ジャミルの案内で街へとくり出した一行は、ヤーサミーナ河沿いの道を進む。すると、橋を過ぎたあたりでマレウスが足を止めた。
「ここはなんだ?」
開けた場所にはまるでひな壇のような石積みの座席が用意されており、大小様々なランプが設置してある。見晴らしのよさそうな高台には簡易的なテントもあり、その奥にはやぐらのようなものも設置されていた。
「ヤーサミーナ河花火大会のメイン会場です」
「まだ日が高いのに、結構人で賑わってるね」
ケイトの指摘した通り、花火大会の時間までまだあるにも関わらず辺りは人で溢れていた。中にお酒を持込み、もう宴会のようなものを始めている者もいる。
「絹の街の住人にとって、待ちに待った日ですから。早めに来て場所取りをしているんです」
集まっている人達の表情はみな明るく、花火大会を楽しみにしているのが良くわかる。よほど大切なお祭りなのだろう。
「どこの世界もやる事は一緒なんですね」
「が住んでいたところでも、花火大会があったの?」
「うん。大きいものだとこんな風に、見やすい場所を先に取る人が多かったよ」
人によってはその日に合わせて見晴らしの良いレストランを予約したり、浴衣を着て街を練り歩いたりする。行事を楽しむ姿を見ていると、どの世界でも人々の営みは変わらないのだと感じられた。
「おいおい、だったらオレ様達ものんびりしてないで、見る場所を取らなきゃならないんだゾ!」
「心配はいらない。ちゃんと人数分の招待席を確保してあるからな。まあ、グリムの分はペット枠なんだが」
意地悪そうに笑うジャミルに、グリムがムッとした顔をする。
「ふなー!まだそんなこと言ってるのか!それならお前の席をオレ様が奪っちまうんだゾ!」
「駄目だよグリム。ジャミル先輩は別の仕事があるんだから」
「ぐぬぬ……」
まだ納得のいかないグリムをなだめつつ、はジャミルに質問する。
「自分たちの座席はどの辺なんですか?」
「あの天蓋の掛かったスペースだ。個室型で暑さを凌げて快適に見ることが出来る」
「良かったねグリム。あそこなら御馳走を食べながら過ごしてても、問題なさそうだよ」
「な、なら許してやってもいいんだゾ……」
「明らかにほかの一般席とは格式が違うな。まるで高級ホテルのスイートルームだ」
トレイは驚きを含んだ目で招待席を眺める。簡易的とは言え仕切りもあり、プライバシーへの配慮もしっかりとしてある。
「あそこは、招待されて外国から来訪した著名人や芸能人も座る特別席ですから」
「観覧席を覆っている天蓋の緑色は、この国に来てから何度も見るな」
「あっちのテントは赤い布が貼られているみたいだ。何か違いはあるのか?」
「ピーコックグリーンは伝承の姫君が好んで身につけていた色だそうです。だから祭りの最中にはピーコックグリーンを基調とした織物で、街中が飾り付けられるんです。マレウス先輩たちが使っているヤーサミーナシルクも同じ色でしょう?赤いほうのテントは、やはり国民人気の高い伝説の砂漠の魔術師のイメージカラーです。これは年間を通して熱砂の国で見られる色ですね」
マレウス、トレイの指摘に、ジャミルはよどみなく説明を続ける。
「なるほど。時期によって街の装う色が変わるのは面白いな」
興味深そうに話を聞くマレウス。今回の旅行でもその土地の文化や風土が知りたいと言っていたし、他国の話は新鮮なようだ。
「先ほど言った姫君についてですが……ヤーサミーナ河花火大会は、とある伝承から生まれた祭りなんですよ」
そんなマレウスに、ジャミルはヤーサミーナ河花火大会の成り立ちを説明する。
昔、あるところに貧しくも心優しい青年が住んでいた。そんな青年がひょんなことから不思議なランプを手に入れる。ランプの中には魔人が閉じ込められており、青年は魔人と友情を育む。そして最終的には美しい姫と恋に落ち、身分の差を超えて永遠の愛を誓うのだ。最後は、ランプの魔人が愛を祝福するために無数の光の輪を打ち上げハッピーエンド。それが脈々と語り継がれ、今では青年と姫が結ばれたこと盛大に祝う行事となったのだという。
「みなさんの衣装に付いている白い花は、ジャスミンという名の花です。それは青年が姫君に送った花とされていて、この花火大会のシンボルとなっています」
「だから祭り用の衣装に装飾されているのか。造花ではなく生花だから、瑞々しく良い香りがするな」
「花火大会といい、ジャスミンの花といい、熱砂の国の人たちってロマンチックだよね」
「そうですね……この国では、様々な伝統や風習が大切にされています。例えば、ヤーサミーナ河花火大会を彩る最後の花火の打ち上げは、代々優れた職人にしか許されない、栄誉ある仕事なんだとか」
「わあ~ますますロマンある~!」
歴史や逸話を大事に引き継ぐ様はなんとも情熱的で、熱砂の国という名に相応しい。だが、ジャミルは更にこう続ける。
「ですが……熱砂の国の真の魅力は、常に最新をいく技術力にあると俺は思っています」
この国で最も尊ばれているグレート・セブンの一人である砂漠の魔術師は、その聡明さで素晴らしい機械をいくつも作りだした。それは人々の暮らしを豊かにするものはもちろん、中には人工的に雷を起こす装置もあったという。今の技術なら当然可能なものではあるが……当時の技術力からすれば、明らかなオーバーテクノロジーである。そんな砂漠の魔術師を尊敬した魔法士や技術者が集まり、いつしか熱砂の国では積極的に最先端技術の研究や運用がなされるようになった。それがこの国の人々の生活を、どんどん豊かにしていったのだ。
「伝統を重んじるだけではなく、新たなものを取り入れる柔軟さも忘れない。それは熱砂の国の美徳であり、胸を張るべき点だと思っています」
ジャミルは心なしか誇らしげな表情を浮かべている。その視線の先には、花火大会に向けて作業を進める技術者たちの姿が映っていた。
「確かに、熱砂の国に来てからは驚かされることばかりだ。伝統と革新と共に歩んだ、熱砂の国の豊かさ。この賑やかな花火大会は、その象徴ともいえるかもしれないな」
「なー、花火の話はもう十分聞いたんだゾ。いい加減腹が減って目が回ってきた……」
真面目な話を聞き飽きたのか、グリムが不満そうな声をあげる。
「わかったよ。それではラクダバザールへ行こう」
花火大会の会場を出た一行は、向かいにあるラクダバザールへと向かった。