ラクダバザールへと到着すると、まずその活気と賑わいに圧倒された。所せましと並んだテントと露店には山積みのフルーツや野菜、お土産物が並び、あちこちで人々の声が飛び交う。
「うわー!これこれ!オレの想像してた熱砂の国っぽい風景!」
 ケイトはスマホを取り出すと、角度や撮影方法を変えながら何枚も写真を撮っている。それに倣い、マレウスも同じようにカメラを構えた。
「これは……こうすればいいのか?」
「それじゃ近づきすぎ~!全体を撮影するときは、ピントの合わせ方を変えて……」
 ケイトにレクチャーを受けながら、なんとか写真を撮影するマレウス。しばらく格闘したのち、納得のいくものが出来たのか満足そうにその写真を見せてくる。
「これなら文句は言われまい?」
「……そ、そうね!マレウスらしくていい写真だと思うわ!」
「おいそれって…むぐっ!!」
 はとっさにグリムの口を押えた。
「個性的で……俺はいいと思うぞ」
「マレウスくんって、じわる写真撮るね~!でもリリアちゃんなら喜んでくれるよ!」
「じわる……?まあいい。それより、ここにはラクダが居ないんだな。先ほどから探しているが一頭も見当たらない。せっかくだからそれを写真おさめようと思っていたのだが」
 確かにその名を冠した場所ではあるにも関わらず、ラクダバザールには人ばかりが溢れかえっている。
「ああ、そのことですか。今はもうラクダは居ないんです。運河や陸路が発展するまでは、売り物や荷物を運ぶのにラクダが使われていました。そしてこの場所にかつてあったオアシスで、商人たちはラクダを休ませていたそうです。ですが今では交易や商売には船や車が使われていますので。ラクダが残っているのは、アジーム公園のような場所や、観光客向けのガイド施設のみに留まっています。ただ名前はそのまま使われ続けているので、ラクダバザールと呼ばれているんですよ」
「なるほど、名称一つとっても、歴史があるものだ」
 ジャミルの丁寧な説明に、マレウスは納得したように頷いた。
「定着した名前を無理に変える必要はないもんな」
「それにラクダバザールって名前、可愛くて親しみやすいもんね。観光地にピッタリ!」
「そういうものなのか?」
「そうそう!マレウスくんも茨の谷のどこかに、可愛らしい名前付けてみれば?」
 ケイトの提案に、マレウスはしばし思案する。そして導き出された答えは。
「がおがおドラコーンくん市場とかか?」
「………」
「……そ、それはやめた方がいいかも~」
 それを聞いた一同の表情が固まる。次いで、言い出しっぺとなってしまったケイトが控えめに意見を述べた。万が一その名称が正式採用されてしまった場合、茨の谷の住人に呪われる可能性もあり得る。
「ふっ、冗談だ」
 ケイトたちの苦虫を噛み潰したかの様子に、マレウスはにやりと笑ってそう付け加えた。
「そ、それより!ラクダバザールって凄く賑わってるみたいですけど、これは観光シーズンだからですか?」
 場の空気を変えようと、がジャミルに質問を投げかける。
「ラクダバザールはいつも人で溢れているが、今日の活気は凄まじいな」
「それは、ヤーサミーナ河花火大会があるから?」
「ああ。普段は地元民が野菜や魚などの生鮮食品を買いに来るが、もともと観光客向けのグルメの店も多いからな。今みたいな時期は特に混んでいるよ」
「ふな~っ!またそんな退屈な話ばっかりして!オレ様もう腹ペコで限界なんだぞ!今すぐなにか食わせろ!」
「もう!本当にグリムは食いしん坊なんだから!」
 食べ物の話しかしないグリムを窘める。だが先ほどからずっと歩き通しだし、小腹が減ってきたのは事実だ。
「まあまあちゃん。確かにちょっとお腹が空いてきたし、屋台もたくさんあるんだからなにか食べようよ」
「これ以上グリムを空腹のままにしていたら、観光どころじゃなさそうだしな」
 ケイトとトレイの仲介により、一度軽食を取る事で話がまとまった。だがいざとなると、あちこちから良い香りがしてきて目移りしてしまう。
「あ!オレ様はこのすっげーウマそうな匂いのするやつがいいんだゾ!」
「あそこの店先で回っている串焼肉の香りだな」
「ハッピービーンズデーの時にも食べたやつなんだゾ!」
「そういえばそうだったかも。確か、ジャミルくんがカリムくんにお弁当として用意したやつだっけ?」
 ケイトの言葉に、ジャミルは一瞬ゲッとした顔をした。だがそれを隠すと、にこやかに説明に入る。
「あれはシャーワルマー。一般的な言葉でいうとケバブですね。レストランでは皿に載せて野菜と一緒に食べますが、屋台ではバゲットに挟んだり、ラップサンドにしたりして食べるファーストフードです。余計な油を回し落とす分、見た目よりヘルシーですよ」
「言われてみれば、野菜たっぷりだから見た目より軽そうだね」
「これなら手軽に食べ歩きも出来ていいんじゃないかしら」
「説明はいいから早く食わせろ~!」
 限界を訴えているグリムに苦笑しつつ、各々食べたいトッピングをジャミルに伝える。ジャミルは複雑な注文を淀みなく店主に伝えると、店主は出来立てのシャーワルマーを用意してくれた。
「お待たせ!シャーワルマー七つだよ!」
「ありがとうございます。みなさん、一つずつ取ってください」
「いただきまーーーす!!」
 それぞれ希望の品を受け取ると、思い思いにシャーワルマーを頬張る。ピタパンから覗く熱々の羊肉が食欲を刺激し、独特の味のソースが後を引く。なにより焼き立てなのだ。美味しくないはずがない。
「うーん美味しー!ハラペーニョソースが良いアクセントになってるよ!」
「ファーストフードの食べ歩きは滅多にない体験だったが……悪くないな」
「全部入りなんて夢のようだゾ!」
「ほんと、すっごく美味しい!」
 皆の満足そうな様子を確認した後、ジャミルも自分のシャーワルマーを食べようと手を伸ばす。
「……あれ?おかしい。俺の分のシャーワルマーがないぞ」
「バイパーの分の注文が、通ってなかったのではないのか?」
「いいえ。確かに七個買って、受け取りました」
「それじゃあ……どこかの腹ペコモンスターが、勝手に食べちゃったとか!」
「なるほど、その可能性は大いになるな」
 一斉に視線を向けられ、食べるのに夢中になっていたグリムは驚いて顔をあげる。
「な、なんでみんなしてオレ様を見るんだゾ……?!オレ様がそんなことするわけねーだろ!」
「いやだって拾い食いの前科あるし」
「この前、デザート用に取っておいたケーキを勝手に食べちゃったこともあったわね」
 身内であるからも嫌疑の目を向けられたグリムは、大変遺憾と言った表情で言い返した。
「ジャミルから盗るより、屋台を襲って盗った方が簡単だしいっぱい食える!」
「絶対にやめろ」
 間髪入れずに阻止するジャミル。
「冗談だって。ごめんねグリちゃん。えーと、シャーワルマーを持ってるのは?」
「俺とケイト、マレウスだろ?」
 トレイが一人一人指さしながら、人数とシャーワルマーの数をカウントしていく。
「それからグリムに。それと……ん?」
「うん、まーまーイケるじゃん。今度から私もこのトッピングにしよーっと!」
「?!」
 本来なら居るはずのない八人目の存在に、トレイの指が止まる。
 そこに立っていたのは、褐色の肌をした謎の少女だった。