スリ騒ぎを無事収束させた一行は、花火大会の会場へと向かう。
「夕焼けで空が真っ赤だな」
「こんなに綺麗な夕日、見たことないかも……!」
夕日は砂漠の果てに沈む直前で、まるで燃えるような街並みは言葉にならないくらいに美しい。陽が落ちたお陰で暑さも収まり、吹き抜ける風は柔らかい。これなら快適に花火を鑑賞出来るだろう。
「あっ、ジューススタンド発見!どんなドリンク売ってるのかな?」
「見たことない色合いの飲み物だな」
スマホを四方八方に向けていたケイトは、画面に映り込んだドリンクスタンドに興味を示す。街中に溢れていた色と同じピーコックグリーンのドリンクは、見ているだけでも涼しげな印象を受けた。
「あれはミントレモネード。レモン果汁に砂糖、ミントの葉をミキサーで混ぜたジュースです」
「熱砂の国じゃ定番の飲み物なんだけど、この祭りの最中はいつも以上に売れるんだ!」
ミントレモネードに興味を示すケイトたちに、熱砂の国出身の二人が説明する。色合いも相まって、花火大会には欠かせない飲み物なのだそうだ。
「花火大会ならではのドリンクか。ぜひ飲んでみたい」
「オレ様も飲んでみたいんだゾ!」
「では人数分買ってきますね。、、運ぶのを手伝ってもらえるか?」
「はい」
「わかりました」
飲み物が全員に行き渡ると、すかさずケイトが声を掛ける。
「こういう時はみんなで乾杯しない?」
「乾杯?何かめでたいことでもあったのか?」
理由がわからないマレウスは、コップを持ったまま首を傾げた。
「みんなで花火大会を見られる!最高におめでたいじゃん?」
「そうそう!せっかくの祭りなんだし、みんなで乾杯しようぜ!」
「カリムくんさっすが~!わかってるね!」
ケイトの言葉にカリムも賛同する。シルキーメロンの時は記念撮影を断られてしまったが、せっかくの機会なのだ。思い出をたくさん作るに越したことはない。
「なるほど、一理あるな」
「それじゃあみんな!ミントレモネードで……!」
ケイトが高らかにコップを掲げると、皆は円になってコップを寄せる。
「かんぱーーーい!!!」
コップが触れる音に合わせて、中の氷もカラリと揺れる。そのままミントレモネードを流し込めば、清涼感の溢れる香りが口いっぱいに広がった。レモンの酸味に交じって、蜂蜜と胡椒が味を際立たせる。
「くぅ~!このミントレモネード、口がスーッとしてメチャクチャウマい!!」
「本当に、スッキリして飲みやすい!」
「気に入ってもらえてよかったぜ。ところでみんな、今日の買い物はどうだった?」
カリムは途中参加だったから、道中何があったかを詳しく知らない。ナジュマに会ったことや、様々な料理を食べたこと、それにたくさんのお土産を購入できた話をすると、心の底から嬉しそうに笑った。
「そうか!いい買い物が出来たなら嬉しいぜ。とーちゃんにもちゃんと伝えておかないとな!」
観光客のもてなしを考える辺りは、さすが商人の家系と言うべきだろうか。熱心に話を聞く様は、将来の姿を想像させた。
「いたいた!おーいジャミルくん!」
「お?花火師のおっちゃんだ。なんかあったのかな?」
花火を設置してある広場から、先ほどの花火師が駆け寄ってくる。もしかして、USBメモリに不具合でもあったのだろうか。ジャミルは最悪の事態を想像し、ゾッとした顔をする。
「ジャミルくん、さっきは本当にありがとう」
「いえ、別にたいしたことは……」
不安を押し隠しつつ、ジャミルはにこやかに答える。だが口角は引きつっているし、明らかに表情が硬い。これ以上問題を抱えたくないのが伝わってくるかのようだ。
「何かお礼がしたいと考えてな。花火師のみなにも相談して、キミに大会の目玉である仕掛け花火の打ち上げ合図をお願いしに来たんじゃ」
「えっ、仕掛け花火?」
予想外の言葉に、ジャミルの表情は別の意味で固まる。
「おいおっちゃん、それってまさかヤーサミーナ河花火大会で最も重要な……」
ジャミルの代わりに答えたカリムの言葉に、花火師は大きく頷く。
「そう、ラストの大玉百連発のことじゃ!」
打ち上げはコンピュータ制御で行われる現代でも、美しい花火の価値は変わらない。その中でも一番の見せ場である仕掛け花火を打ち上げる事は、ヤーサミーナ河花火大会の中で最大の名誉と言われている。その大役をジャミルに任せたいのだという。
花火師から説明を聞いたジャミルは相変わらず固まったままだったが、はっと意識を取り戻すと慌てて言葉を返す。
「ま、待ってください!そんな大役を引き受けるわけにはいきません!そういうことは使用人の俺ではなく、主催者であるアジーム家の次期当主、カリムが相応しい!」
カリムを差し置いてそんな役目を引き受けることなど言語道断だと、ジャミルは頑なに拒む。だがそんな姿を一笑すると、カリムはジャミルの肩を叩いた。
「アッハハハ!なに言ってるんだよ!めちゃくちゃ大事なことだからこそ、今日一番頑張ったジャミルにピッタリなんじゃないか!」
スリ騒ぎだけではない。先ほどカリムが聞いていた街での出来事には、あちこちにジャミルへの感謝の言葉が入っていた。それは一日中気を遣い、皆が楽しめるよう誠心誠意働いてくれたジャミルの頑張りに他ならない。そんな彼の晴れ舞台を横から攫うような真似など誰が出来よう。そんなカリムの言葉に、その場に居る誰もが賛同する。
「………ここまで言ってもらって、断るのはおかしいよな。その名誉ある打ち上げ……俺が引き受けさせてもらいます。ドッカーーーン!と、派手に決めますよ!」
ジャミルはしばし悩んだ後、吹っ切れたような顔で答えた。