エースがフロイドとレオナの手によって意識を手放してから数分後。
「んん……はっ!オレは一体なにを……いてっ!なんだ、体中が痛い!?」
エースは慌てて起き上がろうとするが、何故か体はボロボロで、服も汚れている。それでもなんとか立ち上がり状況を把握しようとするが、目の前に居るのは先ほどの三人のみ。一体なにがあったのだろうか。
「関節という関節が軋みまくってる。なんだこれ……!」
「覚えてねえのか?」
「カニちゃん、オレたちに「この小童!」って言って勝負を挑んできたんだよ」
「ハア!?オレが!?」
「一瞬でボコボコにしてやるとも言ってたなァ」
「傲慢な人間ども~とも言ってたね」
「あれ面白かったよね~。カニちゃん、もっかい言ってみて?またやり返してやるから」
三人の発言に、エースの表情はみるみる青ざめる。
「オレが先輩がたをボコボコに…!?そそそそそんな滅相もござーません!そんな命知らずなこと言うわけないっすよ!第一オレはさっきまで……さっきまで?」
エースは慌てて弁明をするが、途中から徐々にトーンダウンしていく。全く言った覚えがない発言もそうだし、フロイドにやり返された記憶すらないのだ。どう考えてもこの状況はおかしい。
「確かゴーストの顔がどアップになって、うわっ!って思った瞬間にスゲー寒くなって……それからどうしたんだっけ?」
エースは必死に記憶を辿ろうとするが、どう頑張ってもゴースト以降のことが思い出せない。
「しらばっくれるつもり?」
「もう一度海岸の砂を頬張りたいってんなら、協力してやってもいいぜ?」
「違ーう!本当にわかんないんですってーーー!!!」
「こら二人とも、エースは怪我人なんだから、もう少し優しくしてあげるべきだよ」
それまでの話を見守っていたは、エースにハンカチを差し出す。
「とりあえずそれで顔の砂を落として。それから怪我の具合を確認しよう。二人とも手加減していたから、大事には至ってないと思うけれど、念のため」
「先輩……!!」
記憶がないうちにぼこぼこにされた上に、フロイド、レオナ両名からいわれのない罪で責められたエースは、まさに救いとばかりにに飛びついた。は魔法でエースの服の汚れを落とすと、身体を触って怪我の確認をする。
「うん、問題ないみたいだね」
「ありがとうございます!やっぱり信用できるのは先輩だけっす!」
そんな様子を眺めていたフロイドが、不満そうに呟く。
「カニちゃーん。言っとくけど、ナマズ先輩ってオレらがカニちゃんボコってる時、見てるだけで一切助けなかったかんな」
「二人とも頭に血が上っていたようだし、一人は冷静な人間も必要だったろう?」
だがフロイドの煽りも意に介さず、はにっこりと微笑むだけだった。
「ハッ、よく言うぜ……まぁ冗談はここまでだ。お前はおおかた、ゴーストに乗っ取られたんだろ」
「ゴーストがオレの体を乗っ取った!?」
エースだった者の発言を思い返してみると、確か「人間の体を得た」と言っていた。気配も普段のエースと違っていたし、まるで操られているかのようなとろんとした目もしていた気もする。極めつけは、不意打ちで飛び出してきたゴーストだ。ゴーストが姿を消してから、エースの様子はおかしくなった。そう考えると、乗っ取られたと考えるのが妥当なところだろう。
「えっこわっ……なんですかそれゴーストってそんなことできるんすか?……ん?確かもやってたな……」
一瞬レオナの言葉にひるんだが、よくよく考えてみればなんてことはない。普段から一緒に居るは元々ゴーストだし、学生時は人形に憑依する形で動いているのだ。人形がなかった時は、に憑依していた時期もある。だからゴーストが憑依する事自体は、存外身近な話なのだ。
「でもの場合、意識までは乗っ取ってないと思うんすけど……」
に憑依していた時のは、普段は意識を表に出さず一緒の器に入っているだけ。が居眠りなどで意識を失っていた時は、代わりに動いて取り繕う場面もあったらしいが……それでも今回のゴーストのように、問答無用で主導権を握るようなことはしていなかったはずだ。
「あいつは例外だ。……そうじゃなくて、お前ゴーストに「取り憑いてください」と言わんばかりの隙を見せただろうが。だから精神まで乗っ取られたんだよ」
「つまり、ゴーストに驚くと……体も意識も全部乗っ取られる?」
「そう考えるのが妥当だな」
「んじゃビビらねえように、常に身構えてりゃいーわけね。弱えゴーストなんて怖くねえし、楽勝じゃん」
ゴーストの憑依についてそこまで危険性を感じていないのか、面白そうに答えるフロイド。むしろ子供が新しい遊び見つけた時のように、楽しそうですらある。
「そう簡単にすむなら有難い話だが、驚愕と恐怖は似て異なる感情だ。油断した瞬間を狙われれば、誰だって大なり小なり驚きはする」
なんといっても相手は足音も体臭も気配もない、神出鬼没なゴーストなのだ。いつどこから来るのかもわからない相手を常に意識しているのは、言葉でいうのは簡単でも、実際は相当難しいことと言えよう。
「四六時中気を張っていたら疲れてしまうからね。そこをゴーストに狙われたら元も子もない」
「じゃあさ~、脅ろかされる前に脅かしてやればよくね?」
「脅かす?」
フロイドの言葉に、は首を傾げる。
「やられる前にやんだよ。ゴースト見つけたら先に絞めれば、脅かされねーし」
「いや、さすがに物騒すぎません?」
思わずエースが突っ込みを入れるが、何を思ったのかレオナはそれに頷いた。
「まあ、それしか今は方法がねぇしな。ついでに鏡の欠片も奪えば一石二鳥だろ」
「えー……」
余りに荒々しい解決方法だが、かといってそれ以上に良い方法も思いつかないのだ。今はそれで乗り切るしかないだろう。
「とはいえ、優先すべきは鏡の欠片集めだ。お前ら、気を引き締めろよ」
「オッケー」
「了解っす」
「わかったよ」
こうして一行は、"あのお方"をシメるべく進み始めた。