シルキーメロンの屋台に向かう道すがら、ジャミルはまた花火大会の伝承について話してくれた。
         今から食べるメロンは、貧しい青年が友人と分け合って食べたという由緒あるメロンらしい。やがてそのメロンを分け合って食べると、友情や愛情が末永く続くと言われるようになり、今では縁起物の一つとして広く親しまれている。
         ジャミル曰く、みんなが団体行動をスムーズにとってくれるようになれば手間が減るので、このメロンを食べるのは願ったりかなったり…だったのだが。
        「ねぇねぇ!これって食べると友情が続くって言われてるんでしょ?だったらみんなでこれ持って写真撮ろうよ!」
        「いいですよ」
        「わかりました」
         ケイトの提案に、とは素直に頷く。しかし、残りのメンバーの反応は皆冷たいものであった。
        「僕はやめておこう」
        「遠慮しておきます」
        「俺も、そういうのは苦手だな」
        「そんなことよりアイスが溶ける前に全部食っちまわねーと!」
         きっぱりと断りを入れると、各々またアイスへと意識を向けなおす。仕方なく、の三人のみで写真を撮るケイトを横目に、ナジュマはジャミルに疑問を投げかけた。
        「ねぇ、ジャミル。みんな喧嘩でもしてるの?」
        「そんなことはない。俺たちは普段からこんな感じだ」
         一緒に観光するような間柄である筈なのに、こういったところはやたら冷めているのは確かに妙に見えるだろう。だがこれがナイトレイブンカレッジでは普通なのだ。適度に距離を保ち、利害関係ありきで動くくせに、たまに情に訴えられたりもする。それがあの学園の生徒の特色だ。
        「ふーん。ナイトレイブンカレッジって、随分変わったとこなんだね……」
         ナジュマの言葉を敢えて否定せず、ジャミルは黙ってアイスを口に運んだ。
         その後の道中でタワーバゲットも食べ、小腹もすっかり満たされた後。今度は喉が渇いたと言うグリムの希望で、一同はココナッツジュースを購入した。新鮮なココナッツの自然な甘さとさっぱりとした口当たりは、いくらでもいけるくらいに美味しい。カリムがオススメしていただけある。
        「ココナッツは果汁を飲むだけでなく、中の果肉を食べることが出来ますよ」
        「じゃあ丸ごと食べてやるんだゾ!」
         ジャミルの説明を受け、グリムがココナッツに齧りついた。だが。
        「かっ固すぎる……」
         痛々しい音に次いで、グリムの泣きそうな声が続く。ココナッツの外皮には、うっすらとグリムの歯形が浮かんだだけで終わった。
        「そのまま齧る奴がいるか!ココナッツの実はとても固いんだ。だからナイフで割って、中の果肉を取り出すんだ」
        「それなら、お店でナイフを貸してもらおうか」
         トレイは店員に声を掛けようとするが、マレウスがそれを制止した。
        「……僕に渡してみろ、クローバー」
        「ん?構わないが……」
         トレイはマレウスに言われた通り、手に持っていたココナッツをマレウスに手渡す。
        「要はこれを割ればいいのだろう?」
         そう言って、マレウスはあっさりとココナッツを割った。派手な音を立てて半分に分かれたココナッツの皮を見ていると、それがまるで卵の殻にでもなったかのような錯覚にとらわれる。
        「ほら」
        「……あ、ありがとう」
         トレイにココナッツを手渡した後、マレウスは何か言いたげにの方をチラ見した。
        「っ?!」
         は一瞬背筋が凍るような感覚に陥ったが、それはナジュマの元気な声によって打ち消される。
        「すごーい!私のも割ってください!」
        「こ、こらナジュマ!マレウス先輩を何だと思っているんだ!」
        「オレ様のも割ってくれ!!」
        「じゃあ自分のもお願いします。はどうする?」
        「えっ……そ、そうね。私もお願いしていいかしら?」
        「ああ、構わない」
         ジャミルはナジュマを止めるが、そのあとをグリム、、そしてが臆せず続く。
        「じゃあ俺のも~♪」
         ついにはケイトも頼みだし、マレウスはココナッツを割る係になってしまった。この光景をセベクが見たら卒倒するに違いない。
        「学園のみんなに話しても、信じてもらえないだろうな……」
         先に割ってもらったココナッツを食べながら、トレイはその様子を苦笑して眺めた。
         それから工芸品の壺や絹織物、ドライフルーツ等めぼしい土産物屋を回り終わった後。スマホの画面を確認したナジュマはジャミルに声を掛ける。
        「私そろそろ行くね。友達と連絡ついたし、もうこんな時間だもん。昼間はこっち来ちゃって遊べなかったから、夜の花火は一緒に見なくっちゃ」
        「羽目を外し過ぎるなよ」
        「もー!お父さんたちみたいなこと言わないで」
        「……まあ、それもそうだな」
         むすっとした表情で憤慨するナジュマの顔は、本当にジャミルと似ている。そして苦言を呈しつつナジュマを心配するジャミルは、家族を大切に思う兄の顔をしていた。
        「あ、今日は家に帰ってくるよね?」
        「もちろん。祭りが終わって、カリムの家まで送ったら戻るよ」
        「カレー用意して待ってるから、屋台料理を食べ過ぎないでよ」
         会話の内容からも、互いのことを思い合っているのが伝わってくる。ことあるごとに話題に上がっていた父親の話からも分かる通り、ジャミルは家族に愛されているのだろう。
        「それじゃ、私はこれで。みなさんもヤーサミーナ河花火大会を楽しんでくださいね。今度は家にも遊びに来てください!」
         ナジュマは度々振り返り、何度も手を振ってくれる。その姿を見送った後、ジャミルは皆に向き直った。
        「さて……みなさん、次はどこに行きますか?」
        「……ん?マレウスはどこだ?」
         トレイの言葉に、皆がぎょっとして周囲を見渡す。
        「そういえば、もいないよ!」
        「えーっ?!二人とも迷子になっちゃったってこと?!」
         先ほどまでそこにいたはずなのに、いつの間にかマレウスとが居なくなっている。小柄なならともかく、人混みでも頭一つ飛び出て発見しやすいであろうマレウスの姿すら見当たらない。
        「マレウスが事件に巻き込まれたりしたら、熱砂の国と茨の谷の外交問題に発展するぞ!」
        「ツノ太郎もも、いったいどこに……」
         万が一外交問題になど発展したら、花火大会どころの話ではない。それどころか、双方を揺るがす大問題になりかねないのだ。
        「心配するな、俺に任せろ」
         だが、ジャミルはすぐさま落ち着きを取り戻す。そして、おもむろにスマホを取り出した。