ザハブとは熱砂の国の言葉で、黄金を意味する。黄金でさえ手に入れられる市場の名の通り、ここには高級品を多く取りそろえた店が多い。他にもインテリアや絹織物など、ラクダバザールとはまた違った店が多く軒を連ねていた。
「皆さんには買い物を楽しんでいただきたいのですが、貴重品の管理はしっかりとしてください。高級品を買いに来るお客の財布を狙って、スリを行う不届き者もいますので」
「迷子の他にも、気をつけなきゃいけないことはいっぱいあるね」
「財布の管理もきちんとしないと…」
 そう言ってはグリムの後を追う。あれを放置していたら、あっという間に財布が空になってしまうだろう。
「グリム、勝手に行っちゃ駄目だよ」
「なあ!あっちで面白そうなことやってるんだぞ!」
 グリムが指さす方に視線を向けると、道端に人だかりが見えた。中央では、大道芸人がジャグリングやパントマイムを披露している。
「あの辺りは大道芸人たちがパフォーマンスをするスペースになっているんだ」
「猿がボールに乗ってお手玉してるんだゾ!」
「随分賢くて器用な猿だ。隣に居る人が飼い主なのかな?」
「かわいい~!」
 ケイトはスマホを取り出すと、猿を写真に収める。ほかの観客たちもみなスマホを構え、時にはチップを渡して盛り上がっていた。
「僕らが演奏していた時の人だかりは、大道芸人と勘違いされたせいだったのか」
「あの時渡されたお金はチップだったのね」
 迷子になった時の出来事を思い出し、マレウスとは顔を見合わせる。悪目立ちしてしまったかと思ったが……このような光景が日常的なら、そこまで不自然ではなかったのだろう。だから少女も素直に受け入れてくれたのか。
「なんだ?もしかしてたちも迷子の時にやってたのか?オレ様にも見せるんだゾ!」
「えぇ?!今ここでやるの?」
 グリムの突然の振りに困惑する
「とーぜんだ。オマエはオレ様の子分だろ?」
「違います!!あのね、あの時は仕方なく歌ったの。それにマレウスが楽器でサポートしてくれたから上手くいったのよ」
 あの時はやむを得なかったが、同じことをやったら今度こそこの場に居る全員を眠らせかねない。そうなったら財布を奪われるどころか、身ぐるみを剥がされる可能性すらある。
「なんと厚かましいモンスターがいたものだ。猿の方がよほど礼儀正しいかもしれないな」
「なにー!ツノ太郎のくせい生意気なんだゾ!」
「ウキキ!」
 グリムたちのやり取りを見ていたのか、猿がグリムを煽るかのように鳴いた。
「あの猿オレ様のことを笑ったゾ!馬鹿にしやがって!」
「あちこちに喧嘩を売らないの」
 憤慨するグリムを手慣れた動作で回収する
「マレウスくん、楽器演奏したってマジ?オレも聞きたかった~!」
 ケイトは先ほどの話題で上がった楽器が気になったようだ。軽音部員として興味があるのだろう。
「ああ、あそこに置いてあるものに似た楽器だったな」
「あれはカマンチェって言う、熱砂の国の伝統的な楽器だぜ!」
「楽器店なら少し離れたところにありますよ。案内しましょうか?」
「あ!だったらリリアにも買ってやろうぜ!」
「それいいねー!」
 リリアの来訪は叶わなかったが、お土産を買っていけば少しは旅行気分を味わってもらえるかもしれない。
「急にお腹が痛くなったなんて、きっとすごく残念だったろうしね」
「ああ、とても口惜しそうだった」
 旅行好きで昔から一人で外国に行く機会の多かったリリアは、その度にマレウスへ珍しいお土産を買ってきてくれた。それは茨の谷から出られないマレウスにとって新鮮で、土産話を聞くことはいつも楽しみだったそうだ。
「一緒に来れなかったのは残念だが……その分、僕が体験したことを伝えようと思っている。それに土産も渡すつもりだ。今までの礼だな」
「いいアイデアだね、ツノ太郎」
「そう言ってくれるか。ならば是非、お前たちの意見も聞かせて欲しい」
「もちろん!素敵なお土産を見つけましょ!」
 観光に来れなかった分、せめてお土産で観光気分を味わってもらいたい。それは皆も同じで、一緒にリリアへのお土産を探すことになった。
「よし、じゃあオレたちはひとまず楽器店に行こうぜ。ジャミルはほかのみんなを案内してやってくれ」
「わかった。でも気をつけろよ。なにかあったらすぐに連絡してくれ。ケイト先輩、よろしくお願いします」
「観光客なのに、地元の人をよろしく頼まれちゃった……でもおオッケー!カリムくんと離れないようにするね♪」
 一旦別れ、カリムとケイトは楽器店へと向かう。残ったたちは、ジャミルと別の店を回る事になった。