花火大会が無事終わり、ジャミルは自分の家へと帰っていった。残った一行はカリムの家に宿泊することになっているため、再度アジーム御殿へ訪れた……のだが。
「やっぱりおっきー……」
「広すぎる……」
まず通されたのは、果てが見えない応接間だった。スカラビアの談話室を思わせる部屋には、至る所に装飾品が置いてある。一歩歩けば宝物に当たる、と言っても過言でないくらいだ。そこでカリムの両親から熱烈な歓迎を受け、そのまま夕食に誘われる。
だがそれはつまり、熱砂の国でもトップの財力を誇る富豪のディナーへの招待。一部の場慣れしている者を除き、一行は人生で初めての高級料理の食い倒れをすることとなった。その間今日の祭りでの出来事や、ナイトレイブンカレッジでの生活、カリムの普段の様子などを話し、解放されたのは夜もだいぶ更けた頃。観光での疲労に加え、超絶ド級のおもてなしを受けた心労を抱えた皆は早々にベッドに入る事となった。
しかし、そこで眠りにつけぬ者が一人。は落ち着かない様子でベッドから抜け出ると、ベランダに出て外を眺めた。
「綺麗……」
花火とはまた違う、人々の営みの光。祭りの今日は皆が宴を開いているせいもあり、どの店にも煌々と灯りが灯っている。これもまた、学園では絶対に拝めない光景だった。街並みはヤーサミーナ河に反射して、花火のようにも見える。それはとても幻想的な風景で、いつまでも眺めていたくなるような魅力があった。
「カリム先輩が絹の街が大好きな理由、ちょっとわかったかも」
「ああ、そうだな」
「っ?!」
独り言に言葉を返され、は急いで声がした方へ顔を向ける。だが、声の主はどこにも見当たらない。
「マレウス……?」
半ば確信を持って名前を呼ぶ。すると夜の空気を纏った影が、ベランダに舞い降りた。
「こんな時間にどうしたの?もしかして、マレウスも眠れない?」
「少し……眠るには勿体ない気がしてな」
影……もといマレウスはの隣に立つと、同じように街灯りを眺める。と同じく旅行が初めてのマレウスにとっても、今日の出来事はとても貴重な体験だったのだろう。
「マレウスあのね……私、今日とっても楽しかったわ。初めてこんなに遠くまで来て、みんなでいろんなものを食べて買って、思い出を共有して、笑って……オンボロ寮で一人ぼっちだった頃からは、考えられない出来事が沢山あったの」
視線は夜景に向けたまま、はぽつりぽつりと語りだす。
照りつける太陽の日差しの下を歩くのも、値下げ交渉しながら買い物をするのも、知らない人たちと一緒になって踊るのも。全てが初めての経験で、とにかく真新しかった。
「それはマレウスが私を見つけてくれて、連れ出してくれたこそ叶った奇跡なの。だから、私は貴方に心の底からお礼を言いたいわ」
そう言っては、マレウスを真っすぐに見つめる。
「ありがとうマレウス。こんなに楽しかったのは、貴方のお陰よ」
今日何度言ったかわからない言葉。その中でも一番の思いを込め、はマレウスに感謝を伝えた。
「こんなになんでも出来ちゃうなんて、まるで伝承のランプの魔人みたいね」
「なに?僕はあんなに真っ青な顔をしていないぞ」
「ふふっ、違うわ。見た目じゃなくて中身よ」
大真面目に答えるマレウスに、は思わず笑みを漏らす。
厳密には魔人ではなく妖精なのだが、今日の出来事を思い返すと共通項がある。凄い力を持っているけれど、自由に外界へ出る事が出来ない境遇も、親身になって助けてくれる優しさも。
それに伝承の中でランプの魔人は、青年の願いを三つ叶えていた。一つ目は、青年を王子様にする事。二つ目は、溺れた青年の命を助けたこと。それがにしてくれたことと重なるのだ。
「お姫様の服も用意してくれたし、水路に落ちちゃった時は助けてくれたでしょ?伝承と一緒じゃない?」
「なるほど。そういう理由なら納得できる」
の言葉に頷いた後、マレウスは少し思案する様子を見せた。次いで、面白そうに笑みを深める。
「ならばもう一つ、お前の願いを叶えるてやるべきだな」
「え?いいの?」
まさかそんな返事をもらえるとは思っていなかったは、きょとんとした顔をした。
「僕はお前のランプの魔人なのだろう?ならば、好きな願いを言うといい」
「好きな願い……」
いきなり好きな願いを、と言われても、そう簡単に思いつくものではない。それに今日はたくさんのものをもらってばかりなのだから、本来ならがマレウスに何かを返すべきだろう。そこまで考えて、の頭の中に一つの願いが浮かぶ。
「……私の、三つ目のお願いは……」
その願いをマレウスに伝えるべく、はゆっくりと口を開いた。