オンボロ寮に在籍する生徒は、学園内の雑用として様々な面倒事を押し付けられる。それは授業で使う備品の準備だったり、個人的なおつかいだったりと実に多種多様だ。
今回の依頼は、教室に置き忘れてあった忘れ物の回収と返却。教科書やノート等の必要物品だけならまだしも、中には明らかなゴミや、学業に必要のないものまである。それらを全て選別し、寮ごとに分けるのは非常に骨の折れる作業だった。
一先ず回収を終えたとグリムの二人は、目の前にうず高く積みあがった忘れ物の山を見てため息をつく。
「やっと集められたね……」
「一生終わらないかと思ったんだゾ……」
魔法で集められればもっと早いだろうが、に魔力はないし、グリムにはまだそこまで高度な魔法を操る技術がない。なので地道に人力で、ひたすら山を積み上げる作業は非常に大変だった。しかもこの先に仕分けと返却が待っている。まだまだ帰寮の時間は遠そうだ。
「もう全部捨てちまっていいと思うんだゾ」
グリムの主張は最もである。教材ならまだしも、集められたものの大半はゴミ一歩手前の品があまりに多いのだ。大方片付けを渋った生徒が、ポイ捨て紛いの事をしていったのは想像に難くない。だが、実際にそうしてしまうと本当に必要なものがあった場合非常に困る事になる。は「それはさすがに駄目だよ」と首を振り、重い腰を上げて作業を再開した。まずは明らかに忘れ物と思しき教科書の持ち主探しからだ。
「おや、貴方が持っていたのですね」
「?」
教室の出入り口から聞こえてきた声に視線を向けると、そこには2年生の・が立っていた。
「先輩? どうかしたんですか?」
「シルバーとカリムさんが課題で使う教科書を、二人そろって教室に忘れてきたそうなので代わりに取りに来たんです。それが今、貴方が手に持っているそれです」
曰く、二人は今補講中で手が離せないらしい。なのでひとまずの教科書を使ってもらい、その間にが探しに来たのだという。
「探す手間が省けて良かったです。ありがとうございました」
「いえいえ、自分も返しに行く相手が減って良かったです」
「返す?」
「トレイン先生からの依頼で、忘れ物を持ち主に返しにいくところなんです。今はまだ仕分け中ですけど」
「まだまだいっぱいあるんだゾ……」
「この教科書は……フロイド先輩だ」
「彼ならこの時間、モストロ・ラウンジに居るでしょうね」
「もうあそこは当分の間行きたくないんだゾー!」
イソギンチャク騒動を思い出したのか、グリムはぶるりと身震いした。言わんとしていることを理解したは、苦笑しながらグリムを元気づける。
「でも依頼はきちんと終わらせないと。この山、いつまでたっても崩せないよ?」
「うう……」
いくら文句を言ったところで、山は消えてはくれないのだ。だがは違ったようで、それをしばし眺めた後にこう切り出した。
「仕方ない。二人の忘れ物を見つけてくださったお礼に、手伝って差し上げます」
「え?」
「これを”全て”持ち主に返せばいいんでしょう?」
「そうですけど……」
「でしたら生徒の名簿と、所属寮の一覧を貸して頂けますか?」
「は、はい」
の発言の趣旨がいまいち理解できず、とグリムは首を傾げつつも名簿をに渡す。は一通り目を通すと、マジカルペンを取り出した。そして、忘れ物の山と名簿に魔法をかける。
「実践魔法の応用です。名簿と忘れ物を同期させて、寮ごとに仕分けます」
まるで授業でお手本の魔法を見せるように、は丁寧に魔法を組み立てて忘れ物の山を七つに分けていく。そして次の瞬間、七つの山は目の前から姿を消してしまった。
「?!」
「忘れ物はどこに行ったんだゾ?!」
目の前で起こった光景に、目を白黒させるとグリム。はマジカルペンを胸元にしまうと、二人に向き合う。
「先ほどの忘れ物は全て、各寮の談話室に転送しました。名簿に則った名前も記載したので、あとは寮長達がなんとかするでしょう。もちろん、ゴミの類も全て転送してありますから……ハーツラビュル辺りでは、どんな対応になるのか見ものですね」
最後に不穏な一言を付け加えると、は颯爽と部屋を出ていく。
「では私は、教科書を二人に届けなくてはいけないので失礼します。二人とも、要件が終わったのなら早く帰るんですよ」
「あ、ありがとうございました……」
「スゲーんだゾ……」
置いて行かれた二人は、しばらく山のあった空間を呆然と眺めていた。