ジャミルの案内で、カリム、ケイトを除いた一行は土産屋をめぐる。
「オレ様たちは、あっちを見てくるんだゾ!」
「まだ買うつもりなの?」
「当ったり前なんだゾ!」
意気揚々と店に突撃するグリムを追いかける。そのあとを追いかけるに、ジャミルは声を掛ける。
「、グリムをしっかり見張っててくれよ」
「善処します……」
日頃の行動を見ていると、いつ問題を起こすかはわからない。ここはしっかりしなければ、とが気を引き締めた。グリムとが向かったのは、少し離れたところにある雑貨屋だ。
「いっぱいランプがあるんだゾ!」
「ほんと、いろいろあるのね。あ!このランプ、リリア先輩のお土産にいいかも!」
が手に取ったのは、蝙蝠の装飾が施されたガラスのランプだ。小さいから場所も取らないし、熱砂の国らしいデザインでお土産にはピッタリだろう。
「はどう思う?」
「リリア先輩も気に入ってくれるんじゃないかな」
「じゃあ決まり!私、これを買ってくるわね」
はランプを手に取ると、店の奥へと向かう。
「それよりオレ様はもっとカッコいいランプがいいんだゾ!」
店頭に並んでいるランプをあれこれ物色するグリム。だが望みのものは見つからなかったようで、不満そうな表情を浮かべた。
「グリムのイメージするカッコいいランプってどんなもの?」
「大魔法士に相応しいランプなんだゾ!」
「そんなランプあるのかなぁ……」
抽象的なイメージしかないのもそうだが、大魔法士が持つランプとはまた難題だ。はグリムと一緒に頭を抱える。すると、店の外から別の露天商が声を掛けてきた。
「サラーム、サラームお客様。大魔法士のランプをお探しなら当店へ!特別な品をご用意してありますよ」
「特別なランプ?!」
グリムはその言葉に飛びつくと、急いで店を出る。連れて行かれたのは向かいにある露店だ。
「本日の目玉商品は、古の時代より伝わる魔法のランプ!」
「魔法のランプってなんだか凄そうなんだゾ!」
露天商はもったいぶってランプを取り出す。だがそれはやたら古めかしいデザインの、錆付いたランプだった。どう頑張っても凄いランプには見えない。
「なんだそれ、全然カッコよくないんだゾ」
「お待たせ~…あれ?グリムも何か買うの?」
「ほう、古いランプか」
買い物を終えたとマレウスも合流し、露天商の路上販売に加わる。露天商は聴衆が増えたことに気を良くしたのか、高らかにランプを掲げながら説明を続けた。
「これは持ち主のどんな願いも三つ叶えてくれる、霊験あらたかな品物です」
「どんな願いも?!」
「はいもちろん」
「このランプがあれば、大魔法士になって、毎日腹いっぱい美味いモンを食べて、とにかくめちゃくちゃハッピーになれるってことか?!」
「そうですとも!」
グリムの妄想に、露天商はにこにこしながら相槌を打つ。
一方、マレウスは冷静にそのランプを観察していた。
「その店主の文句が本当なら、な」
それほどの力を持ったものならすぐにマレウスが気づくはずだし、こんな場所に売り出されているとも考えにくい。となるとこれは。
「マレウスはあのランプが偽物だって思うの?」
露天商に聞こえないよう、はマレウスに耳打ちする。
「ああ。僕が見た限りでは、普通のランプに見えるな。だがあの喜びようは見ていて愉快だ。もう少し観察しているのも悪くない」
マレウスはにやりと笑うと、露天商の口車に乗せられているグリムを眺める。どうやら素直に助けてやる気はないらしい。
「もう!マレウスも意地悪なんだから」
だがここでそれが偽物だと指摘し辛いのも事実だ。だがどう言及すべきかとが頭を捻っている間にも、グリムは露天商の話にどんどん引き込まれていく。
「聞けば海を渡った先の遠い島から絹の街にお越しくださったとか!ならば私もその誠意に答えましょう!こちらの品、本当は十万マドルは下らない逸品ですが……今回は特別に、五万マドルでお譲りいたします!」
「よし!買うんだゾ!」
「待てグリム。簡単に決めるんじゃない」
購入を決める寸前、ジャミルがグリムを制止する。どうやら帰りが遅いのを心配して探しに来てくれたらしい。
「仮にそれが本当に願いの叶う魔法のランプだったとしたら、伝説級の代物だ。そんな金額で売りに出すはずがない」
実際にそのランプがあったとしたら、それこそ国宝扱いで丁重に保管されているに違いない。魔法の絨毯のような例外はあれど、それだってもともとはカリムの家の宝物庫に入っていたのだ。そう考えると、明らかに露天商の話は怪しい。
「でもこのランプ、かなり古そうだゾ」
「それはエイジング加工されて年季が入っているように見えるだけだ。レプリカのランプを観光客に高く売りつける、常套手段だよ」
「いやいやお客様!言いがかりをつけられては困ります!艶のある被毛に立派な尻尾……この高貴なお客様が偽物を見抜けないはずがありません!」
「いや、それはどうだろう」
思わず突っ込みを入れる。その言葉に、もうんうんと頷く。
「はあ……生憎俺は観光客じゃないんでね。絹の街のお作法には詳しいんだ。そのランプの価値はせいぜい五千~一万マドルが良いところだろう。相場を知らないタヌキ相手にしても、さすがに吹っ掛けすぎじゃないか?」
「おい、オレ様タヌキじゃないんだゾ!」
グリムは自分がけなされたことに対して腹を立てるが、それよりも注目すべきはジャミルの見立てだ。その言葉が確かなのなら、相当なカモ認定されていたことになる。が露天商の方を見やると、露天商は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「チッ!このあたりじゃ見ない顔だし、いい服を着ているから金を持った観光客かと思ったら地元民が混じってやがったのか。それじゃ商売あがったりだ!」
先ほどまでの愛想はどこへやら。露天商は素顔をあらわにすると、いそいそと店を畳み始めた。
「ふなっ?!ってことはそのランプ、ジャミルの言う通り偽物だったのか?!」
「そういうことだ。熱砂の国はしたたかな人間ばかり。油断していると財布がすっからかんになるぞ」
「確かに……」
はジャミルたちとはぐれた際、マレウスとカリムがやたら店員に絡まれていた光景を思い出す。金を持っている、しかも無知な相手だと知られてしまった時の彼らの行動力は凄まじい。あのまま二人を放置すれば、もしかしたら今のグリムのようになっていたかもしれない。
「残念なんだゾ……めちゃくちゃカッコいいランプなのに……」
しょんぼりと肩を落とすグリムは、普段よりも一回り小さく見える。食べ物以外にグリムがこれほど興味を持つものもなかなか珍しい。ジャミルも同じことを思ったのか、しばらく考え込んだのち、荷物をまとめる露天商に声を掛けた。
「仕方ない。旅の記念とするなら悪くない品だし、もう少し安ければ買ってもいいんじゃないか?」
「お兄さん!意外と話がわかるじゃないですか!」
ジャミルの言葉を受け、露天商はすぐに商売モードに切り替わる。
「仰る通り、旅の記念に買うのはうってつけ。お部屋に飾れば誰からも褒められること確実です。それに、ずっと大事にしていれば、いつしか本当に魔法の力が宿る……かもしれません。大まけにまけて、こちらは一万マドルでお譲りしましょう」
「はあ……接客中に寝言なんてよしてくれ。こっちは偽物と知ったうえで買ってやろうと言っているんだ。あんたも誠意を見せてくれないと困る」
露天商と値段交渉をしながら、確実に値段を下げていくジャミル。その交渉術の巧みさを、皆は感心しながら眺める。
「ほう……熱砂の国で賢い買い物をするにはああすればいいのか」
「慣れたものだな。まだまだ土産物は買うし、勉強させてもらうとしよう」
「でも、自分には無理な気がする」
「私も。いざって時はジャミル先輩にお願いした方が安心かも」
交渉は白熱し、ついには七千マドルにまで値切る事が出来た。しかもランプを包む布のおまけ付き。更には、その布は換金すればランプ代なんて笑えるくらいに価値のあるものだというではないか。手痛い出費になる筈だったのに、いきなり大金が舞い込んできたグリムは大はしゃぎだ。
「さすがジャミルなんだゾ!」
「ほんと、凄かったです」
「熱砂の国の人間はしたたかだって話をしたろう?俺も例外じゃないってことだ」
大絶賛するグリムたちに、ジャミルは一仕事を終えたようなスッキリした表情で笑った。