ゴーストの攻撃をいなし、どうにか退却まで持ち込んだ後。
「貴方たち。自分が今どんな状況かわかってるんですか」
 リドルとラギーの行動を腹に据えかねたは、その場に二人を正座をさせていた。 (実は戦闘終了直後、そのまま茨の魔法で拘束しようとは二人にマジカルペンを向けたのだが……さすがにそれはやめた方がいいとオルトに止められ、妥協案としてこの形に収まっている)
「つい先ほど、魔法は最小限の使用に留めて戦闘は極力回避、ゴーストとの接触も避けると言ったことを、もう忘れたとは言わせません」
「面目ない……」
「なのになんですか今の態度は。いくら興奮していたからと言って、こんな状況で目先の欲に囚われるなんて」
「返す言葉もないッスね……」
「次に同じようなことをしたら、今度は容赦しません。せいぜい助け舟を出してくれた、オルトさんに感謝することです」
 がようやく怒りの矛先を収めると、タイミングよくオルトが呼びかける。
「みんな~!あったよ鏡の欠片!」
 リドル、ラギーの代わりに井戸の中を確認してきたオルトは、先ほど光った鏡の欠片の他にも、いくつか鏡の欠片を拾ってきた。どうやら光の道筋が示したのはあれだったらしい。
「また鏡の欠片か~~~い!御大層なヒント出しやがって!黄金か宝石でも埋まってるのかと思ったじゃん!」
「あ、あの……ラギー・ブッチさん……ちょっといい?」
「ん?」
 あからさまに落胆するラギーにオルトが駆け寄ると、こそこそと耳打ちをする。
「実はさっき井戸が示した光……ヒントでもなんでもなくて、僕のアームに内蔵されてたライトを鏡の欠片に照射しただけなんだ。話の流れで、ちょっとだけリドル・ローズハートさんを驚かせる計画だったんだけど……まさか井戸の中に鏡の欠片が落ちてるなんて……でもそのせいでゴーストと戦うはめにもなっちゃって……さんを怒らせちゃった」
 だから二人には言わない方がいいかな?と、そこまでオルトが言おうとした瞬間。
「すごい!!!!!」
 リドルは表情をパッと明るくさせて、興奮気味に話す。
「すごいよ、本当に探していたものが見つかるなんて!鏡を使った謎解きの話をしていなかったら、井戸の中を一番に探したりはしなかった。謎解きも馬鹿にできないね!こんな感覚初めてだ……!」
「………」
 リドルの余りの喜びように、オルトとラギーはもちろん、先ほどまで怒っていたも呆気にとられる。まさかここまでドはまりするとは予想外だ。
「……自分も期待しといてなんスけど、子供だましの謎解きにここまで無邪気に喜ぶ人っているんだ」
「あの喜び方……シルバーとセベクが初めて宝を見つけた時の顔にそっくりです」
「リドル・ローズハートさんには刺激が強すぎたみたい。やっぱりエンターテイメントは適度に摂取しないと駄目なんだね」
 オルトはイデアに「趣味を我慢するほど大人になってからの反動が来る」と言われた事を思い出す。 あの時はどう考えても今我慢したくないイデアの我儘にしか聞こえなかったが……こうやって実例を見てしまうと、その話もあながち間違っていないように感じられた。
「トレジャーハント。なんて面白いんだ!無事ハロウィーンを終わらせることができたら、ボクも『お鬚船長の冒険』とやらを読んでみよう!」
「まあ、楽しかったならよかったッス」
「最近は、お宝探しの謎解きを体験できる"脱出ゲーム"っていうアクティビティも流行ってるよ!」
「今回は事件性もありますから、この状況を楽しむと言うのはいささか難しいかもしれませんが……場合によっては、これも脱出ゲームの類に見えなくもありませんし。その要領で、素早くタスクをこなしましょう」
「おー!一気にやる気出てきたッスよー!」
「お前たち!」
 皆の士気も上がり、まとまりが出てきた矢先。和気あいあいとした雰囲気を破ったのは、逃げ去ったはずのゴーストだった。二度ある事は三度あるとはよく言ったものだ。だが先ほどとは違い、今度はもっと多くのゴースト……もはや軍団と言っても過言ではない数のゴーストが集結している。さすがにもうこれを撃退するのは難しいだろう。
「うわ~!どうすんスかこの人数!もう手に負えないッスよ!?」
「まさか、先ほど言った事を覚えていますよね!?ひとまず撤退です!」
「右手にある建物、周辺に比べて劣化度が著しく低い!あそこに入って一旦体制を立て直そう!」
 オルトが指さした方向には、他の建物よりもだいぶ整った景観の家が建っていた。あれならば、一時的な避難場所くらいにはなるだろう。四人は急いでそちらに向かうと、勢いよく建物の扉を開けた。すると。
「っ!!!」
 虚ろな墓地から移動した時と同様、視界が眩い光に包まれる。
 あっという間に場所が変わり、今度は奇妙な階段のひしめくエリアへと飛ばされてしまった。
「随分と無秩序な建築様式だな……」
 周囲を見回すと、あちこちに階段が伸びている。それは四方八方に伸び、それが更に別の階に繋がり、まるで無理矢理増築を重ねたような様相をしていた。考えなしに歩くと、あっという間に迷子になってしまいそうだ。
「ハーツラビュル寮の中もこんな感じじゃなかった?」
「失礼な!わがハーツラビュルはきちんと伝統に則ったデザインが施された……」
 ラギーの感想を耳聡く拾ったリドルは、いかにハーツラビュル寮が洗練されたデザインであるかを説き始める。これは長くなるなと思ったオルトとは、二人を放置して周囲に視線を向けた。
「一見しただけでは、規則性の無い建物に見えますね。さすがゴーストの世界と言ったところでしょうか」
「あっちの階段、普通に登ったら自重で落ちちゃうよ?どうやって上の階に行くんだろう」
「ゴースト用だから、重力は関係ないのでしょうか?」
「だったら階段も必要ないよね?あっ、階段の上を見て!」
 オルトは少し離れた場所にある階段に、何かを見つけたようだった。
「熱感センサーに反応あり。ってことは、人間だよ!」
「あれ~?みんなこんなとこでなにしてんのぉ?」
「そのつかみ所の無いしゃべり方はフロイドくん!よかったあ~無事だったんスね!」
 階段の裏から姿を現した人物に、ラギーはほっとした表情を浮かべる。そのまま合流しようと歩き出すが──それをリドルの制止した。
「待て、近づくな!……そいつはフロイドじゃない」
「へっ!?どういうことッスか!?」
 ラギーはフロイドとリドルを交互に見つめる。今目の前に現れた相手はどう見たってフロイドなのに、突然何を言い出すのだろうと言いたげな顔だ。そんなラギーに、リドルは以前ジェイドから聞いた双子の見分け方について話す。その法則に則るのなら、眼前の相手はフロイドではなくジェイドなのだ。だがそうなった場合、この状況は明らかにおかしい。ならば迂闊に近づくべきではないだろう。
「そう言われりゃジェイドくんに見えるけど……口調も態度も、普段と違いすぎないッスか?」
「……画像照合完了。僕の中のメモリーと照らし合わせてみたけど、リドル・ローズハートさんの言う通り、彼はジェイド・リーチさんだよ!」
「フロイドさんがジェイドさんの真似をしていることはわかりました。ですが、だとしたらこの状況で何故……?逆なら納得ですが」
 仮にもゴーストに拉致されていた立場の相手なのだ。それがこんな風に、こちらを混乱させるようなことをするのはおかしい。だがフロイドならばやりかねないとも思ってしまい、は最後に本音を付け加える。
「それはボクにもわからないが……」
 するといつまでも煮え切らない状況に飽きてしまったのか、ジェイドはこちらに攻撃を仕掛けてきた。
「僕が誰かなんて今どーでもいいだろ?そんなことより、自分の身の心配をした方がいいんじゃねーの!?」
「あれやっぱりフロイドくんじゃないッスか!?」
 攻撃をギリギリの体制で避けたラギーもまた、と同じような感想を漏らす。
「だんだん自信がなくなってきた……分け目を逆にしたフロイドかもしれない……」
 普段のジェイドならやらないような、逆にフロイドならばやってもおかしくないような行動と言動の数々に、さすがのリドルも迷いが生じているようだ。
「また次の攻撃が来る!避けて!」
 だがその間にも、ジェイドはまるでフロイドのような機敏さで縦横無尽に攻撃を繰り出してくる。このまま防戦一方だと、こちらの体力が削られるばかりだ。
「くっ……フロイドだろうとジェイドだろうと、このボクに刃向かうならばやることは一つだ!返り討ちにしいてやる!!今は必要な戦闘だ、お分かりだね!」
「はい、彼が普段の状態とはかけ離れているのは明白です。攻撃意思もありますし、迎撃はやむを得ないでしょう。ですが必要以上に傷つけないこと!」
 四人は戦闘態勢を整えると、ジェイドに向けてマジカルペンを構えた。