辺りはすっかり暗くなり、装飾用に掲げられている蝋燭の灯りが周囲を淡く照らし出す。打ち上げ花火の開始を待ちながら、たちは星が瞬く空を眺めていた。
「どうだ、絹の街は楽しいところだったろ?」
 カリムの問いに、ジャミル以外の全員が頷く。
「うん!たった一日のことだったけど、エモい体験ばっかりだった!マジカメ映えする写真もいっぱい撮れたし!」
「旅をするのがこんなに自由で素晴らしいことだとは知らなかった。リリアには礼を言わなくてはな」
「私も!学園の外に出て知った素敵なことが、たくさんあったわ!」
「ウマいものたっくさん食って、腹いっぱいになんだゾ!こんなんなら毎日旅行がイイ~」
「伝統衣装が着られたことも、いい思い出になったよ」
「本当に、楽しかったです」
 各々の感想に、カリムは嬉しそうに耳を傾ける。その様子からは、大好きな熱砂の国を、そして愛すべき故郷である絹の街を満喫してもらえたことが、何より嬉しいのだと伝わってきた。
 すると、大きな音と共に夜空に大輪の花が咲く。どうやら花火大会が始まったらしい。
「こんなに大きな花火を見たのは初めてだ!」
「手を伸ばせば、花火に届きそうなほどの迫力だな」
 花火は間近に迫るくらいに大きく、音と勢いに圧倒されそうになる。
「上を見てるだけじゃもったいないぜ!花火の下で楽しく踊るのが、ヤーサミーナ河花火大会の醍醐味なんだ!」
「姫と青年の結婚を祝福して、人々が躍ったのが始まりなんです。せっかくの機会ですし、みなさんも踊って二人を祝福してみては?」
 周囲を見回すと、早速踊りだしている集団がちらほらと見受けられる。老若男女問わず手を取り踊る様は、熱砂の国の人々の人柄を表すかのようだ。
「この国の伝統文化だと言うのなら、僕も参加させてもらおう。ほら、も来い」
「でも私、あんまり踊りは上手じゃないわよ?」
「これは姫を祝福する踊りなんだ。主役が躍らなくてどうする」
「……それもそうね。目一杯踊らせてもらうわ」
 主役、という言い回しには少し照れた表情を浮かべたが、マレウスに差し伸べられた手を掴んで立ち上がった。
「踊りってのは気持ちがこもってればいいんだぜ!ほら!とグリムも来いよ!」
「わかりました」
「オレ様のキレッキレの踊りを魅せてやるんだゾ!」
 カリムの誘いを受け、たち踊りだす。
「カメラは録画モードにしてセットして…っと!これで完璧!」
「おいおい、まさか踊りの様子も撮るのか?」
「当たり前でしょ!だって最高の思い出になるじゃん!」
「まあ、確かにそうだな」
 それにケイトとトレイも加わり、一同はどこからともなく聞こえてきた音楽に合わせてステップを踏む。花火の光と、伝統楽器が奏でる音色が合わさり、会場の熱は最高潮になった。
「……そろそろだな」
 それを眺めながら、ジャミルは待機して仕掛け花火のタイミングを待つ。大役を任された重圧からか、その表情は相変わらず硬いままだ。だがなんとしても成功させるという、熱意も同時に伝わってくる。暫くしてカウントダウン代わりの花火が空を彩ると、ジャミルは合図用の手持ち花火を掲げて空へと光を解き放った。
 ジャミルの打ち上げた光の球に合わせて、仕掛け花火が次々に打ち上げられていく。全部で百発もあるというその大掛かりな仕掛け花火は、ヤーサミーナ河を埋め尽くすかのような光の滝を作り出した。
「はあ……どうだ?合図はうまくいったか?」
 ジャミルが不安そうに辺りを見回すと、一拍置いて盛大な拍手が巻き起こる。
「すごい!なんて大きな花火!」
「こんなロマンチックな花火大会はじめて!」
 花火を称賛する声に、ジャミルはほっと胸をなでおろした。
「みんな盛り上がってるみたいだし、無事に役目は果たせたらしいな。よかった……本当に……」
 重責から解放された反動で、ジャミルの全身から力が抜ける。だがしゃがみこむ直前、後ろからの衝撃にジャミルは襲われた。
「おわっ!!」
「ジャミルー!さいっこうだったぜ!オレたちが子供の頃から見てた、ヤーサミーナ河花火大会だ!」
「無事大仕事をやり遂げたな。圧巻の光景だったよ」
「見事だったぞ、バイパー」
「ありがとうございます」
 ジャミルはカリムを引き離しつつ、トレイ、マレウスに感謝を伝える。
「合図を送るのはちょっと緊張したんじゃないか?大丈夫だったか?」
「ふん。そんなわけないだろう。この程度朝飯前だ」
 先ほどまでの気の抜けた様子はどこへやら。カリムの問いかけにいつもの様子で答えると、ジャミルは不敵に笑って見せた。
 仕掛け花火が打ち上げ終わると、花火大会はラストスパートに向けてその勢いを増していく。
「伝承の名に相応しい、見事な光の輪だな。魔法ではなく、機械仕掛けで制御されていると聞いたときは驚いたが……それもまた、熱砂の国らしさなのだろうな」
「オレ様、こんなにでっけー花火は初めてだ!しっぽがビリビリしてすごいんだゾ!」
「体中に花火の音が響いて、一緒に爆ぜてるみたい……!」
 まるで魔法のように空を彩る花火は、一瞬たりとも同じ色で輝きはしない。その特別な瞬間を目に焼き付けつけるように、皆は花火を眺めた。
「みんなが楽しめたのは、ジャミルのお陰だな!」
「そんなことないさ。だが……こんな晴れやかな気持ちで、ヤーサミーナ河の花火を見上げたのは初めてだ。そういう意味では、楽しい祭りだったな」
 カリムの言葉をジャミルは否定しつつ、最後は清々しい顔で頷く。
「うん、めちゃくちゃ楽しかった!だから来年もみんなで花火を見よう!」
「は?!」
 まさかの提案に、ジャミルの表情が一気に曇る。終わり良ければ全て良しとはよく言ったものだが、ここに至るまでの苦労はその比ではないのだ。そんな気軽に決行されてたまるか。そんな気持ちを込めてジャミルはカリムを睨むが、カリムはその意図には全く気付いていないようだ。
「だって、祭りはみんなで楽しむもんだろ?なっ!みんな!」
「そうだな。とても楽しかったし、また読んでもらえるなら嬉しいよ」
「おう!絶対誘えよジャミル!オレ様この祭りが気に入ったんだゾ!」
「オレも大歓迎♪いい写真もたくさん撮れたしね」
「この国のことをもっと知りたいしな」
「私も。もっと伝承のことを教えてもらいたいです!」
「自分も」
「ほら、みんなこう言ってるぜ!」
 ジャミルの胸中など露知らず。カリムの誘いに、皆は笑顔でそう返した。
「冗談じゃない……今日一日俺がどれだけ大変だったか……っ!!」
 言い終わらないうちに、ジャミルの声は花火の音でかき消される。どうやらクライマックスの花火が打ちあがるタイミングらしい。打ちあがる花火の間隔が次第に狭まり、空には数えきれないくらいの大輪が咲き乱れる。
「綺麗ね……」
「ああ、とても綺麗だ」
「本当に、今年の花火は特別に……」
 皆は言葉も忘れて、次々に打ちあがる花火を見つめる。
「……カリム」
「ん?」
 ぽそり、と。その光景を眺めながら、ジャミルが呟く。
「……みんなで見るのも、悪くないかもな」
 この花火がこんなにも胸に響くのは、今日まで積み上げたたくさんの苦労があったからこそだ。だからと言って、決してまた同じ苦労をしたいわけではない……だが、こんなにも綺麗な花火が見れるのなら。来年も、このメンバーで花火を見るのは悪くない。
「ああ!約束だぜ!」
 そんな気持ちを込めた言葉に、カリムは花火のように笑って答えた。