陽が落ち始めたザハブ市場は、辺り一面が綺麗なオレンジ色に染まっている。リリアや同寮の生徒へのお土産の他に、各々目当て品を買い終え一息ついた頃。向かいからやってきた初老の男性がカリムに声を掛けた。
「おお、カリム様ではありませんか!」
「あっ、おっちゃん久しぶり!」
カリムは手を挙げて男性を迎え入れる。どうやら彼も知り合いらしい。さすが熱砂の国の大富豪の息子である。
「みんな、このおっちゃんが、大会で打ち上げる花火を作ってる花火師たちの棟梁なんだ!ものすごい技術を持った職人の中での職人で、この人がいないと花火が上がらないんだぜ!」
「祭りの目玉とも言える花火は、毎年凄く話題になるんです」
カリムとジャミルに紹介された男性は、嬉しそうに微笑む。その顔には確かな自信が浮かんでおり、紹介通り一流の職人であることが感じられた。
「去年はランプやスカラベの形をした変わったやつもあって、すっげー面白かったんだよな!今年はどんな花火で驚かせてくれるんだ?」
「それは打ちあがってからのお楽しみ。今年はさらに大きい物も用意しましたぞ。アジーム家からとにかくド派手にとオーダーされたからのう」
話の内容から察するに、豪華絢爛になるのは間違いないようだ。カリムだけでなく、アジーム家は盛大な催し物が好みらしい。それは今まで見てきた街の様子からも良く分かった。アジーム公園や御殿だけでなく、ラクダバザールやザハブ市場、それに連なる周囲の装いに至るまで、とにかく祭りを楽しもうとする人々の熱意を感じるのだ。きっとクライマックスの花火も、同じく熱い思いの込もったものになるに違いない。
「ほんと、今から打ち上げが楽しみだなー!」
「ああ、是非楽しみに……ん?」
花火師は慌ただしくポケットを叩いたり、中身を確認してあたふたとしている。
「どうしたんだおっちゃん?」
「な、ない!大事なアレが!アレが無いと花火が打ち上げられん!」
「ええっ?!」
「花火が…?!いったい何が無くなったんですか?!」
大慌てで周囲を見回す花火師。しかし持ち歩いてうっかり失くしてしまうほど小さいなんて、いったい何をなくしてしまったのか。
「USBメモリじゃ!」
「USBメモリ?」
「あのUSBには、花火を打ち上げるためのプログラムデータが入っとる!」
「えっ?!あの花火、コンピュータで打ち上げを制御してるんですか?!」
「思ってた職人さんのイメージと違う!」
ジャミル、ケイトの言葉に一同頷く。打ち上げ花火と言えば、熟練の職人が一つ一つ手作業で点火していくものといった印象が強いせいだ。
「もちろん気候に合わせた職人の技術は必要じゃが……花火大会は年々複雑になっておる。一秒の誤差も許されない世界なんじゃ。テクノロジーは欠かせないに決まっておるじゃろう」
「………」
確かに、今まで見てきた熱砂の国の様子を考えれば納得である。伝統を重んじつつ、最新の技術を取り入れる。打ち上げ花火は、まさにその最たるものなのだろう。
「USBがないと、今日の花火大会をすることは不可能じゃ…!」
「えーっ?!マズいぜそれは!!!」
「置いてきたとか?」
「歩いてるときに、落としちゃったのかしら?……あれ?なんか変じゃない?」
皆が困惑する中、周囲がざわめきに包まれる。
「私のお財布がない」
「俺のブレスレットが無くなってる!」
「私も!さっき買ったばかりなのに!」
花火師と同じく、その場にいる多くの観光客が無くなったものを探しだす。その波はあっという間に広がり、ちょっとした騒ぎになっていた。
「どうやら近くにスリがいるみたいだな。しかも凄腕の……っ!、危ない!」
「うわっ?!」
ジャミルがを引き寄せると、先ほどまでが立っていた場所を小さな影が横切る。
「ウキキー!」
それは先ほど大道芸人たちが集まっている場所で、演技を披露していた猿だった。
「あっ!あいつ、オレ様の事を馬鹿にしやがったやつなんだゾ!」
「おい逃げたぞ!」
猿は機敏な動きでその場を離れると、そのまま別の観光客から装飾品を奪って逃走する。その手際はあまりに見事で、相当の手練れである事がわかった。
「どうやらあの猿が盗みを働いていた犯人のようだな。楽しい旅行を台無しにされてはかなわない。僕が魔法で行く手を阻んでやろう」
マレウスが手を掲げると、その場にどんどん魔力が集約されていく。
「ちょっと待ってマレウスくん!もしここで魔法を使って一般の人が怪我でもしたら問題になっちゃうよ!」
慌ててそれを止めるケイト。マレウスの魔法の強大さは、その場にいる全員が知っている。そしてその魔法は大きすぎる故に制御が難しいことも。そんなものがこの場で放たれでもしたら、本当に国際問題になりかねない。
「ふむ……ではどうする?」
「あの猿は相当すばしっこいぞ。俺たちでは追いつけるかどうか……」
魔力を霧散させたマレウスに皆が胸をなでおろしたが、トレイの指摘通り、このまま犯人を逃すわけにもいかない。
「……大丈夫です。あの手の悪党の考えることなど、俺にはお見通しですから……俺たちに盗みを働いたことを、後悔させてやりますよ」
そう言って、ジャミルは不敵に笑った。