学園長からいつもの雑用を押し付けられた、、そしてグリムは、鏡を通ってスカラビア寮へと降り立った。オンボロ寮や校舎のある場所と違い、此処はいつでも砂漠地帯のような熱気に包まれている。ただでさえ夏は暑いのに、さらに暑い場所へとお使いをさせる学園長は本当に人使いが荒い。早く要件を終わらせて涼しい場所へ戻りたい。でももしかしたらお使い先で宴のおこぼれをもらえるかもしれないし…そんな不平不満と若干の願望を各々抱きながら、三人はお使い先の相手であるカリムの元へ辿り着いた。隣にはジャミルと、何故か旅行鞄が山積みになっている。
「すみません、ちょっといいですか?」
今にもはちきれんばかりの荷物の山を横目で見ながら、は二人に声を掛けた。
「?それにとグリムか。何の用だ?」
「学園長から頼まれて、闇の鏡の使用許可をオマエたちに伝えに来たんだゾ!」
「そうか、ありがとな!これで遠くまで一瞬で移動できるぜ」
カリムは荷物から手を放し、笑顔で答える。
「随分大荷物ですけど、旅行かなにかですか?」
通常のものよりも大きな旅行鞄は全部で八つ。そのすべてに大量の荷物が詰め込まれており、鍵は全て掛けられていないようだ。
「アリアーブ・ナーリヤ、って知ってるか?」
「ありあーぶ・なーりや?」
耳慣れない言葉の音をそのまま反芻する。やグリムにも馴染みがないらしく、初めて聞く単語に疑問符を浮かべていた。そんな様子の三人に、ジャミルが続けて補足する。
「熱砂の国の古い言葉で、「花火」という意味だ。今はヤーサミーナ河花火大会が有名だな」
「やーさみーな……それも聞いたことないんだゾ?」
「マジかよ!?メチャメチャ有名な花火大会だぜ?国内外からたくさん人が来るんだ!」
カリムは両手を目一杯広げ、花火大会の規模を表現する。
曰く、の世界でいう夏祭りのようなものらしい。ヤーサミーナ河の周辺にバザールが並び、お土産や食べ物の屋台が所狭しと並ぶ。メインイベントは打ち上げ花火で、とにかくスケールが大きいのだという。
そんな話を聞いたグリムは案の定興味津々になる。
「おおーっ!めちゃくちゃ楽しそうなんだゾ!」
「すっごく面白いぜ!そうだ!たちも一緒に来ないか?」
「えっ、いいんですか?」
「異世界から来たに、記憶喪失の。グリムだってこういうイベントは馴染みないだろ?せっかくだし花火大会を見せてやりたい。それに、熱砂の国の素晴らしさも教えてあげたいしな!」
カリムは満面の笑みを浮かべているが、それと比例するようにジャミルは顔を青ざめる。
「ちょっと待て!勝手に話を進めるな!急にそんなことを決めていいと思ってるのか?」
「堅いこと言うなって。観覧席だって、なんとかなるんじゃないか?」
「確かに主催者特権で確保できるかもしれないが……そういう問題じゃないだろ?!」
ジャミルの言い分はもっともだ。急に来客が増えるとなれば、用意するものも倍に増える。だがそれより。
「主催者?」
「それってどういう意味なんだゾ?」
耳聡く言葉を拾ったたちに、ジャミルは盛大にため息をついた。
「はぁ……仕方ないから説明してやる。この祭りは、熱砂の国の名家が持ち回りで主催を担当するんだ。そして今年は、アジーム家が主催を取り仕切ることになっている。ミスは許されない大仕事だが、同時に名誉である大事なイベントなんだ。だからお前たちの面倒まで見る暇はない。諦めてくれ」
そうきっぱりと言い切ったジャミルの意志は固い。確かにそこまで大規模なイベントともなれば、従者としての心労は計り知れないだろう。それは普段のカリムとジャミルの様子を見ていればよくわかる事だ。だがグリムは納得できないらしく、暴れまわりながら駄々をこね始める。
「ふなーーーっ!行きたい!行きたい!!行きたい!!!」
「頼むよ、ジャミル!熱砂の国の素晴らしさを知ってもらいたい」
カリムもそこまで意識が回ってないらしく、一緒になってジャミルの説得をし始めた。
「連れて行ってくれなきゃ、オマエらが留守の間にスカラビア寮を荒らしまくってやるからな」
「絶対一緒の方が楽しいって!な?ジャミルお願いだよ!」
グリムとカリムは互い違いにジャミルに言い寄る。程なくして、ジャミルは先ほどよりも大きなため息をついた。どうやら折れたらしい。
「……仕方ないな。わかった」
「やったー!!」
「ありがとうございます!」
「本当にいいのかしら……?」
「んなこと気にしてたら美味しいもの食べられなくなっちまうんだゾ!」
「そうだぜ!目一杯楽しんでくれ!」
和気あいあいと話すグリムとカリムだが、はなお不安そうな表情を浮かべている。それを不思議に思ったは、に声を掛けた。
「どうしたの?何か気になる事でもあった?」
「えっと……行くのって、熱砂の国なのよね?賢者の島からはどれくらい離れてるのか気になって」
「距離の話?ああ、そうか……!」
の言いたかったことに気づいたは、はっとした顔をする。
は元々オンボロ寮に留まっていたゴーストで、が来る以前は寮の敷地内から出ることすらかなわなかったらしい。それが時を経て魔力が増えたことで自由度が増し、少しずつ行動範囲が広がった。だが以前アトランティカ記念博物館に行こうとした際は、闇の鏡にはじかれ行けずじまいだった。今では賢者の島内程度なら自由に移動できるようになったとはいえ、あれ以来長距離の移動を試したことはない。だから今回の旅に同行できる保証がないのだ。
「きっと大丈夫だよ。アトランティカ記念博物館の時はまず学園内から出られなかったんだし……でも今は、島中動けるんでしょ?」
「うん……」
「お前たちも来いよ、、!」
「今からリリアとケイトのところに行くんだゾ!」
「えっ?!なんで?!」
どうやら勝手に話は進んでいたらしく、招待席の枠いっぱいに友人を呼ぶことに決まったようだ。
仕方ないのでいったん話を打ち切り、とは二人の後を追う。
「ま、待て、カリム!その計算だと七人になるんじゃないのか?!枠は六人までだって言ったろ?!」
背中越しに聞こえたジャミルの指摘は、残念ながらカリムたちの耳には届かなかった。