「私の、三つ目のお願いはね」
         そこでは一旦言葉を切ると、マレウスの両手に自分の手を添える。
        「マレウス、貴方に自由を」
        「!」
         伝承の青年がランプの魔人に願った三つ目の願いは、ランプに囚われていた魔人の自由だったそうだ。はそれをなぞってその言葉を告げたのだろう。
        だがさすがに予想外だったようで、マレウスは目を見開いたまま固まっている。そんなマレウスをじっと見つめながら、は願いの理由を語った。
        「私は、茨の谷の事情はわからないわ。だから見当違いの話かもしれない。でもね……貴方はもっと、自由にしていいと思うの」
         熱砂の国に来る前に話してくれた、茨の谷での話。普段は外に出れないというマレウスにとって、ナイトレイブンカレッジでの生活は掛け替えのない時間なのだろう。
        そしてその中でもこの旅は、更に貴重な体験に他ならない。もしかしたら、外の世界に触れることなく一生を茨の谷で過ごす未来があったのかもしれないマレウスにとって、この瞬間は奇跡なのだ。
         そしてそれはも同じ。だからこそ、は自分に自由を与えてくれたマレウスに、もっと自由になって欲しかった。
        「貴方はいつか、茨の谷の王様になるんでしょう?それなら、今までの慣習を変えるのも貴方次第なのよ?もちろん、守ってきたものには理由がある筈だし、我儘で変えるのは良くないわ。でも、もっと自由になる事は決して我儘じゃないと思うの」
         かつてヒトと争いを繰り広げたいう妖精が、ヒトに歩み寄ろうとしている。そう変化しつつある世界を広げるのは、決して悪いことではないのだ。
         それに、昼間カリムと話していた宴の件もある。今は呪いのせいで招待を受けられなくても、いつか自由になれば。の告げた自由には、その呪いに対する願いも込められていた。
        「それにね、マレウスには、貴方の事を信じて、貴方の事を思って旅行に送り出してくれたリリア先輩たちが居るでしょう?
        そんな優しい人たちが傍に居るんだもの。王様がたまに旅行することくらい、許してくれると思わない?」
        「……その中に、お前は居ないのか?」
         今まで黙っていたマレウスが、疑問を投げかける。
        「………」
         は何も言わず、寂しそうに微笑んだ。
         だって、この奇跡はいつまで続くのかわからないのだ。そんな状況で傍に居るなんて無責任な事は言いたくない。だからは言葉を飲み込んだ。
         だがマレウスはの表情から察したようで、の手を引くとそのまま自身の腕の中に抱き留める。
        「!」
        「お前は知らなかっただろうが……お前のお陰で、僕は今回旅行を許されたんだ」
        「えっ…?」
         リリアが腹痛で同行が無理だとわかった時、本来ならマレウスの参加も取りやめになるところだった。だがリリアがこう言ってくれたのだ。
        『お主一人なら止めたが、今回はもついて行くんじゃろ?ならきっと大丈夫じゃ。存分に楽しんでこい』
         もちろんアジーム家の招待だから、という前提はある。だがそれでも不安要素の残る旅行が許されたのは、が居たからなのだ。マレウスがもしはぐれてしまっても、なら必ず見つけてくれる。そう信頼して、リリアはマレウスを送り出してくれたのだった。
        「実際、お前は僕を見失わなかったしな」
        「でも助けてもらってばかりだったわ」
        「それは僕がしたくてやったことだ。それに、ハプニングは旅の醍醐味だとリリアも言っていたぞ?」
        「でも……」
         なおも言い募るの頬に手を添え、マレウスは穏やかに微笑む。
        「お前と一緒だったからこそ、僕は自由になれたんだ。だから、感謝するのは僕の方だ。ありがとう、」
         はまだ何か言いたげな表情をしたが、その後諦めたように頷いた。
        「なら、私からももう一度お礼を言わせて。私だって、貴方にたくさん助けてもらったもの」
         服だけじゃない。魔法の鏡を通る時にくれた指輪も、掛けてくれた言葉の数々も。その全があったからこそ、は今ここに居るのだ。
        「マレウスありがとう」
         それからしばらくの間、マレウスとは並んで夜景を眺めた。祭りの興奮が冷めやらぬ絹の街は、まだまだ眠らない。
        「……」
        「なあに?」
        「いつか、本当に自由に旅が出来るようになったら。その時は、また一緒に来てくれるか?」
        「はい、喜んで」
         その美しい光を目に焼き付けて、熱砂の国の旅行は幕を閉じた。