エースの叫びを聞き、それまで黙っていた生徒が騒ぎ出す。それをなんとか宥めつつ、学園長はひとまず指示を出した。
「とにかく、なにがおこっているのか調べなければなりません。寮長はここに残ってください。今後の対策について緊急会議です。くんは一時的に寮長としての権限を復帰させますので、ディアソムニア寮の寮長として参加してください」
「わかりました」
 ディアソムニア寮は現在寮長、副寮長共に不在。それを考えると、元寮長であるが寮をまとめるのは妥当な判断だろう。は静かに頷いた。
「ほかの皆さんはこの学園で一番警備が厳重な場所……鏡の間に避難してもらいます。副寮長は生徒たちの先導を、先生方は七つの寮それぞれに残っている生徒がいないか探してきてください」
「承知しました」
 すると、そこにおずおずとエースが顔を出す。
「あのお……オレ、ちょっとだけ用事を済ませてきてもいいっすか?オンボロ寮のとグリムと…あとだっけ?あいつらがどうなったかちょーっとだけ気になって……」
 確かに、ここに居るのは七つの寮の生徒のみで、オンボロ寮の生徒の安否はまだ不明だ。もしかしたらそちらにも被害があったかもしれないし、確認しに行く必要があるだろう。
「軟弱な人間どもだけでは心許ないな。僕もつき添ってやろう!」
 セベクが同行を申し出るが、いかんせん言い方が上からなのでそれがエースの神経を逆なでする。
「は?お前の付き添いなんていらないんですけど……あ~なるほど、あのちっこい子供が気になるのか~!なんかやたらお前に懐いてるもんな」
「なに!?貴様、僕はただ親切に……!」
「こらこらエース、あまり意地悪してやるな。セベクもみんなが心配なんだろう」
 喧嘩に発展してしまうのをトレイが仲裁し、結果的にこの三人でオンボロ寮まで行くことになった。
「学園長、私は残って会議に参加させてもらっていいだろうか。私たちから……伝えたいことがあるんだ」
「わかりました。詳しい話を聞きましょう」
 ルークはジャミルと目配せすると、学園長に会議参加の旨を伝える。無事許可が下りると、部屋に残ったのは学園長、リドル、レオナ、ルーク、の五人になった。
「……で、ルークの伝えたいことって言うのはなんだ?人がいちゃ話せないことがあるらしいな」
 緊張の漂う静寂を、レオナが打ち破る。
「私の考えなどお見通しのようだね、獅子の君。……どうやら”キミ”にも話したいことがあるようだ。さあ、隠れてないで出ておいで」
「えっ?隠れてって……」
 リドルは慌てて周囲を見回すが、そこに人影はない。だが少しして、扉の陰からバツの悪そうな顔でシルバーが出てきた。
「……完全に気配を消していたつもりだったんだがな……俺もまだまだ修行が足りない」
「シルバー?ここでなにしているんだい」
「すまない。平時ならば盗み聞きなど言語道断だが、どうしても気になる事があって……」
「君もなにか知っていることがあるようだ。……話してくれますね?」
「……わかった」
 学園長が同席を促すと、シルバーは重々しく頷く。参加者の一人増え、部屋の空気の重圧が更に増した。
「ではさっそく、ハントくんの話から聞かせてもらいましょう」
「実は……私とジャミルくんが二人とも「おかしい」と思ったことがあるんだ。それはね……「なにもおかしな点はなかった」ということだ」
「おかしなところがなかったのが、おかしい……?どういう意味でしょうか」
 まるで謎々のような答えに、学園長は頭を捻る。
「私もジャミルくんも、気配には人一倍敏感な方だと自負している。だが二人とも、最も注意を払っている寮長部屋で人が消えたというのに、異変に気が付かなかった。それがおかしいんだ。どうしても納得できない」
「大した自信じゃねえか。……だが、あながち馬鹿にもできない意見だな」
 レオナはルークの言葉を鼻で笑ったが、思うところがあたったのか納得の意も示す。
「ラギーの話じゃ、同室の奴は物音も立てずに消えちまったらしい。ほかの奴らもそうだ。いくら眠っているときとはいえ……同室の奴に害を加えられたっていうのに、寮生全員が異変に気付かないのはおかしいと思っていた」
「ハーツラビュルも同じです」
 レオナの言葉に続き、リドルも同意見だと頷く。この様子だと、他の寮もみな同様のことが起こっていたに違いない。それを確認するのに学園長がとシルバーに意見を仰ぐ。
「ディアソムニア寮はどうでしたか?」 「僕が他の寮生に聞いた話も、概ね同じでした。シルバーは?」
「俺はその逆で……聞いたんです」
「聞いた?一体なにを!?」
「リリア先輩の、悲鳴です」
「!?」
 同寮のも含め、その場にいた全員が驚きの表情を見せる。
「あれは、俺が自分のベッドで寝ていたときのこと……」
 そこでシルバーは、リリアの悲鳴で目覚めて慌てて飛び出した事。しかしすでに部屋にリリアの姿は無く、マレウスも消えていた事を話した。だがにわかに信じがたい事実に、一同は神妙な面持ちを浮かべている。
「……悲鳴の主はヴァンルージュくんで間違いないんですね?」
「はい。あの人の声を俺が聞き間違えるはずがありません。だが……後からわかったことだが、セベク達はおろか、同室だったでさえリリア先輩の悲鳴を聞いていないようなんだ」
「確かに、僕もリリアの声は聞いていない。異変を感じたのは、シルバーが飛び出す気配でだし……ほかの寮生からも、悲鳴の報告はなかったよ」
 の言葉に、シルバーは難しそうな顔で頷く。
「ああ。俺もそれとなく確認してみたが、全員が「音もなく消えた」と口を揃える。部屋が離れていたせいかとも考えたんだが……あんなに大きな声を、俺が気づいてが気づかなかったのはどうも腑に落ちない。何か特別な力が働いていたんだろう」
「………」
 マレウス、リリアほどではないにしろ、だって学園内では一目を置かれる実力者だ。それが同じ部屋に居たにも関わらず聞いていなかったとなると、それはもう超常的な干渉があった事に他ならないだろう。
「あのお二人が姿を消したことで、セベクをはじめ、寮生たちは冷静さを欠いている。これ以上彼らを動揺させることは避けたく、この話は以外には伏せておいたんだ。お前たちを侮っているわけではない。だが今回ばかりは、かつてない深刻な事態として捉えるべきだ」
 ごくり、と誰かが生唾を飲んだ音が響いた。自体の全貌が明るみになるにつれ、状況はどんどん悪い方向へと向っていく。
 すると、大きな足音と共にエースが学園長室に飛び込んできた。
「大変だ!!!今すぐオンボロ寮に来てください!」