監督生に渡す毎年恒例のホリデー用ギフト。今年ポムフィオーレ寮が与えられた題材は、『内緒のおやつと友好のハーブティー』だった。当然そのまま渡しても問題ないのだが、五年目ともなるとさすがに味気ない。そう考えた寮長のヴィル主導のもと、寮生たちはおやつの代用品になる手ごろなスイーツを探すべく各々奮闘していた。
 そんな中ルークに白羽の矢が立てられたエーファは、彼と共に麓の街にあるカフェを訪れていた。
「今回の目的は、監督生さんの好みのスイーツを一緒に選ぶこと、でいい?」
「ああ。私だけの意見ではなく、君のような幅広い知識のある人間のアドバイスも欲しくてね。今日は期待しているよ」
監督生さんにはあたしもお世話になってるし……気に入ってもらえるよう頑張るわ」
 最初にスイーツ選びに付き合ってほしいと言われたときは、いったいどういった風の吹き回しかと勘繰ったのだが……蓋を開けてみれば、ルーク個人ではなくポムフィオーレ寮全体での話らしい。つまりヴィルの指示でもあるということだ。ヴィルのファンを名乗るものとしては、ここは協力せざるを得ないだろう。
 エーファは気合を入れなおすと、早速メニューを選ぶ。この店には季節限定のメニューが多く、今は旬のイチゴやくちどけの良いチョコレートを使ったものが並んでいた。
「どれもおいしそうで目移りしちゃうけど……普通に選んじゃダメなんでしょ?」
 エーファの言わんとしていることを察したルークは、ウインクをして頷く。
「Bonne réponse! 金額は勿論、カロリーも計算するようヴィルから仰せつかっているよ」
「だとすると、安直にチョコレート系を選ぶのは危険ね」
 冬の定番である生チョコや、クリームたっぷりのものは選択肢から除外する。豆乳などでカロリーを抑えたものなら残しておいてもいいが、この店にはあいにくそういった商品の取り扱いはなさそうだ。
監督生さんの好きなものって知ってる?」
「好き嫌いはあるみたいだけれど、普段はあまり気にしていないようだね。もし苦手なものがあったとしても、グリムくんはなんでも食べるから協力してもらっているみたいだ。支え合いの精神、ボーテ!」
 ルークは二人の友情を称えているが、実際のところは『寮の経済状況的に、我儘を言っていられない』というのが正しいのだろう。アスクとして配達していた時に、二人で学園内の野草を摘んでいたのを見たことがある。つまりそうやってしのがなくてはいけない立場にあるということだ──となるとただおいしいだけでなく、腹持ちの良いものを選んだ方が監督生のためだろう。しかしそれではカロリーオーバーは避けられない。
 どうしたものかとエーファが悩んでいると、メニューの片隅に低カロリーでオススメといった文句のスイーツが掲げてあるのが目に入った。これなら監督生とヴィル、双方の希望を満たせるかもしれない。
「ねぇルーク、この干し芋を使ったスイーツは? これなら低カロリーで食物繊維もたっぷり、美容に効果もある。でもお腹に溜まるから、満足感も高いわ」
「トレヴィアン! ピッタリなスイーツだね!」
 メニュー内の金額もチェックしたルークは、満面の笑みで肯定する。どうやら規定に収まる範囲らしい。
「さて、これでポムフィオーレ寮生としての私の仕事は終了だ。この後は、君とのデートを楽しみたいのだが構わないかい?」
「……え、……えっ!?」
 正直最初に誘われたとき、デートだったらよかったのにと思わなかったわけではない。しかしルークに限ってそんな思わせぶりなことをするはずはないと知っていたので、速攻選択肢から消したのだ。それが突然降ってきて、エーファはしどろもどろになった。仮にも女優という立場なのに、ハプニングに対処できないとは聞いて呆れる。
 しかしその驚いた姿がルーク的には嬉しかったようで、ルークは先ほどよりさらに嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「本来なら、後日正式にデートのお誘いをするつもりだったんだが……冬の装いが愛らしい君と、このまま別れられるほど紳士ではないということさ。いいかな?」
「……は、はい。謹んでお受けいたします……」
 完全に不意を突かれた形だが、願った通りの結果になった。この状況を作るきっかけとなった監督生に感謝しつつ、エーファは照れ隠しにメニューを眺めた。


***


 結果的にデートとなったひと時を終えロイヤルソードアカデミーに戻ってきたエーファを、ネージュとフレデリカが迎え入れる。
「おかえりエッちゃん。デート楽しめた?」
「デートじゃないわよ!!」
 開口一番ネージュに確信を突かれ、勢いのまま言い返す。そんなに顔が緩んでいたのだろうかとエーファが頬を叩くと、フレデリカが手を添えてやんわりと止めた。
「駄目だよ、外から帰ったばかりで冷えているんだから……確か、監督生さんへのプレゼント選びを手伝っていたんだろう?」
「そうよ。だからデートじゃないの。適当なこと言わないで」
「エッちゃん嬉しそうだから、そう思ったんだけどな」
 幼馴染というだけあり、ネージュは的確にエーファの様子を言い当てている。しかしそれを素直に肯定するのも癪なので、エーファはそっぽを向いた。その様子にフレデリカは苦笑する。日常茶飯事の光景なのだ。
「ふふ、そういうことにしておいてあげるよ。それよりいいプレゼントは見つかったかい?」
「とりあえずね。あとはヴィルさんたちが何とかすると思うわ」
「えっ! ヴィーくんもプレゼントするの?」
「正しくはポムフィオーレ寮からのプレゼント、って話みたいだけど」
「じゃあ僕たちも何かプレゼントしたいな。だって監督生さんには僕らもお世話になったんだし」
 直接関わったことは指折り数える程しかない。しかし今年は以前より多少接する機会が多かった。だからこそ、自分たちも何か贈り物がしたいのだろう。実にロイヤルソードアカデミー生らしい考えだ。
「カロリー計算してるみたいだから、お菓子は駄目よ」
「じゃあ飲み物とか?」
「友好のハーブティーは用意するって話だったけど、具体的にどうしてるかは聞いてないわね」
「紅茶の類ならカロリーもそこまでないし、一つくらい増えても問題ないのではないかな?」
 フレデリカの言う通り、お茶程度なら文句は言われないだろう。ただ問題はロイヤルソードアカデミー生が嫌いなナイトレイブンカレッジ生が、協力の打診を受け入れてくれるかどうかなのだが……ネージュとフレデリカの頭の中には、その危惧は一切ないらしい。これもまたこの学園の生徒らしい、楽観的な考えだ。
「まぁルーク経由なら拒否されないでしょ。最悪の場合、あたしが直接オンボロ寮に届けてあげればいいわけだし」
「ありがとうエッちゃん!」
「じゃあ早速準備しようか。今の季節だと、そろそろ熱砂の国でクオリティーシーズン・ティーが収穫できる頃合いかな? 知り合いの業者をあたってみるよ。ネージュはラッピングをお願いできる?」
「任せて!」
 あれよという間に話はまとまり、紅茶はフレデリカが準備することになった……が、普通に考えれば明らかに予算オーバーである。なんたって王族御用達の茶葉だ。
(まぁ、どうせあたしたちは勘定に入ってないだろうし……)
 一度まとまった話を再度蒸し返すのも面倒だし、ナイトレイブンカレッジの予算は自分たちとは関係がない。つまり気にする必要もないのだ。エーファは和気あいあいと準備を進めるネージュとフレデリカを、静かに見守った。

 後日。
監督生が贈られた紅茶を寮生に振舞ったところ、一杯でバディレベルがカンストしてしまった。 その即効性に全員が驚愕し、サイエンス部の妙な実験薬が入っているのではと疑わルークに冤罪が掛けられたのはまた別の話。