時を同じくして、奇妙な階段がひしめく世界の一角。
 ゴーストに憑依されたジャックを救出したシルバーとジャミルは、事の顛末を掻い摘んでジャックに伝えた。
「ハロウィーンが終わらない……聞けば聞くほど、わけがわかんねぇ状況だな」
 ジャックはにわかに信じられないと言った表情を浮かべている。
 ジャック曰く、ハロウィーンウィーク後床に就いてからの記憶が一切ないのだと言う。時間が止まったままなのもそうだし、ゴーストの憑依についても、訳の分からないことばかりだ。
「俺たちも初めは驚いたよ。だが実際に、いつまで経っても時計は動かず外にも出られなかった」
「だからこそ、招待を受けた俺たち生徒が『ハロウィーンを終わらせ隊』としてこちらの世界に来たんだ」
 シルバーの言葉に、ジャミルは不服そうな顔をする。
「ジャック、そのしょうもない名前、無理して使わなくてもいいからな」
「でも、それって確か学園長が決めた名前なんじゃ……」
「どうせここじゃ通信が出来ないんだ。そんな間抜けな名前、馬鹿正直に使う必要もないだろう」
 すると、ジャミルの言葉に反応したかのように学園長の声が聞こえてきた。
「もしもしバイパーくん?」
「っ!?学園長!!!?」
 まさかの声に、ジャミルは飛び上がらんばかりに驚く。慌てて辺りを見回すと、胸ポケットに入れていた人見の鏡が光っている。それを取り出すと、先ほどよりも鮮明に学園長の声が聞こえてきた。
「バイパーくん聞こえてますか?」
「はい。こちらスカラビア副寮長、ジャミル・バイパーです……」
 先ほどの声が聞こえてしまったことを恐れ、ジャミルはおずおずと答える。
「ああバイパーくん、良かった無事でしたか!シルバーくんの他に、ハウルくんも一緒とは!あなたも救助されたんですね」
 どうやら学園長に先ほどの暴言は聞こえていなかったらしい。安心したジャミルは、学園長の声にてきぱきと答えていく。
「はい、ジャックは先ほどシルバーと共に、ゴーストに憑依されていたのを救助しました。あなた"も"と言うことは、他の皆も無事なのでしょうか?」
「ええ、これで『ハロウィーンを終わらせ隊』全員との連絡がとれました。みんな無事ですよ。さらわれた人も、ハウルくんを含めた四人が見つかっています」
 学園長の話によると、ハロウィーンを終わらせ隊メンバーはゴーストの世界に突入直後に四班に分かれてしまったらしい。現在救助されたのは、ここに居るジャックと、ジェイド、デュース、エペルの四人。各々ゴーストとの遭遇、戦闘を済ませ、今は鏡の欠片を探しながら先に進んでいるのはこちらと同じだった。
「みんな俺たちと同じように"階段だらけの空間"に辿り着き、人見の鏡が通じるようになったのか……ならば他のメンバーを探して合流するべきじゃないのか?」
「確かに、俺たちのいる場所と同じだとしたら、それも一つの方法だな」
 シルバーの意見に頷くジャミル。バラバラで行動するよりも、一つにまとまっていた方が安全は確保される。リドルたちの話では、ゴーストの大群に襲われたとも言っていたし、戦力を分散させたままなのは下策だろう。
 だが学園長はそれを否定した。
「いいえ、それは難しいでしょう。オルト・シュラウドくんが言うには、自分たちの周囲に生体反応はなかったそうです。キングスカラーくんも、ハントくんも、辺りに生者の気配はないと言っていました」
「すげえ離れたところに居る可能性はないんすか?」
 ジャックの疑問に対し、学園長の代わりにジャミルが答える。
「それならまだいいが、似た景色だとしても時空がねじれている以上、完全に別空間にいる可能性も高い。無駄に彷徨えば出られなくなる可能性もある」
「そ、そうか。ここはゴーストの世界っすもんね。んじゃ、レオナ先輩やラギー先輩を探しても、無駄足になるかもしれないのか……」
 さっそく希望の一つが潰れ、肩を落とすジャック。心なしか耳もしおれ気味に見える。
「ここで時間を無駄にするわけにはいかないし、ひとまず俺たちだけで進むべきだろう。みんなを助けるためにも、俺は先に進みたい」
 シルバーの言葉に、ジャミルも頷く。
「ああ、より多くの鏡の欠片を手に入れるためには、手分けして集めた方がいいだろうしな」
「俺もそれで異論ねえっす。先輩たちの足を引っ張るつもりはないんで!」
 やる気に満ちた言葉を述べるジャックに、学園長は微笑ましそうな声で答える。
「ふふふ、他の三チームのみなさんも、同じことを言っていましたよ。こういう時だけは、不思議と意見が一致するんですよね」
 普段はスタンドプレーが基本の生徒達だが、いざという時は目標に向かって団結する様子を見せる。それが微笑ましいのか、学園長は鏡の向こうで微笑んだ。
「ですが、くれぐれも気を付けてください。ゴーストたちは、みなさんが驚いた瞬間を狙って取り憑いてくるそうです。決して油断はしないこと!」
「ご心配は無用です、学園長」
「ああ、俺たち『ハロウィーンを終わらせ隊』に任せてくれ」 
 人見の鏡の通信が切れる。まだ予断は許さぬ状況だが、ハロウィーンを終わらせ隊の無事は確認出来たし、学園側との連絡も取れた。確実に前進している。
「良かった……セベクもも無事なのか」
 シルバーはほっと一息つく。マレウスとリリアに加え、一緒に突入したはずの二人とまではぐれてしまっていたのだ。普段一緒に居る機会が多い分、余計に心配していたのだろう。
「エースはレオナ先輩とフロイド一緒だったのか。先輩が居るのが唯一の救いとはいえ……そちらに飛ばされなくて本当に良かったよ」
 同じバスケ部のメンバーを気にするジャミル。一緒に居る面子から察するに、エースが振り回されているのは想像に難くない。
「まだカリムは見つかっていないようだし、心配だな」
「そうだな。従者としては、早く見つけたいところだが……」
 いかんせん行動は制限されたままだし、行先の見当もつかないあやふやな空間なのだ。下手に焦るのも良くないと考えているのか、ジャミルは思いのほか冷静だった。
「心配と言うなら、お前だってが心配じゃないのか?魔法の能力だけなら申し分ないが……体力がないようだし、長時間の移動はきついだろうに」
 マレウスと比肩する──とまではいかずとも、は学園内で一目を置かれる魔力を持っている。だがそれに反して、身体が弱く体力に難ありなのが欠点だ。体力育成の授業では、バルガスに直接指導を受けている事も多い。
「確かに心配ではあるが……きっと大丈夫だろう。のことだから、いざとなったら魔法で何とかするだろうし、ゴースト相手に後れを取ることも考えられないしな」
「よっぽど信頼してるんすね」
 ジャックの言葉に、シルバーは力強く頷く。なんたってシルバーが茨の谷に来てから、ずっと傍に居たのだ。どんなにが強いのかも、シルバーはきちんと理解している。なにより、そう信じているのだ。
「ああ。だからゴーストの大群が襲ってきても問題なかっただろう。なんたって、全盛期は先ほど話した英雄のように、大剣を扇子一本で受け止めるのもわけなかったしな」
「……は?」
 最後の発言に、ジャミルが思わず声を漏らす。そんなことを出来るだなんて、いくらなんでも盛りすぎだろう。
「それはさすがに嘘だろう?」
「いいや、事実だ。かなり小さい頃だが、俺もこの目で見ている。の見た目も相まって、英雄と重なり本当にかっこよかったのを覚えている」
「ん?小さいころ?」
 先ほどの全盛期との話もそうだし、なにやらいくつか齟齬のある言葉が聞こえてきた気がした。だがシルバーは特に気にする様子もなく、先に進んでいってしまう。
「この様子だと、他のメンバー同様ゴーストに乗っ取られている可能性もある。早く進もう」
「うっす、ジャミル先輩も早く行きましょう!」
「お、おい待ってくれ!」
 置いて行かれたジャミルは、慌てて二人を追いかけた。