夜になり、学園内の人々が寝静まった頃。幻想的な光と共に、マレウスがオンボロ寮へ赴いたのはつい先ほどの事。恒例になっている夜の語らいの話題は、急遽決まった熱砂の国への旅行で持ち切りだった。
「それでね、招待客の席は六人までなのに、私たち合わせたら結局七人になっちゃって」
熱砂の国へと招待されたのは、とグリムとのオンボロ寮三人組。そしてリリアとケイトと、それぞれの友人の合計七人だった。だがこれでは一人だけ観客席に入れなくなってしまう。
「アジームらしいな。招待するのに夢中で、人数の事を失念していたのだろう」
「私たちもジャミル先輩に言われてから気づいたの。いつもとグリムは二人で一人扱いだから、それでうっかりしちゃった」
「なるほど」
マレウスは相槌を打ちながら、興味深そうに尋ねる。
「なら、誰か一人は枠から溢れてしまったのだろう?結局どうなったんだ?」
「実はね……グリムをペット枠として入れることになったの」
普段から猫やタヌキと称されているのなら、ペット枠で入れるのはどうかと提案したのはだ。もちろん苦肉の策とはいえ、ペットとして参加するのは不当な扱いだとグリムはかなり不満げだった。だが観客席に入ってしまえばもう人数など気にする必要はないし(座席が足りない場合はがグリムを膝に抱えるという事になった)、その分美味しい料理を提供するという条件で話がついたのだ。
「ペットが嫌ならぬいぐるみでってが言った時のグリムの表情ね、本当に面白かったの!きょとんとした顔が本物のぬいぐるみみたいで。マレウスにも見せたかったわ」
その時のことを思い出したのか、は面白そうに笑った。
「そういえば……リリア先輩も一緒に来ることは決まったけど、誰が行くことになったのかマレウスは知ってる?」
の問いかけに、今度はマレウスが楽しそうな表情で答える。
「いや、僕は聞いていない。直前までのお楽しみだと、はぐらかされてしまった」
「そうなのね。もしマレウスに決まったら、一緒に行けるかもしれないって思ったんだけど……」
「どうしてもと言うのなら、リリアに頼んでみるが」
「ううん、大丈夫。それはリリア先輩とマレウスが決めることでしょう?」
さすがに個人的な希望で同行者を決めてしまうのは失礼だろう。当然マレウスにだって用事はあるし、なにより彼は茨の谷の次期王。例えお目付け役であるリリアが一緒にいたとしても、おいそれと旅行が出来ない立場なのだ。なにより普段から出歩けないと本人が言っていたのだし、あまり期待するような事を言うのは失礼にあたるだろう。
「でも、リリア先輩がいなくなったら寂しいんじゃない?その分セベクがあれこれ世話をやきそうだけど」
「あれは旅が好きだからな。居ないのには慣れている」
「そうなの?」
「あぁ。それより、お前の方こそ大丈夫なのか?熱砂の国は賢者の島より遥か遠方にある土地だぞ」
「………」
不安に思っていた事を見事に言い当てられ、は黙り込む。
同行を許可されたとは言え、問題なく行けるかどうかは当日になってみないとわからない。とも話したが、いかんせん前例がないのだ。
「実は……ちょっと心配で。前にアトランティカ記念博物館に行けなかった時よりはずっと魔力も上がったんだから大丈夫!って、言えればいいんだけど……」
こればかりはぶっつけ本番で試すしか方法がない。に出来ることと言ったら、当日までによく励み、少しでも魔力を高めることくらいだろう。
「で、でも!まだ行けないって決まったわけじゃないから!マレウスは行ける事を祈ってて。もし行けたらいっぱいお土産買ってくるし、逆に駄目だったら……出来るだけ遊びに来てくれると嬉しいわ」
だってまた一人ぼっちになっちゃうもの。そう笑顔で取り繕う。
「残念ながら、僕にも予定があってな。アジーム達の帰省中は、此処に来ることは難しいだろう」
「えっそうなの?」
マレウスの予想外の言葉に、はきょとんとした顔をする。もしかして、リリアが居ない期間はディアソムニア寮からは出るなと言われているのだろうか。
「少し用事が入ってしまってな」
「そう、なのね……」
それならとグリムが居ないときは、本当に一人になってしまう。もちろんもともとオンボロ寮に住んでいるゴースト達は一緒に居てくれるだろうが、寂しいことには変わりない。
しょんぼりと肩を落とすに、マレウスは優しく声を掛ける。
「そう寂しそうな顔をするな。お前が危惧している事が起こらないよう、僕が特別なまじないを施してやる」
「おまじない?」
「あぁ。詳しくはまだ話せないが……当日を楽しみにしていると良い」
「わかったわ」
もしかして、お見送りにでも来てくれるのだろうか。は疑問を抱えたまま、ひとまず素直に頷いた。