暴れるジェイドをなんとか捕縛した四人は、ほっと一息をつく。一対四とは言え、何を考えているのかわからない相手に手加減しながら戦うというのは、思った以上に神経を使う作業だった。
「あーあ、負けちゃった。案外やるじゃん?」
「もっときつく縛り上げておけ!また暴れられたら厄介だ!」
捕まってもなおこちらを煽って来るジェイドを睨みつけるリドル。だがジェイドは次に放った一言は、思いもしないものだった。
「もうそんなことしねーよ。たーっくさん暴れられて、楽しかったし……バイバーイ」
言い終わると、気絶してしまったのか急にジェイドの首が傾ぐ。まるで操り人形の紐が切れて、動けなくなったかのようだ。次いで体から白い煙のようなものが上がり、階段を縦横無尽に駆け巡りながらどこかえ消えてしまうと──程なくして、もう一度ジェイドが顔を上げた。
「おや、ラギーさんにリドルさんにさん。それにオルトくんまで。珍しい組み合わせですが、皆さんお揃いでどうしました?」
「キミは……ジェイドかい?」
怪訝そうな顔でリドルが問いかけると、ジェイドはきょとんとした顔をする。
「ええ、もちろん僕はジェイド・リーチです。「右のメッシュはジェイドのJ」をお忘れですか?」
先ほどラギーにリドルが話していたことと同じ発言をされ、リドルは緊張の糸を解いた。どうやら本物らしい。
「本物で間違いないようだね。まったく、人騒がせな……」
それからジェイドにここに至るまでの経緯と、ジェイド自身が豹変して襲い掛かってきたことを掻い摘んで話す。それを興味深く聞いていたジェイドは、実に楽しそうに謝罪を述べた。
「覚えがないとは言え、見苦しいところをお見せしてしまったようですね。お手数おかけしました。しかし勿体ない。僕ではなく別の誰かがそうなっていたら、大変面白…いいえ、もっと別の状況になっていたかもしれません」
「そういくつもあったらたまったもんじゃねーッスよ。こっちは大変だったんスから!」
あからさまに残念がるジェイドに、ラギーは不満をぶつける。実際ジェイドとは相当気を付けながら戦ったわけだし、もう二度と遭遇したくない事態だ。
「キミの様子はとても見ていられなかったよ」
「ほぼ普段のフロイドくんそのものだったけどね……」
「はい、やる気のムラがそのまま行動と言動に現れて、さすが双子と思わざるを得ませんでした」
もしこの場にフロイドが居たとしたら、遠回しにぶつけられる暴言の数々にさぞ腹を立てただろう。だが容赦ないリドル、ラギー、の反応に、ジェイドは更に笑みを深めただけだった。
「しかし、暴れたことを全く覚えていないなんてなあ……誰かがジェイドくんを洗脳してたんスかね」
「急に変わった人格と、先ほどの白い煙。それにここがゴーストの世界だということを考えれば、ジェイドにゴーストが乗り移っていたとしか考えられない」
「うん、ボクもそう思う!」
「ゴーストが生者に憑依するのは、身近にもあることですし納得ですが……問題は、それを誰が引き起こしたかです」
やはりこれも、ゴーストたちが言うあのお方のせいなのだろうか。わざわざ生きた人間の捕縛をゴーストに指示していることから考えると、あのお方の目的は「ゴーストが憑依する為の生者を集める」と言うことになる。
「眠ってからのことはほとんど覚えていないのですが……うっすらとアズールの声を聞いた気がします」
「アズールの声?ならばアズールもこのあたりにいるのか?」
リドルは慌てて周囲を探すが、人の気配は感じられない。オルトの熱感知センサーも試してみたが、この場に集まる五人以外、生きている人間は存在しないようだった。
「まだ憶測だけど、この様子だとさらわれた生徒はみんなゴーストに意識を乗っ取られている可能性もあるね」
そうなった場合、ナイトレイブンカレッジの大半の生徒が憑依されていると考えるべきだろう。今回残っているのはハロウィーンを終わらせ隊の十三名のみ。今ジェイドが合流したことで一人増えたが、それでも微々たる数ではあるし、救出にきた生徒たちが逆に乗っ取られてまう可能性もあるのだ。そう考えると、事態は相変わらず最悪に近いと言えよう。
「みんなが心配ですし、先を急ぎましょう」
「……本当に心配だと思ってる?」
「もちろんです!楽しそうだなんてちっとも思っていませんよ」
率先して前に進もうとするジェイドを、不審げに見つめるラギー。だって口では否定しているが、これは明らかに厄介事に対してワクワクしている時の顔だ。そういう部分はフロイドによく似ていてる。
「先が思いやられるッスね……」
「でも頼もしい仲間が増えたんだよ!まるで冒険小説みたいだね!」
「役職がトラブルメーカーでないことを祈ります」
現状を楽しんでいるオルトに対し、冷静に返す。だがしかし、最悪に近いとはいえ一歩前進。良い方向に捉えた方が、気持ち的には楽だろう。
「また先ほどのゴーストが襲ってくるかもしれなし、気を引き締めて行こう」
周囲に生体反応が無いとはいえ、ゴーストはそのセンサーをすり抜けてしまうのだ。いつ襲ってくるかもわからないのだし、用心するに越したことはないだろう。リドルが周囲に警戒しながら足を踏み出すと、不意に彼の胸元が光り出した。
「っ!?なんなんだ一体!」
「わあ!オレも光ってる!!」
ラギーのポケットからも、同じように光が零れている。だが、オルト、ジェイドには反応がない。
「リドルさんとラギーさんのみ光っている?……!そうだ人見の鏡です!」
二人は慌てて人見の鏡を取り出す。の指摘通り、鏡のペンダントの部分が光を帯びていた。
『……えますか?……誰か、この声が聞こえますか!?』
「はい!学園長聞こえます!」
『その声はリドル・ローズハートくん!無事だったんですね……!』
リドルは鏡に向けて声を発すると、その向こうからホッとしたような学園長が顔を出した。
『君たちが鏡の中に入った直後に通信が途絶えて、本当に心配しました……今そちらはどのような状況になっているんですか?』
リドルたちは学園長に、今までの経緯を掻い摘んで伝える。学園長は信じられない様子でそれを聞いていたが、なんとか状況は把握できたようだ。
『なるほど、そんなことになっているなんて思いもしませんでした。その様子だと、他の『ハロウィーンを終わらせ隊』メンバーも分断されて、ゴーストと接触している可能性がありますね』
「他のメンバーとの連絡は?」
『君たちが突入してからずっと通信を試みていましたが、繋がったのはこれが初めてです』
「そうですか……」
何故このタイミングで連絡をとれるようになったかは謎だが、ジェイドの救出といい、この短期間でだいぶ進展があったのだ。事態は好転していると考えるべきだろう。
「とりあえず僕たちは、このまま先に進みます。先生方は引き続き他のメンバーへ連絡をお願いします」
どうせこの場に留まっていても、また襲われる可能性の方が高い。それなら先に進んだ方が良むべきと考えたリドルは、学園長に救助続行の意思を伝える。
『了解です。ですがくれぐれも気を付けてくださいね』
「はい」
人見の鏡が光を失い、通信が切れる。リドルが人見の鏡をしまうと、一行は気を取り直して探索を再開した。