マレウスは意味深な言葉と共に、に紙袋を手渡す。
「これを着ると良い」
「………?」
この紙袋は先ほどの織物屋のものだ。となると、中に入っているのはさっき買っていたジャーニーシャツだろうか。一抹の不安を覚えつつ、が中身を取り出すと……そこに入っていた服は、いい意味で予想を裏切ってくれた。
「これって…!」
織物屋から勧められた、伝承の姫の衣装。まさか買っていたとは。
「でも、どうして?」
「お前が興味を示していたのが気になってな。自ら望んで着ることは無いと言っていたが……贈り物としてなら受け取るだろう?」
さすがに、こんなに早く渡すことになるとは思っていなかったがな。そうマレウスは付け足す。
確か値段もお姫様仕様のかなり高価なものだった気がするが、この場でそれを指摘するのは野暮だろう。ありがたく受け取っておくのが正解だと解釈し、はマレウスに感謝を伝える。
「ありがとう……凄く、嬉しいわ」
「マレウスくんやっるー!」
「さすがだな」
「後は着替える場所だな。どこか借りるか?」
カリムが使えそうな場所をきょろきょろと探すと、路地の奥からジャミルと警官たちがやって来た。どうやら泥棒を制圧した後、警察にも連絡していたらしい。
「それなら、我々の署をお使いください」
「いいんですか?」
「はい。泥棒逮捕に貢献してくださったのですから、それくらいお安い御用です。この先にありますので、皆さんついてきてください」
警官の申し出を有難く受け入れ、たちは一旦警察署へと向かう。そして泥棒確保の顛末をジャミル達が警官に伝えている間に、は着替えを済ませた。
「お、お待たせしました…!」
恥ずかしそうな顔で部屋から出てくる。先ほど着ていた服よりも露出が多いせいか、耳まで真っ赤に染まっている。
「凄い可愛い~!」
「マレウスもピッタリの服を選べるのか……」
早速カメラを取り出し、撮影するケイト。一方、トレイは今朝の出来事を思い出していた。だがそれ以上考えるのはやはり不毛であると判断し、結局口をつぐむ。
「良く似合っている」
「ありがとうマレウス。貴方のお陰で、凄く素敵な思い出が出来たわ」
マレウスが満足そうに微笑めば、は先ほど以上に真っ赤になって礼を述べる。カリムが用意してくれた衣装も十分素敵で不満などなかったが、これは憧れのお姫様の衣装で、なおかつマレウスが贈ってくれたもの。特別の中の特別を与えてもらえたことに、は胸がいっぱいになった。
「せっかくだし、髪も伸ばしてみたらどうだ?」
「髪も?」
カリムの提案に、は首を傾げる。
「伝承によると、姫君は豊かな黒髪を熱砂の国伝統の編み方で結ってたらしい。だからこの時期に姫の衣装をまとう者は皆、髪型も合わせてアレンジすることが多いんだ」
ジャミルはカリムの言葉を補うと、警察署の向かいにある魔法薬の店を指差した。
「だが、そう簡単に髪型までは弄れないだろう?だから観光客向けに、短時間だけ髪を伸ばせる魔法薬が売っているんだよ」
「って元の姿はもっと髪が長いだろ?それなら、そこまで真似した方がいいかと思ってさ!」
「確かに、なりきるなら完璧にしたほうがアガるよね~!」
「でも、魔法薬だったらそれなりの値段がするんじゃないか?」
「それなら大丈夫です!」
はしたり顔で財布を取り出す。お土産をたくさん買ってそこそこ使い込んでしまったが、まだ布を換金した時のお金が残っているのだ。こういう時こそ、この資金を使うべきだろう。
「薬なんかよりオレ様のお菓子を買うんだゾー!」
「駄目。グリムはもう十分買ったでしょ。それにあんまり食べ過ぎるとお腹壊すよ?」
「ぐぬぬ……」
「でも余ったお金は、貯金すべきじゃない?そこまでしなくたって十分よ」
ただでさえオンボロ寮は資金難なのだ。今回の旅費だって、とが必死に集めた貯金をはたいている。だとしたら、どう考えても今後の為に残しておくべきなのだが。
「あぶく銭は身に付かないっていうから。思い出にしちゃった方が良いよ」
「……」
「よし!じゃあ決まりだな!早速買ってこようぜ」
「どうせなら完璧なお姫様にしよう!」
「おー!」
たちの勢いのまま、の身は魔法薬によってほぼゴーストの姿と同じ、少女のような見た目になった。後はジャミルに髪を整えてもらい、の姿は伝承の姫のそれに変わる。
「今度こそ、本当にお姫様だね!」
自らの事のように笑う。
「そうね。みたいじゃなくて、本物のお姫様だわ」
それに釣られ、は満面の笑みで答えた。