光に包まれたあと、身体と意識が引っ張られるかのような感覚に襲われる。これは、鏡舎の鏡を通して寮へと移動するときの感覚に近い。つまり鏡に入るのは無事成功したのだろう。独特の浮遊感を感じながら進むと、急に視界が開けた。
「っ!!」
 眩しさに思わず目をつむる
 地に足をつけると、熱気を帯びた空気が肌を撫でた。スカラビア寮に似ているが…それ以上に熱くて、何よりこの活気溢れる喧騒が彼の寮ではない事を告げる。どうやら無事移動できたらしい。
「……やった!熱砂の国に来れた!」
 ぴょこぴょこと跳ね回りながら、は全身で喜びを表現する。
「上手くいったようだな」
 の後から鏡を潜ったマレウスは、その様子を見て安心したように微笑んだ。
「ええ!マレウスのお陰よ!本当にありがとう!」
「礼には及ばないさ」
「良かったね、
 先に到着していたたちも、一様にほっとした顔をしている。
「じゃあ早速行こうぜ!こっちがバザールで、あの運河が主要の水路になってて……」
 カリムとジャミルに道すがら街の案内をしてもらいながら、一行は目的地を目指す。途中でグリムが運河へと落ちるハプニングに見舞われたものの、何とか用意された車へと乗り込むことが出来た。
「車内は涼しいだろ?みんな、ゆっくりくつろいでくれ!」
「そう言われても……こんなVIP並みのもてなしをされると緊張してしまう。お抱えの護衛に守れながら超高級車で移動なんて、普通の学生ではありえないことだからな……」
 恐縮して縮こまるトレイ。こんな待遇を受けたことがある者など、それこそマレウスくらいしか居ないだろう。だがそのマレウスは、先ほどからどこか遠くを眺めた様子で黙り込んでいた。
「………」
「……マレウス?」
 珍しさからあれこれと車内を眺めていたは、そんな様子のマレウスに気づき声を掛ける。
「マレウス先輩、先ほどからずっと難しい顔をされていますが、どうかしましたか?……ハッ!まっ、まさかここまでのことで、何か気分を害されるような粗相がありましたか?!」
 ジャミルは旅行の同行が決まってから、何度目かわからない青ざめた表情を浮かべた。マレウスの不評を買うような事態は何が何でも避けなければいけない。そんな声まで聞こえてきそうだ。
「不機嫌……というより、ぼーっとしてないか?遠くを見てるぞ?」
「そういえば、車に乗ってからなにも言わないよね……もしかして車酔い?!」
 トレイ、ケイトの発言を聞いたカリムとジャミルは、慌ててマレウスに声を掛ける。
「だ、大丈夫かマレウス!?車を止めたほうがいいか!?」
「慌てるなカリム!こんな時のために、酔い止めの薬を用意してある!」
「袋もあるよツノ太郎!」
 あれこれと世話をやこうとする皆の様子に、マレウスはムッとした表情を浮かべた。そして一言。
「……騒がしい。僕が乗り物酔いなどするわけないだろう。車というものを、ゆっくりと堪能していただけだ」
「そ、そうですか……安心しました」
 どうやら心配は杞憂に終わったようで、一同はほっと胸をなでおろす。言われてみれば、普段から空を縦横無尽に飛び回れる相手なのだ。その心配は杞憂だろう。
「よく考えてみれば、マレウスくんが静かなのは、いつも通りだよね~」 
「早とちりか……やれやれ」
「んじゃツノ太郎はなにを見てたんだ?おもしろいもんでもあったのか?」
 静かなのは普段通りとして、なにか気になる場所でもあったのだろうか。
「外の景色を眺めていただけだ。なにせ、僕は車に乗るのが初めてだからな」
 マレウスの返答に、一同はまた驚きを隠せない声をあげる。まさかあのマレウス・ドラコニアが車初体験とは。
「茨の谷には、機械仕掛けのものはほとんどない。それに飛んだ方がよほど早いからな。わざわざ地を這う機械など使う必要は無いと思っていたが……乗ってみると広く快適だし、悪くない気分だ。これならば、お前たちがよく車を使うのも合点がいく」
「マレウスって車初めてだったのね。私も初めてだから気持ちはわかるわ。だってこの車、凄く便利なんだもの!」
 徒歩はもちろん、箒とも異なる速度で流れていく景色は見ていて飽きることはない。苛烈な日差しを避けられるし、冷房が効いた車内は天国のようだ。そのうえ冷蔵庫まであって、中には冷たいドリンクやお菓子が用意されている。
「正直、オンボロ寮より快適だと思うわ」
「確かに」
「俺様もそう思うんだゾ」
 の言葉に唸っている。グリムに至ってはもうここが自分の家だと言わんばかりに満喫しまくっているし、いかに普段の寮生活が過酷なものであるかが、一瞬垣間見えたような気がした。
「それなら目一杯堪能してくれ!ほら、お菓子ならもっとあるぞ!」
「飲み物も好きなものを選ぶといい」
「外を眺めるならこちらの方が見やすいぞ。席を変わってやるからこい」
「オレ様はこれが食べたいんだゾ!」
「ありがとうございます…?」
「え、ええ…?」
 そんなこんなで、車は無事アジーム公園へと辿り着いた。