだぞ!」
リリアが手をかざすと、隠れていたのか暗がりの中から行方不明の生徒が現れた。その数はどんどん増えていき、最終的に皆を取り囲んでしまう。
「どうしても私たちと遊んで欲しいなら、その子達を倒してからよ」
「いくら雑魚とはいえ、この人数ならそう簡単には倒せねぇだろ」
「もちろん僕たちだって邪魔するニャ!主様には指一本触れさせニャい!」
「それでもお前たちは、僕らに歯向かうと言うのか?」
周囲を取り囲む生徒は皆虚ろな目をしており、不気味に微笑む。どうやら彼らもまた、ゴーストに乗っ取られているらしい。まさに絶体絶命の状況に、リドルは歯噛みする。
「マレウス先輩たちだけでも手一杯だというのに、さらわれた全ての生徒を相手にするの数が多すぎる。これでは本命にたどり着く前に力尽きてしまうよ。いったいどうすれば……」
「リドルくん、大丈夫。今日はたくさん迷惑かけちゃったから、これぐらいはオレたちに任せて」
ケイトはリドルにウインクをすると、マジカルペンを構える。
「そうよリドル。アタシも、コイツらにお礼してやらなきゃ気がすまないと思ってたところよ。それにさっき、私たちはに魔法薬をもらったでしょう?これくらいの人数わけないわ」
「身の程をわきまえない愚か者どもに、寮長の力を思い知らせてやりますよ」
ヴィルとアズールも互いに背を向けると、にじり寄る寮生のゴーストに牽制の魔法を放つ。
イデア、エペル、ジャックもそれぞれ寮生に向き合うと、『ハロウィーンを終わらせ隊』の為に進路を切り開いた。
「みんな……ありがとう。私たちの仲間は、なんて勇敢で、頼もしいんだ!」
学園長がこの光景をみたら、きっと感極まって涙を流していたに違いない。それぞれが目的の為に協力して活路を開く……今この場に居る者の心は、一つにまとまっていた。
「これまで人間に憑り憑いていたゴーストたちは、みな体の持ち主の魔力を使っていた。強大な力を持つマレウスくんたちに手を組まれては、我々に勝機はない……それぞれ引き離し、元に戻すんだ!」
ルークの作戦を聞いたマレウス達は不敵に微笑む。まるでそんな事など出来るのか?と挑発するような表情だ。
「ゴーストを追い払うためとはいえ、刃を向けること、お許しください……いくぞ!絶対に、皆を戻す!」
シルバーの掛け声と共に、『ハロウィーンを終わらせ隊』は一斉に駆けだした。