時刻はジャミル達がマレウスとを見失う前に遡る。
オンボロ寮改装に使えそうなものを探して周囲を眺めていたは、マレウスがこの場に居ない事に気づいた。辺りを見回すと、マレウスは少し離れた露店の前に立っている。何か興味を惹かれるものでも見つけたのだろうか。
「ねえグリム、私マレウスのところに行ってくるから、ジャミル先輩たちに伝えておいてくれる?」
「ぐぬぬ……もうちょいなんだゾ……」
「グリム聞いてる?」
「わかったから今は話しかけるんじゃねー!」
「……そう?」
真剣な表情で木の玩具を積み上げているグリムは、正直意図が伝わっているのかどうか不安になる。だが一応頷いてはいるようだから大丈夫だろう…多分。はそう結論付け、マレウスの元へと向かった。
「マレウス、どうかしたの?」
「ああ、か」
マレウスの視線の先に目を向けると、そこにはティーセットが置いてあった。
「この皿のデザインには馴染みがあってな。ついこの間流行っていると聞いたばかりだったんだ」
「そうだったのね。確かに素敵なデザインだと思うわ」
少々埃を被っているが、落ち着いて品の良いデザインだ。ナジュマに教えてもらってマジカメで見たトレンドのものとは少し系統が違うようにも思えたが、きっと熱砂の国ではこれが最先端なのだろう。だが、そうが納得したのもつかの間。
「この間なんてお兄さんも人が悪い。それは骨董品ですよ、お嬢さん」
優しげな笑みを浮かべながら、店主がにそう告げる。だが告げられた言葉に衝撃を受けたのは、ではなくマレウスの方だった。
「骨董品……?」
「はい。おや、もしかしてお兄さんもご存じなかったとか?」
「いや……そうか。月日の流れは早いな……」
しょんぼりと肩を落とすマレウスの姿を見ていると、なんだか可哀想な気分になる。こういったところにも、妖精と人間の時間の感覚のズレが表れているのだろう。はどうしたものかとしばし思案する。
「……ねえマレウス。このティーセット、オンボロ寮に似合うと思わない?」
「?」
の言葉に、マレウスは顔を上げた。
「私ね、新しい食器が欲しかったの。だってオンボロ寮に置いてある食器は、欠けたり揃っていないものが多くて。このデザインならピッタリだと思うのだけど、どうかしら?」
オンボロ寮はその名の通り、少々古めかしいものばかりが置いてある。たちの地道な努力により、の入寮当初よりはだいぶ整理はされているが、それでもまだたくさんのものが溢れているのが現状だ。それは過去に寮で使われていたであろう品もあれば、ゴミ置き場代わりに投げ捨てられた廃品もある。そして骨董品と呼ばれるような代物も、あちこちに散在しているのだ。それならば、きっとこのティーセットも違和感なく加わる事が出来るだろう。
「確かに、お前の寮には時代を経たものが良く似合う。これならば良く調和するだろう」
「じゃあ決まり!私、これを買うわ。すみません、これって四セットありますか?」
「はい。奥に置いてありますから、持ってまいりますね」
「お願いします」
「、何故四つなんだ?」
素朴な疑問を投げかけるマレウス。寮に住んでいる者用ならば三つでいいはずだし、ゴーストの分も合わせるならもっと個数が必要になる。なのになぜ中途半端な数を買おうと思ったのだろう。
「私ととグリム、あとはマレウスの分!」
「僕の?」
「そうよ。夜にお話しするときにお茶も出来たら素敵だなって思ってたの。それに、使う度に今日の事を思い出せるでしょ?」
にっこりと笑うに釣られ、マレウスも自然と笑顔になる。
「ならば、茶葉も必要だな。バイパーたちのところへ戻ったら、馴染みの店を紹介してもらおう」
「そうね」
奥から戻ってきた店主にお代を支払い、梱包してもらったティーセットを受け取ると、マレウスとは急いで店の外に出る。少し時間がかかってしまったし、きっと待ちくたびれているに違いない。
「確かさっきはここに居たはず……あれ?居ない?」
辺りを見回してみるが、皆の姿はどこにも見当たらなかった。もしかして別のお店に入ってしまったのだろうか。
「さっきグリムには声を掛けてきたんだけど……」
やはりきちんと伝えるべきだったと、は肩を落とす。
「居ないのならば仕方ない。安心しろ、僕はこのような状況には慣れているからな」
「迷子慣れしてるってこと?」
「迷子ではない。バイパーたちが僕らを見失ったんだ」
「………」
それは子供の屁理屈では、と喉元まで出かかったが、はなんとかその言葉を飲み込んだ。ここでマレウスを不機嫌にしても何もいいことはない。まずはこの状況をなんとかする方が先決だ。
「土地勘のない僕らがむやみに歩き回るのは得策ではないな」
「とりあえず、ジャミル先輩に電話してみようかしら」
はスマホを取り出すと、電話をかけようとし……どこからか聞こえてくる泣き声に手を止めた。