オンボロ寮にきた依頼は全部で三つ。一つ目は教室の忘れ物の回収と返却。二つ目は図書室の書架整理。そして三つ目は、食堂の手伝い。
教室にはとグリム、図書室にはが赴く事になったが、これだと一か所足りなくなってしまう。
そこで白羽の矢が立ったのが、だった。
はじめは子供にまで手伝わせるなんてと皆反対していたが、だからと言って他に任せられる者も見つからない。
内容的にはあくまで手伝いなので配膳や皿洗い程度が出来れば大丈夫だとの事だったし、今回のメニューを聞いたがやたら乗り気だったこともあり、結果派遣されるに至ったのだった。
「今日君に任せる主なメニューは、カレーとサーモンのカルパッチョ、洋ナシのコンポートだよ。
調理は僕たちがするから、注文してきた生徒が居たらそれを教えて欲しいんだ。料理が出来たら配膳だ。ちゃんと注文通りに相手の所へ持っていく。大丈夫かな?」
「はい、わかりました」
注文票を受け取ったは、早速手順を確認する。
「ここに注文をかいて、シェフにわたすんですね?」
「そうだよ。配膳はあくまで注文窓口のところまでだからそんなに大変じゃないと思うけど……熱いものもあるから、気を付けてね」
「だいじょぶです。まほうも使えます」
は胸元のリボンに飾ってある魔法石に手をかざす。学生の立場ではないが、魔法を使えるように特例で持たされている石だ。これがあれば、いくら大量に注文されても問題なく運べるだろう。
「それは心強い! ここの学生たちは食べ盛り。大変かもしれないけど、頑張ってね!」
「がんばります!」
それから作業は滞りなく進み、時折魔法を使いながらは依頼をこなした。
オンボロ寮で自炊を手伝っている事もあり、食材を切ったりするのも問題ない。
なので最終的には調理の補助もこなすようになり、あっという間には食堂に溶け込んだ。
「ちゃん、そろそろ新しいカレーが出来るよ!」
「カレーの注文三つです。あとついかで、コンポートも二つ!」
「コンポートは盛り付けが終われば持っていけるよ!」
「はい!」
盛り付けの終わった皿は、魔法で浮かせて注文窓口へと運ぶ。すると、そこに新規注文が入ってきた。
「サーモンのカルパッチョを一つ頼めるか?」
「はいわかり……セベク!」
「か? どうしてこんなところに」
驚いた顔のセベクの隣には、ジャックとジャミルも並んでいる。
「わたしはオンボロりょうへのいらいで、おてつだいしてます。
セベクは来ると思ってましたが……ジャックさんとジャミルさんも、カルパッチョがすきなんですか?」
「俺は洋ナシのコンポートが目当てで来た。ジャミル先輩はカレーだ」
「普段はなかなか食べられないものでね。カリムは丁度補修中だから、少し羽を伸ばしているところだよ」
「なるほど」
はセベクの好物を把握していたので、それを踏まえて手伝いに名乗りを挙げたのだが……どうやら今日はほかの生徒にとっても好物の出る、特別な日だったらしい。
「じゃあ、ジャックさんが洋なしのコンポート、ジャミルさんがカレー、セベクがサーモンのカルパッチョですね。少々お待ちください」
ぺこりと頭を下げると、は注文を伝えるべく厨房へと消えていく。程なくしてが運んできたのは、大盛りの料理だった。
「みんなすきだってお話ししたら、シェフがサービスしてくれました」
「マジかよ…! ありがとうな、」
「シェフも粋なことをしてくれるな。感謝していたと伝えてくれ」
「はい」
素直に喜ぶジャックとジャミルに、は笑顔を向ける。そして、こっそりとセベクに耳打ちした。
「セベクのものは、もっととくべつですよ」
「っ!!」
山盛りのカルパッチョの中心には、サーモンが可愛らしい薔薇の形に盛り付けられている。普段は見られないアレンジだ。
だがそれについてセベクが指摘するよりも早く、はまた厨房の中へと行ってしまう。
「では、ごゆっくり!」
「お、おい待て!」
「ほう、随分と可愛らしい形だな。俺たちのものとは決定的な違いがあるようだ」
「お前も隅に置けないな」
「う、うるさいぞ!!!!そんなんじゃない!!!!」
の“特別”に気づいたジャミルとジャックは、両隣からセベクを小突いて煽る。セベクは照れ隠しのように、声を張り上げた。
***
大忙しの手伝いがひと段落した後。片づけを終え帰ろうとしたは、シェフゴーストに呼び止められた。
「ちょっといいかな。今日のお礼をさせてもらいたいんだ」
「お礼ですか?」
が振り返ると、シェフゴーストはにあるものを手渡す。
「セベクくんが、君の好物を教えてくれてね。作って欲しいと頼まれたんだ」
「!」
皿の上に乗っていたのは、可愛く盛り付けられたワッフルだった。ベリーソースは瑞々しく、爽やかな香りが食欲をそそる。更にはクリームとアイスまで添えられている、なんとも美味しそうな一皿だ。
「出来立てをどうぞ!」
「ありがとうございます、いただきます…!」
席に腰かけると、早速はワッフルを一口食べる。香ばしいバターとベリーの酸味、次いでワッフルの甘さが口に広がる。思わず笑顔になるくらいに美味しい。
「おいしい…!」
「良かった~! 今日は本当にお疲れ様。ありがとうね」
「はい!」
一口食べるごとに、口腔内に美味しさが広がっていく。なにより、セベクが自身の好物を知っていた事が嬉しくて。は今日一番の笑顔を浮かべながら、焼き立てのワッフルを頬張った。