普段闇の鏡を使う時よりも重苦しい空気の中を、手探りで進んでいく。すると程なくして、少し明るい場所に出る。
「ここは……?」
リドルはあたりを見回すが、濃霧が発生しているようで視界はままならない。
「カメラの視認性低下……濃霧が発生中。低照度モードに切り替えます。みんな大丈夫?」
オルトは素早く状況に合わせた装備に切り替え、周囲を警戒する。
「私は問題ありません。ほかの方は?」
「随分と遠くまで飛ばされたみたいで、まだ少し頭がくらくらするけど……なんとか無事ッス」
とラギーは問いかけに答えるが、そのほかの反応はない。
「ん?トレイとエースは?……他のみんなはどこに行った!?」
「レオナさん?レオナさーーーん!!駄目だ返事がない」
「周囲に私たち以外の気配がありませんね……どうやら分断されたようです」
「一万平方メートル範囲内には誰もいないみたいだよ。みんなどこにいっちゃったんだろう」
今この場に居るのはリドル、ラギー、、オルトの四人だけだ。まさかの事態にリドルは頭を抱える。
「攫われた生徒達を取り戻すはずが、『ハロウィーンを終わらせ隊』がいきなり離れ離れになってしまうだなんて!」
「リドルくん、その『ハロウィーンを終わらせ隊』って名前律儀に使うつもりッスか?」
「学園長が定めた名前だ。何か問題でもあるかい?」
「いや、問題っていうか、普通にダサくてハズい……いやそうッスよね。リドルくんそういうのないよね」
ラギーは突っ込むのをやめ、明後日の方向を向く。こういう時にトレイやエースが居たのなら、ラギーの代わりに突っ込みを入れてくれたに違いない。せめて話だけでも出来たら……とここまで考えて、ラギーは両手をポンと叩いた。
「あっ!そうだ人見の鏡!サムさんにもらった通信機があるじゃないッスか!」
こういう時の為の通信機だ。ネックレス同士の連絡は取れずとも先生への通信は可能なのだから、今は状況を伝える事が先決だろう。
「それが……さっきから試しているんだが、人見の鏡がうんともすんとも言わないんだ」
リドルが持っているネックレスは、普通の鏡のように四人の姿を映すのみ。試しに起動させるような魔法も使ってみたが、一切反応はない。
「えっ、早々に壊れるとかとんだガラクタじゃないッスか!所詮はトレインが若い頃使ってたレベルの骨董品ってことか……期待して損したッス」
あからさまに落胆の様子を見せるラギー。頼みの綱の通信機器もこんなに早く使えなくなるなんて、想定外にも程がある。
「せめてここがどこか分かれば、もっと見晴らしのいい場所に出る事が出来るんだけどなあ……オルトくん、ちょちょいっと調べられたりしないんスか?」
「ううん……ここも電波がないから、GPSどころかインターネットでの画像検索も不可能なんだ。少なくとも、これまでの僕のメモリーには存在しない場所だよ」
電子機器が一切使えないのも学園内と同じようだ。人の気配はおろか、鳥や虫などの生き物の声すらしない静寂は、まるで時が止まっているかのように錯覚させる。更には広大な土地であるにも関わらず、風一つ吹かないのは異様な光景だった。更にはどこまでも続く墓標の群れ。濃い霧の立ち込める墓地の上には不気味に輝く満月が浮かび、それを眺めているだけで背筋がうすら寒くなる。
「しかしこの光景、どこかで聞いたことがあるんですよね……」
はなんとか記憶を辿ろうとしているのか、難しい顔で首を捻る。
「頑張ってくださいくん!今はその情報が頼りッス!」
「こんなに墓場だらけの光景、そうそう無いと思うのだが……」
オルトのデータベースにもない一面墓地の光景など、リドルの言う通りそう何か所もある場所ではない。しかし結局思い出せなったようで、は悩まし気な表情を浮かべるだけだった。
「こんな不気味な場所、何個もあったらたまったもんじゃないッスよ!薄気味悪いったらありゃしない」
先ほどよりも気温が下がった気がするし、ラギーは身体をさすりながら身震いする。
「お墓だから不気味に感じるって事?墓場は、生きてる人にとってはあんまり居心地のいい場所じゃないって言うもんね」
「墓場はゴーストが集まりやすい場所だとも言われている。しかしほとんどの土地では、魔力濃度の低さ故に、彼らの姿を見る事は出来ない。居ても見えない、居るかもわからない、そういう不可視の存在への恐怖が、忌避感へと繋がるのだろう」
世間一般的にみて、墓場は死者の領域だ。ゴーストを筆頭に、それ以外の人ならざる者が潜む場所として昔からその話題は尽きない。
「だが、ボクたちはゴーストが常駐するナイトレイブンカレッジの生徒。中には生徒に交じって勉学に励むゴーストだっているんだ。彼らには慣れているだろう?たとえここにゴーストがいたとしても、突然目の前に飛び出しでもしない限り、驚きっこないよ!」
「BOO!!!」
「うわーーーーーーーー!!!」
まるで図ったかのように、リドルの目の前に飛び出してきたのはやたら古めかしい姿をしたゴーストだ。巻髪は何世代も前の音楽家のようだし、着ている衣装は舞台衣装に見える。
「マナーがなってないゴーストだ!驚いたじゃないか!!!」
「ゴーストとは驚かすのが本業ですし、マナー的には合っている気がしますが」
「うっ……」
の冷静な指摘にリドルは口ごもる。言われてみれば確かにそうだ。
「オレはリドルくんの叫び声にびっくりしたけどね!?まあ、道を尋ねるのにちょうどいいや。すみませーん!ここらへんの人……じゃない、ゴーストッスか?ここがどこだか教えてもらえません?」
ラギーはゴーストに駆け寄ると、道を尋ねるべく声をかける。だがゴーストは黙ったままこちらの見つめて動かない。
「もしもーし?」
「………」
「聞こえてます?」
「……お前、"生きた"人間だな?」
「へ?そうッスけど……」
ゴーストの言葉に首を傾げるラギー。一目見てわかるようなことを、何故わざわざそんなことを確認するのだろう。ゴーストからしたら、自分を見える人間の方が少ないからいまいち信じられないのだろうか。
だが次の瞬間。
「生きた人間!ついに見つけましたぞぉ~~~!!」
ゴーストは大声でそう叫ぶと、ラギーに向けて風の魔法を放った。
「うわあっ、襲いかかってきた!?」
ラギーはそれを紙一重で避けると、慌てて後ずさりゴーストと距離をとる。
「キミ!突然驚かせてきたり、襲いかかってきたり……一体どういうつもりだい!?」
「それもゴーストの本分とは思いますが……さすがにここまでくると、敵意を感じずにはいられませんね」
リドルとは即座に戦闘態勢をとり、各々マジカルペンを構えた。
「生きている人間を見かけたら、一人残らず連れていくこと……我らゴーストは、皆"あのお方"にそう仰せつかっておりまする」
「"あのお方"?それ、誰のこと?」
「ホッホッホ!秘密でございまする。それに……皆様は知る必要もありませぬ。たとえ嫌だと仰せでも、わたくしと一緒に来ていただきますゆえ!」
オルトは疑問を投げかけるが、ゴーストは気味の悪い笑みを浮かべるだけでまともな返事は得られない。ならばこれ以上の話し合いは無駄だろう。それに無理に連れて行くと言っている時点で、こちらに害をなそうとしているのは火を見るより明らかだ。
「突然飛び出してきてこちらを脅かした上に、そのふざけた態度……いい度胸がおありだね。このボクに勝負を挑んできたこと、後悔させてやる!」
赤い魔法石が煌めき、そこから瞬く間に炎の渦が巻き起こる。それをゴーストへと勢いよく向けながら、リドルは高らかに宣言した。