車は市街地を過ぎ、緑の多い場所に差し掛かる。途中の公園に興味を示した一行は、車を降りて徒歩で移動することとなった。だが屋根のある遊歩道を歩いているとはいえ、ここは屋外。目的地へと到着する頃には、全身汗だくになっていた。噴水で水浴びをしたグリムの体もすっかり乾いている。
「ほら、オレの家が見えてきたぞ」
カリムに促され、たちはそちらに視線を向ける。そして、目の前に広がる光景に絶句した。
「学園のみんなが来てくれるなんて、うれしいなー!……あれ、どうしたみんな?黙り込んじゃって」
「……で……」
「で?」
「でっかいっ!!!」
まさに開いた口が塞がらない。目の前にあるこの広大過ぎる建物が、アジーム家の所有する邸宅とは。どう考えても城だ。
「アジーム公園にも驚いたけど、家も大きいのね……」
「オンボロ寮の一億倍はデッカくて、キラキラでスゲーんだゾ!」
「街の住人たちからは、アジーム御殿と呼ばれているからな」
「そりゃこんだけ大きけりゃね~!」
あまりの大きさに圧倒される面々だが、マレウスだけは違ったようで、整備された庭を興味深そうに眺めている。
「庭園を中心に、左右対称に造られているな。美しい建造物だ」
「庭師が毎日整備していますので。季節の花や緑を取り入れ、いつでも満開の状態を保っています」
白亜の御殿にマッチするように、草花が彩りよく植えられている様子は見ていて飽きない。公園もそうだったが……ここまで緑が青々と茂っている様子を見ていると、砂漠の真ん中にある街だという事を忘れてしまいそうだ。
「眩しすぎて、キラキラが盛れるフィルターがいらないレベルの豪邸だね~」
「スマホの画面に収まりきってないじゃないか。いくらなんでも広すぎないか?」
あっけにとられながらも、しっかりとその様子をカメラに収めるケイト。だがトレイの指摘通り、規模が大きすぎて全く画角が合っていない。
「カリムの父親は、この国の政治や経済でも重要な公務を担っているのですが……その内のいくつかは、このお屋敷で行われます。ここは私邸でありながら、政務や謁見、儀礼などを行う、公的な執務空間でもあるのです」
「なるほど、そう言われると納得できるな」
「それにしたってデカすぎなんだゾ……」
国に関する事柄を受け持つ場所としての機能も有しているのなら、この規模なのも頷ける。もはやこの邸宅は、熱砂の国の中枢を担う立派な国務機関なのだ。
「経済の発展によって、熱砂の国全体では近代的な高層ビルの建築も盛んです。しかし絹の街では、アジーム邸を中心に伝統的な様式の建築物が多く残っていますし、新たな建物を作る際にも伝統様式が推奨されます」
「なるほど……」
つまりはが居た世界でいう、世界遺産とその周辺の街のような関係なのだろう。熱砂の国の歴史を重んじた建造物は、確かに賢者の島のものよりもずっと時代の厚みを感じられた。
「そういやこの家、スカラビア寮に似てねーか?」
「言われてみれば確かに。お庭と同じく、建物も左右対称の作りになってるわ」
「あぁ、あそこも熱砂の国の建築様式で造られているからだろう」
「とーちゃんが、熱砂の国の建築士に頼んだって言ってたぜ」
「カリムが学園に編入した時、寮全体を改装したんだ。もちろん、支払いはアジーム家」
「どんだけ金持ちなんだ?!」
グリムの全力の突っ込みに、とはうんうんと首を縦に振る。たった数年住むだけの場所を一挙に改装してしまうなんて、アジーム家の財力おそるべし。そしてそれを許可した学園長も学園長だ。まぁこちらは支払いがアジーム家持ちとの話だったし、修繕費が浮いた程度にしか思っていないだろうが。
「あれには驚いたよな……当時は「一体あの新入生は何者なんだ」と噂になって大変だった」
「ほんとびっくりしたよね~」
その時の騒ぎを思い出したのか、トレイとケイトは顔を見合わせ苦笑する。
「あの寮の丸っこい屋根を見てると、オレ様はいっつも玉ねぎが食べたくなるんだゾ」
「へぇ、グリムは玉ねぎを食べても平気なのか?」
「ふな?なんでだ」
「猫は玉ねぎを食べられないというのは有名な話だ。だからペットだと偽るのに、玉ねぎ料理は提供しないよう伝えてあったんだが」
「オレ様を猫と一緒にすんな!!」
ジャミルに猫と言われたグリムは、肉球をジャミルの足に押し付けて抗議する。だがその光景はどう考えても猫がじゃれている様子にしか見えず、皆の笑いを誘った。
「あはは。建物を見て食べ物を思い浮かべるなんて、食いしん坊のグリちゃんらしいね」
「俺はずっと、カブみたいだなと思っていた」
「えっ!トレイくんも同じようなことを考えてたの?!」
トレイの告白に驚きを隠せないケイト。
「カリムの家の屋根は、でっかいカボチャに見えるんだゾ」
「トマトじゃないか?まだ成熟前の」
「僕にはピーマンに見えるな」
「私はピーマンよりもパプリカに見えるわ。だってずっしりしてるもの」
「自分は丸茄子」
「マレウスくんたちまで?!」
食べ物談義に発展していく様子を笑いながら、カリムは家の入口を指さす。
「そろそろ中に入ろうぜ!荷物を置いたら中を案内するからさ。ついでにみんな着替えて来いよ!」
「着替え?」
もしかして、また先ほどのように水に濡れてしまうような場所を通るのだろうか。
「実は、みんなに熱砂の国の伝統衣装を用意したんだ」
「えっ?!」
まさかの提案に、一同は目を丸くした。