ランプ交渉が成功に終わり、おまけの布を換金した後。なぜか楽器でなくお菓子を大量に買ってきたカリム、ケイトと合流した一行は、更なるお土産を探しザハブ市場を散策する。
「マレウスはリリア先輩へ、何をお土産にするつもりなの?」
「ペナントを買うつもりだ」
「ペナント?」
 耳慣れない言葉に首を傾げる。熱砂の国の伝統的な品だろうか。疑問符を浮かべるに、マレウスは説明を続ける。
「観光名所などが刺繍されている、細長い三角旗だ。リリアからよく貰うから、それを買うつもりが見つからなくてな。織物の盛んな土地ならあると思ったんだが……」
「ペナントが定番商品だったのはかなり昔のことだよ。今時どの店でも置いてないと思うな」
 横で二人の会話を聞いていた織物屋の店主が、さらりと口を挟んだ。確かになかなか聞かない商品名だったし、今はメジャーでないのだろう。
「それは残念だ……」
 明らかにショックを受けたであろうマレウスは、しょんぼりと肩を落とす。
「織物……では、これはどうでしょう?」
 そんな様子を見兼ねてか、ジャミルはマレウスに派手な柄のシャツを手渡す。ビタミンカラーに鮮やかなプリントがされているそれは、夏の日差しに良く似合っていた。
「華やかなデザインのシャツだな。この「束縛から解き放たれし者が纏う自由の衣」と言う文句も気になる」
 シャツに興味を示すマレウスに、ジャミルはデザインの由来を語る。
「これはジャーニーシャツと言って、ランプの魔人が旅をする際に着た服だと言い伝えられています」
 ランプの魔人は、伝承でも重要な立ち位置の存在である。それがランプから解き放たれて旅立った際、身に着けていたものがこれなのだという。やたらと目を引くド派手なデザインは、旅行に対する楽しい気持ちや高揚感を表している。ランプの魔人の言い伝えやその珍しいデザイン性から、今は観光客への定番の土産物になっているのだ。
「旅行好きのランプの魔人愛用のシャツか。確かに、表情豊かで快活なリリアに似合いそうだ。このシャツを買わせてもらおう」
「まいどあり!お客さん、今は花火大会キャンペーン中だからもう一枚無料でプレゼントするよ!君も是非このシャツを着てくれ!」
「なに?」
 まさかの展開に、きょとんとした顔のまま固まるマレウス。それはその場にいた皆も同じで、シャツとマレウスを交互に見ながら経過を見守る。普段のマレウスからは、この服を着る姿は全く想像できない。
「……それが旅の醍醐味と言うのなら、着てみよう」
 たっぷりと悩んだ後、マレウスはシャツを受け取った。
「ええーーーっ!?」
「このド派手なシャツをマレウスが着るのか…?!」
「大丈夫?!罰ゲームでもやらされてるって思われない?」
「学園長のアロハシャツといい勝負になりそうだ」
 皆口々に好き勝手なことを言ったせいか、マレウスはムッとした表情を浮かべる。
「なんだ。僕には似合わないと言うのか?」
「似合う似合わない以前の問題でしょ!」
 思わず突っ込みを入れるケイト。普段着が黒基調のものばかりだと言っていたし、このようなデザインを着ているマレウスは珍しいどころの話じゃない。だがマレウス自身は未だに納得できていないようで、機嫌が戻る気配はない。
「えーっと……似合うかどうかなら、こっちの方が似合うと思うわ!」
 機嫌を直そうと、は隣に飾ってある豪華な衣装を指差す。白を基調としたその服は、至る所に豪華な刺繍が施されていた。
「ああ、それは伝承の青年が王子に変装するときに着た、王子の衣装のレプリカだよ」
 店員がジャーニーシャツを包みながら話に加わる。貧しい青年ははじめ、姫に近づくために身分を偽る必要があった。その際ランプの魔人に出してもらった衣装をもとにして作ったのが、この王子の衣装らしい。
「王子か。確かに、マレウスならこっちの方がしっくりくるな」
「マレウスくんは偽る事なく、れっきとした王族だけどね~」
「いつもは黒しか着ないって言ってたけど、これも似合うと思うぜ!」
「ふむ、確かに普段は着ないデザインのものだな」
 上手く気を逸らせたようで、マレウスは王子の衣装に興味を示す。
「兄ちゃん試着してみるかい?姫君の衣装もあるから、なんだったらそこのお嬢さんも一緒に!」
「えっ?私?」
 まさか自分にまで話題を振られるとは思ってなかったのか、今度はが目をぱちくりとさせる。
 織物屋が持ってきたのは、伝統のピーコックグリーンを基調とした熱砂の国らしいデザインのドレスだ。丁寧な刺繍の他に、至る所に細かい宝石も縫い付けられているそれは一目で特別なものだとわかった。
「……お姫様のドレスは、私にはきっと似合わないわ」
 織物屋の言葉に、はゆっくりと首を振る。
「そんなことないと思うよ?」
「ううん。私は、お姫様にはなれないもの」
 はそれを否定するが、は困ったように笑うだけだ。
 本物の王族であるマレウスとは違い、は出生不明のゴースト。それがお姫様だなんて、身分不相応にもほどがある。
「それに、今の服だってお姫様みたいでしょ?私はこれで十分よ」
「そっか……」
「そろそろ次の店に行くんだゾー!オレ様まだ買い足りないからな!」
 話の途中で、またもや飽きてしまったグリムが口を挟む。確かにこのままここで長居をしていたら、お土産が買い終わらなくなってしまう。
「トレイ先輩はリリア先輩へのお土産がまだでしたね。何か希望はありますか?」
「俺はトマトジュースを買うつもりだよ」
「それでしたら……」
 ジャミルがトレイの希望に合わせ次に向かう店をピックアップしていく。
「おーい、ツノ太郎も早く行くんだゾ」
「ああ、今行く」
 織物屋と話し込んでいたマレウスが最後に店を出て、一行はザハブ市場の散策を続けた。