少女からお礼のアクセサリーを受け取り別れた後。
 今度こそジャミル達に連絡をしようとがスマホを取り出すと、またもや邪魔が入った。
「あれ、マレウスとじゃないか!おーい!」
 まばらになった人だかりの間を縫って、こちらへ向かって来たのはカリムだ。
「カリム先輩!挨拶回りはもういいんですか?」
「ああ。少し早めに終わったから、一緒にバザールを回ろうと思ってきたんだ。ところでジャミルたちはどこ行ったんだ?」
「それが、観光の途中でいなくなってしまったんだ」
「一応グリムには少し離れるって声を掛けたんですけど、上手く伝わらなかったみたいで」
「そっかー。まあ、ジャミルならすぐに見つけてくれると思うから大丈夫だよ。連絡して急かすのもなんだし、合流できるまでは三人で買い物を楽しもうぜ!」
 確かにジャミルなら、このような場合も想定してなにかしらの準備をしているに違いない。だが、それならなおさら先に連絡をして、その心配を解消させてあげるべきではないのだろうか。
 はそう言いかけたが、その言葉は露店主の声かけによって遮られてしまう。
「やぁ、そこのお兄さんたち!観光客だね。ちょっとウチの商品を見てってよ」
「マレウス、あっちに行ってみようぜ!」
「これはコブラを模したブレスレットか」
 露店主の説明に、カリムとマレウスは興味津々で耳を傾けている。これは何を言っても聞いてくれなさそうだ。
「……カリム先輩もいるんだから、いざとなったら帰れるわけだし……大丈夫よね、きっと」
 それにジャミルには大変申し訳ないが、だって目一杯観光したいのだ。地元民が同行している時点で迷子ではないと無理矢理納得し、はマレウス達の買い物に加わろうとした……のだが。
「絹織物のランチョンマットはいかが?」
「ウチのサンドアートはどうだい?名前を入れることも出来るぜ!」
「このガラスペンは花火大会の限定品だよ!」
 二人はいつの間にか様々な店の人間に取り囲まれてしまっていた。
「えっ?!これどうなってるの?!!」
 たった数瞬目を離した隙に何故こうなるのか。あれこれと商品を持ち寄る店員たちのギラギラとした目に、さすがのカリムも少し困った顔をしている。
「わかんないけど、なんか急にみんな商品を勧めだしたんだ!」
「こんなに一度に寄ってこられても困るな。話が出来ない」
「ひとまずここを離れましょう!」
 なんとか人混みを潜り抜け、開けた場所へと出る。さすがに店を放り出してまで追いかけては来ないようで、三人はほっと息を吐いた。
「はぁ……なんであんなにたくさん人がいたんですか?」
 が離れていたのは本当に少しの間だったはずだ。一体その間に何をしたのだろうか。
「特に何もしていないぞ。勧められた商品を購入していただけだ。こんなに気軽に声を掛けられるのは、珍しい体験だったからな」
「本当は全部買うつもりだったんだけどな~。さすがにあんなになるとは思わなかった」
「………」
 二人の回答に黙り込む。そんなことしてたらあれこれ売りつけられるのは、いくら無知なだってわかる。だが目の前にいるのは世界に名を馳せる大富豪の息子と、茨の谷の王族。金銭感覚が違うのは、ここに来るまでに散々見せつけられてきた。
「えっと……もうちょっと、厳選して買いましょう?確かにたくさん買うのもいいけれど、あれこれ悩んで買うのもお土産の醍醐味だって聞いたわ」
「それもそうだな」
 どうやら納得してくれたらしい。はほっと胸をなでおろした。
「よし!じゃあ今度はマレウスが行きたいところに連れてくぜ!」
 カリムの言葉に、マレウスはしばし思案する。
「なら、この街の成り立ちや人々の生活に触れて、もっと熱砂の国について知れるところがいい」
「熱砂の国について?」
「ああ」
 かつて砂漠地帯だったこの土地は、人間の手によって拓かれ今のような活気に満ちた。それは何代にも渡って継承された文化を重んじ、文明を発展させたこの国の人たちの努力によるものだ。マレウスは、それを学べる場所に連れて行って欲しいのだという。
「それなら骨董市はどうだ?」
 そう言ってカリムが向かったのは、観光客向けのお土産が並んでいる場所から少し逸れた屋台の前だ。
「これはこれは、カリムぼっちゃん!お久しぶりですね」
 店主が中から出てくると、カリムに向かって恭しく頭をさげる。どうやら知り合いらしい。
「おう、おっちゃん!元気そうでなによりだぜ!」
「今日はどんな物をお探しで?」
「学園の友達が、熱砂の国の歴史に興味があるって言うから連れてきたんだ」
 軒先に並んでいる品は、先ほどが購入したティーセットのような品がずらりと並んでいる。それ以外にも、昔使われていたであろう鍋や調度品、本の類も置いてあった。その中でもひと際古い装丁の本に、マレウスは視線を向ける。
「そこにある、立派な革張りの本を見せてもらえるか?」
「これはうちで扱う本の中でも一番古い本だよ。だが古い言葉で書かれているから、読めるかどうか……」
「構わない」
 マレウスは店主から本を受け取ると、丁寧にページを開く。
「マレウス読めるの?」
「ああ」
 は横から本をのぞき込むが、案の定理解は出来ない。そこに書かれている言葉が辛うじて文字だと判別できるくらいだ。だがマレウスは一通り視線を滑らせた後、すらすらと内容を読み上げ始めた。
「……こいつは驚いた。この本を理解できるのは、歴史学者や言語学者くらいなのに、それを辞書も使わず読み解くなんて!」
「へへっ、俺の友達は物知りだろう!」
「この本気に入ったぞ。買わせてもらおう」
 マレウスは本を閉じると、店主に購入の意志を伝える。だが店主はなぜか渋った様子を見せた。
「あの……そちらはかなりのお値段がしますよ」
 は本の値段を確認しようと、先ほどまで本が展示してあった場所に視線を向ける。そして、その額に固まった。いくらなんでもこんな短時間で購入を決められるような金額ではない。
「カリムぼっちゃんのお友達とはいえ、さすがに……」
 店主は値下げ交渉は出来ないとでも言いたかったのだろう。だが、その前にマレウスは店主の言葉を遮る。
「なに。金など惜しむほどのことではない。みなで熱砂の国に来た。この本はその記念だからな」
「?!」
「おっ……お買い上げ、ありがとうございました!」
「良かったなマレウス!気に入る本が手に入って」
「ああ。アジームのお陰だ、礼を言う」
 驚愕するに対し、カリムは全く気にしていない様子である。きっとこの程度の事日常茶飯事なのだろう。
「………」
 次元の違うこの二人を、このまま野放しにしてもいいのだろうか。やはり、早くジャミルに連絡を取るべきだったのではないだろうか。の頭の中は、それでいっぱいになっていた。