ジャミルのシャーワルマーを食べてしまった犯人は、いつの間にかこの場に交じっていた謎の少女だった。
「し、知らねーヤツが食ってるんだゾ?!」
「キミ、どこから来たの?一人なのかな?」
「勝手に他人のものを食べたらだめじゃないか」
すかさず子供慣れしているケイトとトレイが話しかける。少女は最後のひと口を飲み込んだ後、おかしそうにこう返した。
「ふふふ、他人のものが駄目なら、私は問題ないかも?」
「問題ない…?」
「あれっ、ジャミルくんどうしたの?」
少女から視線が一気にジャミルに移る。ジャミルは口をパクパクと魚のように動かし、言葉が出ないと言った様子で少女を凝視する。そうしてやっと出てきた言葉は。
「ナジュマ?!」
「おかえり、ジャミル!」
少女…もといナジュマは、にっこりと微笑んで答えた。どうやらジャミルとは知り合いだったようだ。だから他人のものではないと言っていたのか。
「……えーと、ジャミルくん。こちらの女の子とお知り合いみたいだけど、どこのどちらさま?」
「初めましてみなさん。私、ナジュマ・バイパーっていいます」
ケイトの問いかけに、ジャミルの代わりに答えたのはナジュマだ。
「バイパー?」
「まさか……」
あと少しで導き出せそうな答えを手繰り寄せる皆に、ナジュマは決定打を与える。
「全然似てないと思うんですけど、一応コレの妹です」
「ええーーーーーーっ??!!」
「兄に向ってコレとはなんだ!」
驚愕する皆に交じって、冷静さを取り戻したジャミルが一人で突っ込みをいれた。だが妹ならなおさら、何故ここにいるのだろう。ジャミルも完全に想定外の事態だったらしく、ナジュマに疑問を投げかけた。
「それより、どうしてお前がここに?」
「父さんから伝言を頼まれたの。結構探したんだからね。花火大会でみんなが座る招待席の場所が、変更になったんだって。私がメールしたでしょ?」
「ああ、それなら携帯に届いていたからもう読んだよ。返信だってしたろ?」
「なのに父さん「やっぱり直接言わなくちゃ心配だ」って言って聞かないの。で、仕方ないから渋々探しにきたってわけ」
不満そうにムッとした表情を浮かべるナジュマは、ジャミルによく似ている。特に目元はそっくりで、兄妹であるのがよくわかった。
「優しい妹がわざわざ来てやったんだからね!感謝してもバチは当たらないと思うけど?」
だからシャーワルマーは、その手数料ってことで。そうナジュマは締めくくった。
「父さんはあまりパソコンとかスマホに詳しくないからな……悪かったな、ありがとう。よし、これで要件は済んだろう。それじゃあさっさと家に戻れ。俺は今忙しいんだ」
なにやらジャミルは早くナジュマと別れたいらしく、手短に感謝を伝えるとすぐさま帰るよう促す。だがケイトは善意もしくは興味からか、ナジュマの同行を提案した。
「ねーねー、ナジュマちゃんもオレたちと一緒に観光しない?」
「ええっ?!!」
「だってジャミルくんはオレたちのアテンドで家に帰るのが遅くなっちゃうだろうし……ここでオレたちの買い物に付き合いながら、お兄ちゃんと積もる話でもしていけば?」
「そうだな、ジャミルと会うのも久しぶりだろう」
「私はOKですよ。なんか楽しそうだし!」
「駄目だ!俺はお前に構っている余裕なんてない!」
「は?ジャミルに構ってもらいたいなんて一言も言ってないんですけど」
「とにかく駄目なものは駄目だ!」
ナジュマはケイトの誘いを快諾するが、ジャミルはそれを必死に止める。攻防を続ける二人を横目に、マレウスはトレイに疑問を投げかけた。
「なぜバイパーはあんなに嫌がっているんだ?血の繋がった兄妹なのだろう?」
「家での様子を俺たちに見せるのが気恥ずかしいんじゃないかな?俺も弟妹がいるから、その気持ちはよーくわかる」
「そういうものか……?」
「あと、逆もあるよね~」
「逆?どういう事だダイヤモンド」
「オレだったら、姉ちゃんたちに友達と一緒にいるとこ見られるの、恥ずかしくてヤだな」
「なるほど」
マレウスはいまいちピンとは来ていないようだったが、血縁を持つものにしかわからない、羞恥や苦労があるのだろうと結論付けたらしい。未だに言い争っているジャミルに向き合うと、真っすぐに言葉を投げかける。
「バイパー、僕には妹や弟と言った存在が居ない。だからお前の気持ちは理解することが出来ないが……家族は大切にするものだ。なによりここまで足を運んでくれたことに対する、礼をせねばなるまい?」
「ぐっ……」
正論をぶつけられたジャミルは返答に詰まる。
「熱砂の国を良く知ってる可愛いガイドさんが一人増えたってことじゃん!ね、ちゃん?」
そう言ってケイトはにウインクすると、ははっとして手を叩いた。
「!私、女の子向けのお洋服とか、アクセサリーのお店に行きたかったの!もしよければ、教えてもらえないかしら?」
もちろんジャミルに頼めばきちんとしたお店を紹介してくれるだろう。だがせっかく地元民の、しかも年の近い女の子がいるのだ。あれこれ聞かない手はない。
「もちろんいいですよ!熱砂の国の女子に大人気のお店に連れていきます!」
「……わかりました、みなさんがそうおっしゃるなら……」
早速意気投合してあれこれと話しだすとナジュマの姿に、ジャミルは深い深いため息をついた。