奇妙な階段のエリアで学園長との通信を終えたルーク、トレイ、セベク、そして救出されたデュースの一行は、今後の作戦を立てながら休息をとっていた。
「デュース、そろそろ落ち着いたか?」
「もう大丈夫です!今度ゴーストが襲ってきたときは、返り討ちにしてやります!!」
憑依されて泣かされた事がよっぽどこたえたのか、デュースは拳を手のひらに打ち付けて答えた。
「やる気満々なのは良いことだけれど、冷静でいることも必要だよ、ムシュー・スペード。そうすれば──このような違和感にも、すぐに気づくことができる」
ルークはデュースの腰についている、小さなバスケットを指差す。同じ衣装を着ているはずのトレイにはないそれは、外れないよう丁寧にリボンで結ばれていた。
「なっ!いつの間に!」
「先ほどの戦闘の時からずっと付いていたよ。気づいていなかったのかい?」
「全然見てなかったな……」
一緒に戦っていたはずのトレイやセベクでも気づかなかったそれをつぶさに見つけるとは、さすがルークの洞察力といったところだろう。
「元々はこんな装飾ないし、寝る前に脱いだ時も持ってませんでした。だとすると……ゴーストが、わざと括りつけたとか……?」
「ならこれは捨てた方が良いんじゃないか?」
不審なバスケットなど持っていてもろくなことが無いだろう。デュースとトレイは慌ててそれを外そうとした。だが。
「待て、それには見覚えがある」
セベクは二人を制止し、バスケットを丁寧に取り外す。子供用の小さいバスケットには、落書きのようなデザインが書き加えられている。それを確認したセベクは、確信をもって答えた。
「これはの持っていたバスケットだ」
「の?」
「ああ」
ハロウィーンウィークの際、はこのバスケットを持ってスタンプラリーを回っていた。そしてすれ違う人々に声を掛けては、バスケットや衣装に絵を加えてもらっていのだ。世界に一つしかない仮装が出来たと喜んでいた顔を、セベクはよく覚えている。これはその時に持ち歩いていたものだろう。
「もしこれがのものなら、あいつが何か入れている可能性がある」
セベクはバスケットをデュースから外すと、中を確認する。するとその中には予想通り、お菓子の他に小さなメモが入っていた。メモには小さな文字で
『おなかがすいているでしょうから、食べていいです』
と書かれている。筆跡からして、が書いたものに間違いないだろう。
「が入れたものだという確信は持てたが、彼女も行方不明になっているんだろ?どうしてこんな事が出来たんだ?」
トレイの疑問に、デュースは必死に頭を巡らせる。
「俺、眠らされていた時に別の生徒の声を聞いた気がします。もしかしたら、連れ去られた生徒は一か所に集められていたのかも……?」
「だとしたら、そこでが機転を利かせてこれを託してくれたのかもしれないな」
「トレヴィアン!愛の力だね!」
まさかも都合よくセベクの元へたどり着くとは思っていなかっただろう。そこはルークの言った通り、愛の力によるものかもしれない。
一応バスケットや中身のお菓子に何か魔法がかけられていないかどうかも確認したが、何の変哲もないただのお菓子だった。これなら食べても問題ないだろう。時計は変わらず11時59分を示したままだが、実際にはもう六時間以上経過している。ゴーストの世界に潜入してからだってだいぶ時間は経っているし、この先どれくらいの時間がかかるかもわからない。ここで栄養補給が出来るのはとても有難い事と言えよう。
「さっきの戦いで腹も減ったことだし、遠慮なくもらう事にしよう。後でにお礼しないとな、セベク」
「当然だ」
トレイに言われるまでもない、と少々セベクは憤慨しているが、その表情の端には笑顔が見れる。なんだかんだ言いつつも、の気遣いが嬉しかったのだろう。
「これで体力を回復させて、必ずマレウス様達を見つけてみせる!!」
セベクは改めて誓うと、贈り物のお菓子を頬張った。
「ムシュー・クロコダイル!実に良い食べっぷりだ!きっとダム・
「おいルーク……その例えは、この世界では洒落にならないぞ」
ウィットにとんだ冗談なのか、ある意味で事実だからそう述べたのか。ルークの発言に、トレイは苦笑を浮かべた。
「それより、途中でお菓子を食べるなら歯磨きセットを持ってくるべきだったな」
「んぐっ?!」
今度はトレイの発言に、デュースが顔をしかめた。丁度お菓子を飲み込む途中だったせいもあり、むせてしまったのかごほごほと咳をしている。まさかここに来てまで歯の清掃について考えるとは……恐るべし、トレイの歯磨き愛。
「歯磨き?どうして今それが話題にあがるんだ?」
だがトレイの言わんとしていることが分からなかったセベクは、素直にその発言に耳を傾けてしまう。
「お菓子を食べたら歯を磨く、基本だろう?」
「理解は出来るが、今は緊急事態だぞ。そんなことまで構っている暇はない」
「緊急事態だからこそだよ。歯は生きていく為にとても重要だ。もしこの捜索が長期に渡れば、身の回りの衛生にも気を遣う必要があるだろ?」
「それは一理あるな」
トレイの発言に納得したのか、セベクはうんうんと頷く。だがそれはほんの触りの、トレイの歯への愛情の一端に過ぎない。
「それに歯は身体の中でも特に重要な部分で……」
「セベク!食べ終わったし、そろそろ先に行くぞ!トレイ先輩とルーク先輩も!ほら!」
この話が長くなるのを察したデュースは、無理矢理話題を切り替える。ここで時間を浪費するわけにはいかないし、そうでなくともこの手の話題に対するトレイの熱量は異常なのだ。
「ずっと同じところに留まっているのも、狩りをする上では得策ではないからね。よし、今は進むとしよう」
「ああ、そうだな」
デュースの言葉を素直に受け取ったルークとトレイは、手際よく片づけを始める。
「良かった……」
「?」
ぽそりと呟かれたデュースの言葉の意味が分からず、セベクはこの時疑問符を浮かべたが──移動した先で結局更なる愛を解かれ、歯科医である父親の話まで根掘り葉掘り散々喋らされる羽目になったことで、デュースの行動がいかに救いだったかを身をもって知るのだった。