「はーっはっは!!みんな夜襲の準備は出来たようだな!」
「!!??何奴!!」
シルバーは即座に扉の方を向き、臨戦態勢を取る。ほかの生徒も各々身構えて扉の方に視線を向け──中に入ってきた人物が誰かに気がつくと、一気に脱力した。
「私は闇と霧と謎に包まれた森の支配者!……の、ゴーストだ!」
「その声……もしやバルガス先生かい!?」
白けた目で生徒たちが見つめる中ルークだけが大げさに驚くと、森の支配者のゴースト……もといバルガスは気を良くしたのか笑顔で答える。
「フハハ!よくぞオレ様の正体を見破った、ハント!あとで褒美に生卵一ダースをやろう。敵に夜襲をかけるのなら、このバルガス様が先陣を切らずに、誰が切るというのだ!さあ、モヤシども!勇気を奮い起こせ!俺に続けーっっ!!」
雄たけびをあげると、バルガスは勢いよく闇の鏡に突撃していく。
「あっ……バルガス先生、待ちたまえ!」
途中でトレインの制止が入るが、止まる気配はない。そのままバルガスは闇の鏡に突き進み──先ほどのリドルとフロイドよりも豪快に、闇の鏡に衝突した。
「ふがーーーっ!!」
痛々しい音と共に、バルガスの身体は闇の鏡に弾き返される。
「な、何故だ…何故入れない!?オレのドレスコードは、完璧なはずだ!」
「ロブスターせんせぇのそのカッコ、仮装っつーか……変装じゃね?」
フロイドの突っ込みに皆が一瞬納得しかけたが、その前にトレインが言葉を重ねる。
「恐れていた通り、どうやら教師は鏡の中に入ることができないようだな。招待状に記された招待客は『ナイトレイブンカレッジの生徒諸君』のみ。つまり……」
「生徒以外はお呼びじゃないってことッスか?」
ラギーの言葉に、トレインは難しい顔で頷いた。
「は校外実習中とはいえこの学園の生徒に変わりはない。だから参加者としての資格はあるだろう。だが我々はそうもいかない。本来庇護すべきお前たちだけを行かせたくはないが………本当にすまない」
教師として見守るしかない立場である事が歯がゆいのだろう。その声には、やるせない気持ちが滲んでいた。
「心配はご無用です。日頃の先生方の教えを、存分に発揮して見せます!」
「僕も最上級生として、自覚のある行動をしたいと思います」
「ああ、頼もしいな君たちは」
胸を張って宣言するリドルと落ち着いた様子のの言葉に、トレインは少しだけ笑みを返した。
「あーほんとに残念!みなさん、すみません!ファイトです!」
だがその良い空気は、よりによって最高責任者である学園長の一言で虚しく瓦解した。
「嘘でもいいからもう少し残念そうにしてもらえませんか」
ジャミルの言葉にその場にいた全員が同意したところで、衣装を着たトレイ、ラギー、オルト、セベクも合流する。そしてその後に続いて鏡の間に入ってきたサムは、両手に木箱を抱えていた。
「その大事そうに抱えた木箱……さてはオレらへの選別ッスね!?」
すかさず指摘するラギーに、サムはウインクをして答える。
「さすがめざとい小鬼ちゃんだ!でも中身はお金でも食べ物でもないよ」
「スマートフォンが使い物にならず、トラッポラやシュラウドが自ら人を呼びに行ったと聞いてな。通信手段を失ったままではこの先も不便だろう?そこで、オレの故郷である輝石の国に伝わる古い魔法道具のことを思い出したのさ」
バルガス曰く、『人見の鏡』は手にした者が望むものを、何でも見せる魔法の鏡らしい。その用途は多岐に渡り、大切な人の命の危機から果ては恐ろしい野獣の真の姿まで、様々なものを映したと言う。そして今回サムが持ってきたものは、その鏡を元にして作られた通信機器なのだそうだ。会話が出来るのは手鏡とネックレスの間のみで、ネックレス同士は不可と少々機能面には劣るが、その分電波が無くても通話が出来るのだと言う。この状況下ではかなり有用な代物と言えよう。
「懐かしいな、私も若い頃妻と使っていたものだ。こんなに昔の道具をもう一度目にすることになるとは」
感慨深く語るトレイン。当時の事を思い出しているのか、その口調は幾分穏やかだ。
「お望みのものはなんでもIN STOCK!ミステリーショップの品揃えを侮られちゃ困る。……と言っても突然のことで全員分は用意できなくてね」
「寮長と副寮長。それぞれ一つずつ、ネックレスを持っていけ。オレたちが手鏡を通じてお前たちのサポートをしよう!」
サムの言葉を引き継ぎ、バルガスが寮長達にネックレスを配る。
「しかし……本当にお前たちだけで大丈夫だろうか。日頃の無鉄砲さを知っているだけに、実に不安だ。くれぐれも無茶は……」
トレインが不安を露わにすると、エースがその言葉を遮る。
「あー、はいはい。分かってますから大丈夫!先生の話聞いてたら、出発までに一年かかりそう」
明らかに一言余計ではあるが、エースの言葉は最もだ。
「何が起こるかわからないけどウチの暴……寮長がいればなんとかなるっしょ!」
「ふふっ……ボクもトランプ兵の前で情けないところは見せられないね」
「頼りにしてるぞリドル、援護は任せてくれ」
早速一致団結したハーツラビュル寮を眺めながら、ラギーも隣に立つレオナに発破をかける。
「シシシッ、うちらも負けてられないッスね、レオナさん!頼りにしてますよ!」
「草食動物ばかりじゃしかたねえ。面倒見てやるよ」
「ふん、貴様の手など借りるまでもない」
レオナの発言を鼻で笑いながら、今度はセベクが声を張り上げる。
「こちらには様が居るのだ。我々の力だけで、必ずや若様たちを救出してみせよう!行くぞシルバー!」
「ああ、今こそ修行の成果を見せよう」
「セベクは相変わらずですね……。ああ言っていますが、今回は協力を惜しみません。有事の際の防衛はお任せを」
はセベクを窘めつつ、協力の意思を示す。さすがに出立前に仲間割れをするわけにはいかないだろう。それと同時に、は衣装についての文句を言うのも諦めた。これ以上話を拗らせて、時間を引き延ばすのは得策ではない。
「僕も暫定寮長として、全力で問題解決に努めるつもりだよ。……ただこの現象には純粋に興味があるから、ついでに課題の参考にさせてもらおうかな」
も同じく協力の意を示したが、ぽそりと最後に本音を漏らした。
「一人では心細いけど……僕にできることはなんでもやる!」
「心配しないでオルトくん。私やみんなが付いているよ。キミは一人じゃない。みんあで力を合わせれば、どんな困難だってきっと乗り越えられる」
「そーそー、適当にやればいいんだって」
「はあ、お前が本気を出してくれることを願うよ」
オルト、ルーク、フロイド、ジャミルは同じ寮生が居ない者同士で、互いに叱咤激励する。各々が決意表明をしたところで、学園長が待ってましたとばかりに宣言する。
「みなさんなんて頼もしいんでしょう!今ここに……「ハロウィーンを終わらせ隊」が集いましたね!」
「だっせ!!!!!」
名前を聞いた瞬間に、大半の生徒の表情がいっきに曇る。
「どうしてだい?素晴らしい名前じゃないか!」
だがルークだけは気に入ったようで、その命名に称賛を示した。その様子のみを受け取った学園長は、気を取り直して言葉を続ける。
「いいですかみなさん。消えた生徒たちを連れて、必ず戻ってきください。そして……このハロウィーンを終わらせてください!」
「はい!」
十三人の生徒たちは力強く頷くと、意を決して闇の鏡に飛び込んでいく。そして、瞬く間にその姿は暗雲の中に消えていった。