たっぷり休息をとり身体を休め、学園長たちに事の顛末を全て話し、その流れでハロウィーンウィークの片づけを手伝った後。は次の研修先に向かうべく、仮泊まりしている部屋で準備を進めていた。本来なら11月1日……つまり今日の朝には出立する予定だったが、さすがに色々ありすぎたので一日延期となり、その流れで片付けも手伝わされて今に至る。
 すると、そこに訪問者がやってきた。ノックと共に入室してきたのはリリアだ。
「邪魔するぞ、
「何か用かな?」
「出発前に、お主に聞いておきたいことがあっての」
「ならもうすぐ荷造りが終わるから、少し待っててもらえると有難いんだけど」
「そのままで構わん」
 リリアは整頓されたベッドの上に腰掛けると、作業を進めるを眺めながら問いかける。
「お主は昨日、楽しめたか?」
「どうしたんだい藪から棒に。もちろん楽しかったよ?珍しい体験が沢山出来たし」
 ゴーストの世界に行くなど、それこそ生きている時には滅多に出来ない経験だ。あちこち見て回れたのはとても実りのある体験だったと言えるだろう。だがわざわざ聞いてくるあたり、リリアはもっと別の回答を望んでいるのだろう。そう結論付けたは、今度はリリアに問いかける。
「……もしかして、今回僕を実動隊に組み込んだ理由はそれかな?」
「そうじゃよ。察しが良いの」
 マレウスとがゴーストと共にハロウィンパーティーをすると言い出した時、と共に学園に残ることとなった。現場で状況に応じて動く人員確保する為、というのが表向きの理由だったが……この様子だと、他の意図もあったのだろう。
「………」
 元々、はナイトレイブンカレッジのハロウィーンウィークに参加する予定がなかった。最終日に帰校出来たのは本当に偶然で、最後のパレードをゲストとして眺められただけで十分幸運だったと言える。だがその後の騒動のお陰で、生徒と共にもう一つのハロウィーン──脱出ゲームとパーティーに、今度は正規の参加者として加わることが出来た。それは、様々な奇跡が重なったから叶った出来事に他ならない。
「脱出ゲームをするのは人生で初めての経験だったし、ゴーストの世界だって当然初めて訪れた場所だった。だから見るもの全部が珍しくて、ついはしゃいでしまったことは否めないね。でもそのお陰で専攻に関する発見もいくつか出来て、凄く有意義だった」
 それからは、リリアが望んでくれただろう言葉を真っすぐに伝える。
「だから……とても楽しかったよ。感謝してる」
 の言葉に、リリアは満足そうに笑みを返した。
「お主、今回はハロウィーンウィークを満喫できなかったじゃろ?だから丁度いいかと思ってな。楽しめたなら良かった」
「気にしててくれたのかい?」
 学年は違えど同じ寮の生徒として、それなりに長い時間を共に過ごしてきたリリアと。そんな相手のことを気にするのは、自然なことだと片付けるのは簡単だ。だがここは悪童ひしめくナイトレイブンカレッジで、そんなことをする者は両手の指で数えられるくらいしか居ない。その数少ない存在の中に、運良くリリアも紛れ込んでいたらしい。
「当然じゃ。もしかしてお主……わしがそんなことも気づけぬ、冷たい奴だと思っておったのか?」
 少し驚いた顔を向けるに憤慨するリリア。どうやらが考えていた以上に、リリアは気遣ってくれたようだ。
「心を通わせた相手に少しでも楽しい時を過ごさせたいと思うのは、人も妖精も同じであろう?それに……お主、四年になって少しだけ寂しそうだったからの」
「!」
 思わず目を見開き、は固まる。まさかそこまで見抜かれていたとは。
 通常、四年生は校外学習がメインで学園に帰ってくることはない。は専攻の関係で帰校する機会が比較的多いが、それでも頻度が高いとは言えない。それに戻ったとしても、今回のようにすぐに戻ってしまうことが殆ど。例え遊びに誘われたとしても、断らなくてはいけないことが大半だった。それをが少々退屈に感じていたのは事実だ。……だからこそ、きっと無意識に寂しいとも感じていた。それを、リリアは掬い上げたのだ。
「……本当、君にはかなわないな……」
「伊達に歳はとっておらんからな。まさに年の功じゃな」
 もうここまでバレてしまっているのなら、格好つける必要もない。は項垂れると、大人しく胸の内を白状した。
「正直、自覚出来てなかったけどね。リリアの言う通り、寂しかったのかもしれない」
「うむ、素直でよろしい」
 リリアは立ち上がると、ゆっくりとに歩み寄る。そして、子供をあやすように頭を撫でた。はされるがまま、リリアに身体を預けて瞼を閉じる。
「離れたとて、共に過ごした時間は消えん」
「うん」
「だから、いつでも帰ってこい」
「……うん」
 優しい言葉が、秋雨のように降り注ぐ。それは胸の中にじんわりと広がって、柔らかな灯りを灯した。きっと、この灯火が消えないうちはもう大丈夫だろう。それに万が一消えてしまいそうになった時は、もう一度ここに戻ってくればいい。そう思える事が、どうしようもなく嬉しくて。は、少しだけ泣きたくなった。
「それに卒業したあとだって、いつでも来て構わんぞ。そうじゃ、来年は茨の谷のハロウィーンに来ると良い。本当の恐怖を教えてやろう!」
「ふふっ、それは楽しみだね」
 リリアの言葉に釣られて笑えば、リリアは安心したような笑みを浮かべた。
「よし、いい顔になったな」
「うん。ありがとう、リリア」
 こうして、長かったハロウィーンウィークは幕を閉じた。