「ひいい、このままじゃ消されちゃう。誰か、誰かお助け~~~!」
 悲痛な叫びと共にゴーストが逃げ去ると、ようやく静寂が訪れる。
「力を温存する!って言ったばっかりだったのに……」
「早速バトッちまいましたね」
 疲労の表情を見せるオルトとラギーに、リドルは慌てて弁明する。
「今のは不可抗力だろう!向こうが先に襲い掛かってきたんだ!……ノックなしに侵入したのは確かにマナーがなっていなかったけれど」
 しかし悪いと思っているのか、最後は小さな声で自身の欠点も述べる辺りがリドルらしい。その方向性が何故かゴーストに向いているから尚更だ。
「でも中にいるなら鍵くらいはかけるべきだ。不用心な」
「しかし鍵など無意味では?この廃村の建物は、どれも建付け悪そうですし」
「建付けっつーより、元がもう壊れてるッスよくん」
「何はともあれ、今後は不用心にドアを開けない方がいいかもしれないね。またゴーストと鉢合わせするかもしれないし、鏡の欠片を探すのは屋外にしよう」
 ひとまず話がまとまった一行は、鏡の欠片を探すべく行動を再開する。ゴーストと遭遇しないよう慎重に歩みを進めていると、ぽつりとラギーが不満を漏らした。
「あーあ、せっかく家の中を物色できると思ったのに~」
「まだ宝探しの話をしているのかい?そんなものあるわけないとさっきも言っただろう。そもそも宝物やそのヒントをわざわざ廃墟に隠す意味がわからない。本当に大切な物ならば、肌身離さず自分で持つか、安全対策をしっかり講じている機関に預けるべきだろう」
 確かにリドルの言い分には一理ある。だがそれに反論の意を示したのは、それまで宝探しのロマンについての話を静観していただった。
「今はそのような機関があるから良いかもしれせんが、それが無い昔は自身で保管するしかなかったんですよ。小さな貴金属でしたら、身に着け守る事も可能でしょう。ですが大きな金塊や大量の資金となると、保存もままなりません」
 今は銀行やそれに連なる機関が発達しているから、私財を安全な場所に預けることが容易になった。だが物語で書かれるような古い時代にはそういった類は当然ないので、全て自身で管理するしかない。
「金庫にしまうと言っても限度があります。そこで、先人は人気の無い場所に私財を隠したんです。隠す場所はこのような廃村の他にも、人間が寄り付かない場所が多く好まれました……それこそ、茨の谷などはヒトにとって、格好の隠し場所でしたよ?私たちが見ているとも知らずに隠している様子は、それはそれは滑稽で……ですから、物語で書かれるようになったのもその背景があったせいかと」
「なるほど……?しかし、隠す場所が分かってしまったら意味がないだろう。それこそラギーのような人物が、隠し場所の通例を知っているんだ。いささか不用心過ぎるんじゃないか?」
「元も子もないこと言わないで!物語にはセオリーってものがあるでしょ!」
 思わず突っ込みを入れるラギー。場所が判明しないと宝探しすら始まらないのだ。そこはご都合主義で流してもらいたいところなのだが。
「セオリーと言われても……ボクは、キミたちの言う漫画もゲームも触れたことがないからね。現実的な意見を述べたまでさ」
 確かリドルの家庭は母親がとても厳しく、娯楽の類に関してとても制限していたらしい。それを鑑みるなら、夢の無い発想にばかりなってしまうのは仕方ないと言えよう。 だが、それ以外にも宝探しをモチーフにした作品は数多く制作されている。どれかしかにはヒットするのではないかと、オルトはいくつか例を挙げていく。
「それじゃ映画や小説は?宝探しをする冒険もの!僕は『お鬚船長の冒険』シリーズが大好き!」
「それなら私も、シルバーとセベクにせがまれて読んだことがあります」
 は当時の事を思い出したのか、穏やかなな表情でその時の様子を語る。
「案の定次の日には宝探しがしたいと言いだしたので……先ほど話した、昔ヒトが隠した財宝の場所までの地図を作ってあげたんです。懐かしいですね」
くんもあんまりそういうの馴染みないタイプだと思ってたッスけど、案外いけるんスね!しかも自作の地図とは本格的!」
 リドルを除いた三人は、共通の作品の話題に花を咲かせる。だがやはりリドルには馴染みがなかったらしく、相変わらず不満げな表情を浮かべるばかりだ。
「盛り上がっているところ悪いが、その作品も知らないな。ボクがオルトぐらいの歳の頃にはもう医療辞典を読んでいたから、娯楽映画や小説を嗜む時間なんてなかったし……」
 想定以上のお堅い回答に、オルトとラギーはげんなりとした顔をする。
「そんなぁ……娯楽作品は、豊かな情操を育むためにも必要だってエビデンスもあるんだよ?」
「リドルくん、ロボットのオルトくんに情操の発育を心配されてるのやばくないッスか……」
「な、なんだい寄ってたかって……!余計なお世話だ。それに流行の作品は知らなくとも、教養として必要な古典作品は全て押さえている。そのほかの学ぶべき点のない作品には、わざわざ触れる意味なんてないね」
 まさに立石に水。いくら娯楽作品の良さを伝えても、実際に体験する有用性について説いても、リドルの意見は変わらないらしい。
「そうかなあ、リドルくんって頭いいし、宝探しとか冒険モノ楽しめるタイプだと思うんスけどね」
「頭がいい事と宝探しに、何の関係が?」
「関係大ありでしょ!宝探しって、謎解きみたいなもんだし。例えば……」
 ラギーは例題として、漫画に描かれていた謎々をリドルに出題する。しかしリドルは問題を聞き終える前にそれを答えてしまった。
「ちょっとリドルくん名シーンなんだから話終わる前に正解出さないで!」
「ふむ……問題は簡単すぎるが、なぞなぞだと思えば頭の体操になるか……?」
 しかしリドルが興味を持つには十分だったらしく、思いのほか好意的な感触を得られたようだ。それに気づいたオルトは、ラギーに加勢する。
「冒険モノだと、鏡を使った仕掛けは定番だよね。光を組み合わせたりしてさ。ゴーストたちが落とした鏡の欠片も、もしかしたら何かの鍵かもしれない……そう考えたらワクワクしない?『お鬚船長の冒険』でも、門の上に鏡を置くと、月明かりが反射して光の道筋が……」
 そう言いながら、オルトは先ほどのゴーストが落としていった鏡を月明かりにかざす。すると、そこから光が反射し、お話と同じような光の道筋が出来た。
「ねえ見て!鏡の欠片に反射した光の線が……村の中にある、井戸を指してる!」
 オルトに釣られて皆は光の道筋を目で辿ると、確かにそれは井戸の位置へと続いていた。
「井戸に行ってみよう!」
 リドルが真っ先に井戸に駆け寄り、中を確認する。一見普通の枯れ井戸に見えるが……よくよく目を凝らすと、暗がりの中に光るものが見えた。
「ええっ?!」
 まさか言葉通りのことが起こるとは思っていなかったのか、リドル以上に驚いた顔をしているオルト。リドルは早速それが何か調べるため、井戸の中に手を伸ばした。だがそれは、先ほど逃げて行ったゴーストの声によって邪魔されてしまう。
「いたわ!お巡りさん、あいつらです!!」
「レディのお家に無断で入り込むとは、卑劣な強盗め!ひっ捕らえて、あのお方の元に突き出してやる!」
 先ほどの女性ゴーストの他に、今回は衛兵のような恰好をしたゴーストたちも複数いる。それらはあっという間に四人を取り囲んだ。ひとまずゴースト達を落ち着かせようと、は弁解を試みる。
「先ほどの事は、こちらに非があります。なので……」
「うるせえ!!!」
「今それどころじゃない!!!!」
「っ!?ちょっと何言ってるんですか!?」
 だがそれは激昂したラギーとリドルによって阻まれてしまった。
「これじゃお宝に集中できないじゃないッスか!」
「今は取り込み中なんだ!邪魔しないでくれ!!」
「な、なんて凶暴な奴らなんだ……野放しにして置いたら他のゴーストにも被害が及ぶ。なんとしても引っ捕らえねば!」
 二人の剣幕に押され、ゴースト達は慌てて臨戦態勢をとる。ここまで来てしまうともう話し合いは無理だろう。
「ああもう!どうしてすぐに頭に血が上るんですか貴方たちは!ゴーストよりタチが悪いですね!?」
「とりあえずゴーストを追い払わなくちゃ!迎撃モードに切り替えます」
 とオルトは諦めて、襲い掛かるゴーストへと魔法を放った。