学園長を先頭に、一同は鏡の間へと移動する。
「なにがあったんですか!!」
 扉を勢いよく開けると、そこに居たのはラギー、ジャミル、フロイド、の四人のみ。他に集まっていた生徒は、皆消えてしまっていた。
「大変なんです、あれを見てください!!」
 ジャミルに促されて皆が視線を向けた先にあるのは、闇の鏡。鏡の中心は黒く渦巻き、どこかへ繋がっているように見える。
「闇の鏡よ、いったいどうしたのですか」
「………」
「闇の鏡よ!……おーい!?もしもーし!?聞こえてます!?」
「………」
 学園長が問いかけるが、闇の鏡は一切反応しない。それどころか、今にも全てを飲み込んでしまいそうな様子で佇んでいる。
「コレ壊れてるって」
「大切な闇の鏡になんてことを言うんですか!」
 フロイドの発言に、すぐさま反応する学園長。だがフロイドの意見は最もだ。
「フロイドくんの言う通りッスよ!オレたち、学園長に言われた通り全員で鏡の間に移動したんス。そしたら闇の鏡が光り出して、変な声がして……みんな吸い込まれちまったんスよ。ジャミルくんとくんが魔法障壁を張ってくれなかったら、オレたちもヤバかったかも」
「申し訳ありません。咄嗟のことで、近くにいた者しか守れず……無事だったのは、鏡から離れていた俺たちとオルトの五人だけです」
「吸い込まれる前に、鏡が妙なことを口走っていました。確か『招待客が集まり次第、パーティーを開始する』だったかと」
 ラギーとジャミル、の話にそれぞれ耳を傾けた学園長は、がくりとうなだれる。
「そ、そんな……ああ……あああ……こんなに大量の生徒が消えてしまうなんて……こんな……こんな……っ!」
 立て続けに起こる異常事態に加えて、ほとんどの生徒が消えてしまった。しかも今度は学園で一番安全と思われていた鏡の間で。さすがの学園長でも、冷静さを欠いてしまうのも無理はない。
「こんな不祥事、世間の皆様にどう説明すれば!?」
 と思った生徒達は、一気に脱力した。
「真っ先に考える事がそれですか!?」
「保身しか頭にないんだろ」
 リドルの全力の突っ込みに、レオナが冷静に答える。この状況でも普段通りな辺り、ある意味でとても学園長らしいとは言えるが。
「あわわ、謝罪会見……いやその前にまず保護者の皆様へのお知らせを……あわわ……」
「学園長!しっかりしてください!!犯人は『招待客全員集まり次第』と言っていました。つまり俺たちがここにいる限りは……全員が揃わない限りは、さらわれたみんなも無事なはずです!」
 慌てふためく学園長をジャミルが叱咤する。
「呪術的な生贄として生徒をさらった線もあり得ますが……それならなおさら、全員揃うまでは犯人は行動を起こさないと思いますよ」
 も学園長に立ち直ってもらうべくアドバイスを試みるが……いかんせん例えが悪かったので、学園長以外の全員が目を逸らした。だが意外にも効果はあったらしく、学園長はようやく現実に戻ってくる。
「はっ、そうか!まだ挽回の余地はありますね!?」
「はい。だから早く次の手を打ちましょう」
 縋りつく学園長に、はにっこりと微笑んだ。
「無事かどうかはともかく……この鏡についてはおかしなところが多い。嗅ぎ慣れねぇ魔力の匂いがぷんぷんしやがる」
 これまでのやり取りを呆れながら眺めていたレオナは、闇の鏡を睨みつける。そこから漂ってくる魔力は明らかに異質だった。
「生者の魔力よりも、異質なもの……死者のそれ近い気配がしますね。どちらにせよ、良いものではありません」
 の言う通り、普段身近に触れている魔力とは毛色が違う。それが余計に不安を助長させ、思考力を鈍らせる。そんな質の悪い魔力だ。
 二人の見解を受け、学園長は今までに判明した事柄をまとめていく。
「鏡越しでも分かる強力な魔力……どうやらこの力が、学園全体を覆っている防犯用の結界に干渉することで「中にあるものを外に出さない結界」に変異させているようです。人も時間も、中に閉じ込められているのでしょう。夜が明けないのも、おそらくこれが原因でしょう」
「んじゃコイツ割ったらよくね?」
 鏡に歩み寄るフロイドを、リドルとラギーが慌てて止めにはいった。
「そんなことをしたら、鏡に吸い込まれてしまった人たちはどうなるとお思いだい!?」
「さあ?運が良けりゃ帰って来るんじゃね」
「運に600人の命を賭けるな!!」
 ジャミルの言葉に、その場にいたフロイド以外は深く頷く。
「確かに鏡を割れば、学園にかかった魔法は消えるかもしれません。ですがそれでは、鏡に吸い込まれたみんなも無事では済まないでしょう。永遠にこちらへ帰ってこれない可能性もある……っていうか貴重な闇の鏡を割らないでください!!」
 必死に冷静さを保ちつつ、フロイドを説得する学園長。最後は本音が漏れてしまっていたが、言っていることは確かにその通りだし、今は無策に動いてどうにかなる場面ではない。ここは慎重に行動すべきだ。
「どうやらこの鏡は、どこか別の空間に繋がっている様子。となればこの事態を安全に解決する方法はただ一つ。我々も鏡の中へ入り、異変を起こしている元凶を断つしかない。さあみんな!力を合わせて、消えた生徒と明日を取り返しましょう!」
「………」
 学園長のあからさまな生徒依存の発言に、その場にいた生徒は押し黙る。しかしここまでの反応は予想済みなのか、学園長は開き直って言葉を続けた。
「……なーんてね、え、はいはい分かっていますよ。どうせ嫌だって言うんでしょう?いいんです、いいんです!いつものことです!私がなんとしてもみなさんのやる気を……」
「いくぞ!!!!」
「ええっ!?」
 まさか肯定的な言葉が返ってくるとは思っていなかったようで、学園長はきょとんとした顔をした。仮面の上からでも、驚いている様子がよくわかる。
「み、みなさんどうしたんですか?!いつもなら「面倒くさい」「勝手にやれ」って嫌がるところじゃ……」
「まさか!マレウス様にリリア先輩……学園の大切な仲間の一大事だ、救出に向かうに決まっている!」
 シルバーの発言は最もだし、普段からシルバー、そしてルークやこの場に居ないカリムは協力的だからそこまでは納得できる。だが今回は、それ以外の生徒もみな賛同しやる気を出している。一体どうしたというのだろうか。
「俺たちも普段の生活を取り戻したい」
「ああ。学園の秩序を乱すものを許すことはできないよ」
「犯人にしてやられたままなんざ、気にくわねえからな」
 ジャミル、リドル、レオナの言葉に、学園長は感極まったのかはらはらと涙を零した。
「み、みなさん……!私、こんなに温かい涙を流したのは初めて……ぐすっ……」
「学園長は大切なことをお忘れッス」
「え?大切なこと?」
 しかしすすり泣く学園長に、ラギーは容赦ない一言を告げる。
「ハロウィーンが終わらないと……ウィンターホリデーがこない!!」
「………そこ!?」
「ホリデーもニューイヤーも稼ぎ時ッス!実家にも帰らねーと」
 先ほどまで零れていた涙がぴたりと止まる。まさかとは思っていたが、やはり生徒たちの心の中は打算ありきだったようだ。
「ああ、そういう……仲間の心配より自分のホリデーの心配ですか。感動した私が馬鹿でした」
 打ちひしがれる学園長を横目に、リドルがビシリと闇の鏡を指差す。
「さあ、そうと決まればグズグズしている暇はないよ。ハートの女王の法律・第53条『盗んだものは返さねばならない』!即刻、ボクのトランプ兵たちを返してもらおうか!行くぞ!!」
「うわ、金魚ちゃんずる!一番ノリはオレだし」
 リドルが走り出すと、フロイドもそれに続いて鏡に突撃していく。慌ててシルバーが止めに入るが、聞く耳を持たぬ二人はそのまま勢いよく飛び込み──鏡に追い返された。