泥棒を捕まえるべく、ジャミルはザハブ市場の地図を広げながら作戦を説明する。
「泥棒はまず、盗んだものを品定めをするはずです。そのままたくさんの物を持ち歩いてはかさばりますし、足が付きやすい」
貴金属やスマホなど、目に見えて換金性の高い品を選んで盗んでいる様子はあったが、スリの実行犯は猿。当然その中には、不要なものも混ざってくる。
「ですから盗んだものを一度品定めするために、人気のない場所を選ぶ」
ジャミルが地図を指した場所は、入り組んでいる裏路地だ。大通りから少し離れているが、身軽な猿なら直線距離で移動できる。そう考えた場合、合流しやすいのはこの辺りだろう。
「でもそのまま突撃しても、また逃げられちゃわない?相手はプロの犯罪者だよ?」
ケイトの問いに、ジャミルは首を横に振った。
「その点は問題無いです。だってここには凄腕の魔法士たちがいますから」
「凄腕の魔法士……って、もしかしてオレ様のことか?!」
「この路地から繋がる通路に、先輩方にはそれぞれ立ってもらいます。そうすれば泥棒は袋のネズミ。もし突破しようとしても、魔法で対処して頂ければ問題ないかと」
グリムの言葉を流しつつ、ジャミルは説明を続ける。
「幸いにも、人間が通れる路地は全員で抑えられる数です。この作戦でどうでしょう?」
もし万が一猿だけ逃げてしまっても、主犯は人間だ。今回は最悪USBメモリさえ回収出来ればいいのだから、十分に実行する価値のある作戦だと言えよう。
「なるほど。俺は賛成だ」
「先ほど逃げられてしまった分、しっかりと灸を据えてやらねばな」
「オレ様を馬鹿にしたこと、後悔させてやるんだゾ!」
「バシッと捕まえて、最高の花火大会にしようぜ!」
ジャミルの案が無事採用され、一行は泥棒が潜伏しているであろう裏路地へと向かった。
ところ変わって、ザハブ市場の中心から少し外れた裏路地。ジャミルの予想通り、泥棒は実行犯の猿が戻ってくるのを待っていた。
「ウキキッ!」
「よし、ちゃんと盗んでこれたようだな」
立ち並ぶ民家の間を縫ってこちらに向かってくる猿を迎え入れ、泥棒は早速物色を開始する。
「今回は大収穫だな。さすが年に一度の花火大会だ!」
猿が運んできた袋に入っているのは、ブレスレットや腕時計などの貴金属に、髪留め、財布…中には最新式のスマホまである。その中に小さなUSBメモリを見つけ、泥棒は首を傾げた。
「なんだこれ?わざわざこんなもの持ち歩いてるなんて、妙な観光客もいたもんだ。これ自体に価値はないが……中のデータ次第だな。一体何が入ってるのか」
「それは花火大会に欠かせない大事なものだ。返してもらおうか」
「っ?!」
不意に聞こえてきた声に驚きを隠せない泥棒。慌てて声のする方に顔を向けると、そこには見知らぬ少年の姿があった。
「猿を操ってスリをさせるとは、大道芸人にしか出来ない芸当だな。だが、貴様のくだらない悪巧みはここまでだ」
「何者だ、アンタは!」
泥棒の問いかけに少年…ジャミルは悠然と笑う。
「面倒事が嫌いな、ただの従者だ」
じりじりと距離を詰めれば、泥棒は慌てて別の路地へと走り出す。
「こんなところで捕まってたまるか!」
細い路地が入り組むこの土地は、泥棒にとっては庭も同然だ。路地の繋がりは当然熟知しているし、抜け道もわかる。そんな自分が捕まるわけがないと泥棒は高を括って進むが、その先にはよくわからないモンスターの姿があった。
「ここは通さないんだゾ!」
思わず後ずさり、別の道に入る。大丈夫、この道じゃなくたって抜け道はある。泥棒は頭の中で脱出経路を整理しつつ、次の抜け道へと進んでいく。だがその先にも、また別の道にも、待ち受けていたのは仲間と思しき少年たちの姿。中にはツノのある人物までおり、泥棒は圧倒されそうになった。
そうこうしているうちに、ジャミルが泥棒を追い詰める。
「この街を熟知しているのはお前だけじゃない。裏道を使おうが、水路を小舟で移動しようが、巻かれたりはしないさ。逃げおおせられると思うなよ」
「くっ……!こうなったら、力づくで逃げ切るだけだ!」
泥棒はなりふり構わずジャミルに拳を振りかぶる。だがそれはぶつかる直前、あっさりと避けられてしまった。勢いのままよろける泥棒を受け流し、ジャミルは泥棒の腕を掴んで逆方向に捻る。
「いだだだだ!は、放せ!骨が折れる!!」
「この落とし前……高くつくぞ。こっちは先輩のエスコートに観光案内、面倒なこと全部こなしてきたんだ!スリごときにこれまでの苦労を水の泡にされてたまるか!!」
明らかに私怨の入った脅し文句と共に、ジャミルは捻る力を強くする。
「畜生!このまま捕まると思うな!お前だけでも逃げろ!!」
「キキッ!!」
猿は泥棒から盗品の入った袋を受け取ると、勢いよく飛び出した。そしてが待機していた路地に真っすぐ進み、正面突破しようとする。
「おい!そっちに行ったぞ!!」
「絶対逃がさないんだから!」
は猿に向けてマジカルペンをかざすと、魔力を集約させて見えない壁を作った。それに勢いよくぶつかった猿は、そのまま脳震盪を起こして倒れこむ。だが猿が持っていた袋はそのまま吹き飛び、へと直撃した。
「っ!!」
衝撃を受け流す間もなく、後ろに倒れこむ。だが背後にあるのは不幸にも水路。このまま受け身を取ろうとすれば、袋が水の中に落ちてしまうかもしれない。は咄嗟に袋を道の方へと放り投げると、そのまま水路へと落ちていった。
「大丈夫!?」
「!!!」
慌てて駆け寄るとマレウス。は手を伸ばして引っ張り上げようとするが、水路までの距離が思いのほか遠くて手が届かない。
「どいていろ」
マレウスは魔法での身体を浮き上がらせると、そのまま路地へと連れ戻した。
「大丈夫か?怪我は?」
「濡れちゃっただけで、どこも怪我してないわ」
心配そうに身体に触れ、の無事を確認するマレウス。だがの言う通り怪我がないとわかると、濡れるのも構わずの身体を抱きしめた。
「マレウス……?」
「良かった……お前が無事で、本当に」
「……心配かけちゃってごめんなさい。助けてくれてありがとう」
そこに、別の路地を守っていたカリムたちも合流する。
「おい大丈夫だったか?!」
「ちゃん怪我とかしてない?!」
「大丈夫です。それよりも荷物は無事ですか?壊れてないと良いんですけど……」
咄嗟の事とは言え、貴重品の入った袋を投げてしまったのだ。中身に何かあったら本末転倒である。
「問題ない。USBメモリもばっちり中に入ってる」
トレイが袋の中身を確認すると、はほっと胸をなでおろした。
「良かった…!」
「それよりも、お前はその格好をどうにかすべきだ」
「そういえば」
マレウスに指摘され、ははっと顔をあげる。借り物の衣装を水浸しにしてしまうなんて、どう弁明したものか。
「ごめんなさいカリム先輩。せっかく素敵な衣装を貸してくださったのに」
「全然大丈夫だよ、気にすんなって!」
しょんぼりと落ち込むに、カリムはあっけらかんと答える。
「だけど、そのままにするわけにもいかないしな……」
「オレ様だってそのままにしてたら乾いたんだし、大丈夫じゃねーのか?」
「いやそれはさすがに……それに、は女の子だし」
グリムは普段から着の身着のままで動いているからこそ許されたのだ。だが、はそうはいかないだろう。
「さっきはまだ陽が高い時間だったけど、砂漠の夜は冷えるからあまりオススメはしないなー。マレウスの魔法でなんとかならないのか?」
確かにマレウスなら、服を乾かす魔法も使えるかもしれない。が期待を込めた目でマレウスを見つめると、マレウスは意味ありげな表情でこう言った。
「魔法より、もっといいものがある」